俺、アイツの笑った顔が見たいんだよ!! 悪いか!?
♪今から数日前だ、散歩帰りにたまたま通った川辺に女が倒れていた。
見慣れない服に、見慣れない荷物が転がっていて、それはもうビックリしたぜ!
何度か身体をゆすったけど全然起きる気配が無くって、ここに放置するのも悪いと思ったから連れて帰った。気を失っている彼女の顔を見て、俺は目を見開かせたんだ。
スッゲー可愛い! 笑ったら絶対に綺麗なんだろうなー!
そう思い、周りの反対を押し切って空いている部屋に連れ込んだ。
「おいおい、朱然が女を連れ込んだぜ?」
「マジかよ。明日は嵐でも来るんじゃないか?」
腕を組んだ凌統と甘寧の言葉なんか耳に入らないまま、無我夢中で布団を引っ張り出して彼女を横にさせた。
周りが騒ぐもんだから、その噂を聞きつけてやってきたのは甲斐姫と早川殿って奴だ。
一月ほど前か、突然俺らの領地に現れた彼女たちは頭にあたる北条氏康って奴の下で働いている将らしい。
なんでも早川殿って奴は、北条氏康のご子息だとか。殿と孫尚香殿の関係みたいなもんだな!
とりあえず、彼女が目を覚ますまであの二人に頼んだ方が賢明な判断かもしれない。
「朱然殿! 女性を部屋に連れ込んだという噂がありますけど……」
「火計のことしか脳がない奴だと思っていたが、お前も一人の男だったか」
廊下を歩いていると、俺に声をかけてきた陸遜と呂蒙殿が口々に言う。
べ、別に俺の部屋に連れ込んだわけじゃねーよ!!
「どうして、連れてきたんですか?」
「? なんでだろうな」
「おいおい、理由も無く連れてきたのか?」
純粋な陸遜の問いに、俺は困惑した。
連れてきた理由? あんな場所に放置するのも、なんだか悪いと思ったから。
じゃあ何で連れてきたのか? だって、あのままじゃあの子が困ると思って……
「分からねぇよ……」
表情を変えることなく、ただただ庭へと視線を向ける俺に、二人は何かを察したのだろう。特に何も言わなかった。
ただ、よく計略とか考えたり鍛錬したりと接触が多い陸遜だけは、俺の心境に気付いてくれたようだ。
「もしかして、気になったのではないですか?」
「気に、なる? 何にだよ」
「彼女、気を失っていましたがとても綺麗な方でしたね」
「!!」
そう話す陸遜に、ぶわっと得体の知れない感情が心を支配した。
な、なんだ? 変にモヤモヤしてきたぞ……!!
「そうだなー、あんな綺麗な女、他の奴らが欲しがるだろうな〜」
「!!??」
俺の反応を見て、呂蒙殿も何か感付いたのだろう。陸遜に続くように言葉を口にしてきた。
ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ……
忙しなく騒ぎ出す心を、どうやって抑えるかなんて……俺は知らない。
「朱然殿、なんだか落ち着きないですね」
「! だ、誰のせいだと……!!」
「ま、この反応だと一目瞭然だな。どうする陸遜」
「相方として、手伝いをするのが懸命だと思っています」
「はは! 成る程な〜」
な、何を訳分からないことを言ってるんだ!! 俺に関わる事だってのは十分理解できたが、なんか納得できねー!!
「朱然殿、恐らく貴方は……先程の女性に、一目惚れでもしたのではないですか?」
「…………は、はぁ!?」
唐突だったこともそうだが、優しく話しかけるもんだから陸遜の言葉の意味を理解するのに少しばかり時間が掛かった。
「こ、恋とか……俺には無縁だろ!!」
「いや、そうでもないぞ? 彼女を見つめるお前の目、かなり本気だったからな〜」
忙しなく騒ぐ俺の反応が可笑しいのか、ケラケラ笑う二人に苛立ちが募っていく。
ああもう! なんだってんだよ!!
「恋は、唐突に起こるそうですよ? あ、丁度あの二人を例にしましょうか」
人差し指を立てる陸遜が言う"あの二人"というのは、少し離れた場所で茶を手に団欒しているアカリ殿と風魔殿。
あの二人は、甲斐姫と早川殿と一緒に居た奴だ。一緒に住むようになって、あの二人がとても深い仲であることを知った。婚姻はまだのようで、結ばれるのも時間の問題らしい。
「氏康殿の話によれば、一番最初に恋に堕ちたのは風魔殿だったらしいですよ」
「そ、そうなのか?」
「とある楽団の舞妓として活動している彼女に惹かれて、当時は声を出すことに躊躇してた彼女を自分のモノにしたくなって何度も逢瀬を重ねたとか」
「ま、あんな巨体な恐持ての奴でも恋に堕ちるもんだ」
理由なんて、ありふれたもので全然構わない。一緒に居たい、たったそれだけの理由であの二人は共に居るようになったんだそうだ。
「朱然殿も、想像してみてはどうですか?」
「想像って、何をだよ……」
「もし、彼女が目を覚まして、一緒に住むようになって、相思相愛になれたら、てことですよ」
あの二人のように、と付け足す陸遜の言葉を耳にしながら、視線を彼らへと向ける。
饅頭を食べるアカリ殿に、風魔殿が何かに気付いて彼女の頬に手を添えた。不思議そうに視線を向けると、彼が急にアカリ殿の口元をペロリと舐める姿が目に入る。
驚くアカリ殿に、風魔殿は面白そうに笑いながら一瞬の隙をついて彼女へと口付けていた。
倖せそうだ、本当に。俺にも、ああやって笑い合える異性がいれば……そう思ったと同時に、脳裏に過ぎったのは気を失っている彼女の姿だった。
「倖せ、だろうな」
「ほう? 倖せか〜」
「こんな俺を好きになってくれる女が、すぐ近くにいるなら……手に入れたい」
一緒に笑えて、衣食住を共に出来て、こんな俺を支えてくれる存在……
欲しい……ざわざわと騒ぎ出すこの胸の高鳴りが、恋だというなら……
「俺は、アイツが欲しい。何が何でも、手に入れたい」
「朱然殿の初恋ですか……良いですね、僕でよければお力になりますよ」
「ああ! 宜しくな、陸遜!!」
「ま、乗りかかった船だ! こんな俺でよければ助力するぞ?」
なんだかよく分からないまま、強力な奴が二人もいると言うのはとても心強い。
絶対に、誰になんと言われようが彼女を手に入れてみせる!
これが、あの子が目を覚ます数刻前の出来事であった。
***
そして現在、目を覚ました彼女は俺らの前に見慣れないものを広げていた。
広間での話し合いも終わって、とりあえず彼女の私物であろう手荷物を返したんだ。
「なあ、それ何入ってるんだ?」と問うた俺に、彼女は表情を変えることなく荷物を広げていく。
「これは、紙だな! そんでこれは……なんだ?」
「…………」
コロコロと表情を変える俺に、彼女は紙と俺が手にしているモノを取り上げてカキカキと何かを書き始めた。
すると、紙には何か言葉が書かれているようだが……うーん、なんて書いてあるんだ??
「シャーペン、と呼ばれるものらしいわ」
「お前、読めるのかよ!」
「私たちの土地で使われている言葉と大差ないみたいだから、読めなくはないわね」
ひょっこりと顔を出してきた早川殿と甲斐姫が、ちょっとだけ羨ましく思った。
お、俺だって彼女の書く文字くらい読めるようになりてーよ……!!
文字が書けるということは、言葉は交わせなくても紙の上で"会話"が出来ると言うことだから。
「アカリの話だと、貴女は意図的に言葉を口にしていないように見えるそうよ」
「ッ!」
「あ、その様子だと図星ってところかしら」
急に顔色が悪くなり、カタカタと震えだした。
甲斐姫の言う言葉は当たっているようだが、なんで分かったんだか見当がつかない。アカリ殿が見抜いたらしいけどな……
「アカリはね、楽団に所属してた当時は仲間から酷く嫉妬されて声を封じ込めたの。楽団に入った当初は普通に喋れたし、歌だって披露してたんだって! でも、仲間がその歌声に嫉妬して嫌がらせを受けたって聞いたわ。だから、分かったのかもね」
「声を封じ込むのは、数少ない自己防衛の一種なの。もしかしたら、似たような状況に遭ったのかもしれないって、教えてくれて」
経験者が近くにいて、その当人がそう感じたんだと二人は話した。
自己防衛の一種……もし知れが本当ならば、彼女は何に"恐怖"したと言うのだろうか?
「ここには、アンタの知り合いはいないじゃない。心配する必要はないわ」
「大丈夫。私たちは味方よ、折角会えたのだから、貴女のこと知りたいと思うの。だから、一緒にお喋りしない?」
困惑していて、震える手は止まる事を知らないようで……
何に対して怖がっているのか、俺は知りたい。知って、一緒に克服してやりたい。
俺だって、お前の声が聞きたくて仕方がないのだから。
「なあ、俺からも頼む。声、聞かせてくれないか?」
「………………」
震える手を落ち着かせるように、彼女の手を包み込むように握ると……小さく息を吐く音が聞こえた。
「変な、人たち……」
「!!」
小さかったが、それでもハッキリと俺の耳には届いた彼女の声。
早川殿たちにも聞こえたようで、首をかしげているようだ。
「何処が変だって言うのよ。おかしなところなんて、ないと思うけど?」
「得体の知れない、ヒトだもん。何を考えてるか分からない、ヒトなのに……」
「だからこそ、知りたいと思ったしお話をしたいと思ったの。私は早川殿って呼ばれてるの、貴女のお名前は……?」
視線を下に向け、表情が変わらない顔そのままで彼女はゆっくりと……口にした。
「……葵」
「そっか、葵殿ってんだな! よろしくな! 俺は……」
「朱然さん、ですよね」
「あ、そっか。さっきの広間で言ったもんな。でも、俺は朱義封って言った筈だけど……」
「ここに来る前から、皆の名前は、知ってました」
は? この子は一体何を言っているのだろうか??
訳が分からなくて、パチクリと瞬きをする。すると、葵殿は表情を変えることなく荷物の中から何かを取り出した。
「私の話、信じてくれなくても構いません。ですが、これは真実です」
そう言いながら、彼女が取り出したモノは光を放ちながら何かを映し出した。
そこには、何故か武器を構えた俺の姿があったこともあって目を点にしてしまったのは言うまでもないことだろう。
「私のセカイでは、『三国無双』と『戦国無双』と呼ばれるゲーム……まあ遊戯だと思ってください。それが存在します。そこで生み出された人物たち……それが、アナタ方なんです。私はこのゲームが好きなユーザーの一人。だから、知ってるんです。信じる信じないは、ご自由に」
「で、でも……こんなものまで見せられちゃあ……」
「信じない方が難しいというか……」
難しい表情を浮かべている二人を横に、俺は彼女の手にしているモノに映し出されているヤツが気になって覗き込んでいた。
慣れた手つきで動かしていて、俺が良く使う戦術で敵を倒していく。スッゲー手馴れてるってのが分かる。
「お前、スゲーな」
「朱然さんは一癖も二癖もあるモーションだし、得意武器が弓だし、使い慣れるのに時間が掛かったんだよね。お陰で熟練度もレベルもマックスだよ。高難易度の武器も全種類集めたしね」
「え、えーと……?」
一体何の話をしているのか分からないが、それでも俺のことをよく使ってくれているって言うのだけは分かった。
げぇむ? とかなんとか言われている遊戯の中に存在しているとか、信じられないが……俺はなんとか信じてみようと思う。
これが、彼女に近づける小さな一歩だと思うから。
恋に
堕ちた日
(俺、ゼェッタイ彼女の笑顔を見るんだ!!)