この恋をどうやって捨てればいい?
この関係が、続けば良いと思っていた。









肌寒い気候が近づいていることを、直接肌で感じるようになった頃。

今日も城内は相変わらず騒がしい。


「おい、居たか?」

「いいえ、こちらには……」

「昭は困り者だな」


騒ぎの原因は、我が弟の逃走だ。今日もまた執務室から出て行ったらしい。

元姫や賈充に声をかけて総出で捜索をしているが、なかなか見つからない……手間のかかる弟を持つと、兄が心配になるというのをあ奴は理解しているのだろうか?

三者三様に重たい溜め息をついていると、それほど離れていない場所から会話が聞こえてきた。


「いでででで! 葵! 耳、耳が……!」

「逃走好きの昭には、これくらいが妥当でしょう? 後で元姫にもお仕置きされなさい」

「いーやーだー!!」


巨体の耳を引っ張りながらズカズカと歩いてくる一人の女……彼女は葵と言って、私や昭にとっての幼馴染だ。

我ら兄弟と共に育ったも同然の彼女は、よく各々の性格を理解してくれている。今回だって、何度目か分からない逃走劇を繰り広げている昭を一発で見つけてきてくれた。


「葵殿、いつもごめんなさい」

「え? いいよいいよ、幼馴染の好でやってることだし、お互いに困ったら手を貸すのは当たり前でしょ?」


耳を引っ張る彼女の手は離れる気配もなく、涙目になっている昭はなんとかその手を離してもらおうと必死だ。

大の男が、頭二つ分も低い女に苦戦しているとは……


「それじゃ、私は残りの仕事があるからそれを片付けてくるね。休憩までには終わらせるから、また後で」

「ええ、特製の肉まんを用意して待ってるわ」

「わーい! 楽しみにしてるね!」


喜怒哀楽が比較的激しいこともあり、彼女の表情を見ればどんな心境で居るのかすぐに見分けがつく。

今回の場合はというと、肉まんという言葉に反応してパァァと明るくなった。余程嬉しいことのようだ。まあ、私たちと共に過ごすことが多かったから食の好みも似通ってしまいがちだ。


「それじゃ、また後でね元姫! 師にも後で処理済の竹簡持っていくからね」

「ああ、そんなに急がなくても良いからな。今日中に貰えれば問題あるまい」

「それもそうだ」


フフ、と笑みを浮かべる彼女はとても魅力的だ。元姫と比べても負けず劣らずな美貌も備わっているときた。

活発で、優しくて、美人ときた。そんな彼女に、俺はいつの間にか『幼馴染』以上の感情を抱くようになったと思い始めたのはいつだったか……

もしかしたら、最初から惚れているのかもしれないし、共に過ごすうちに惹かれていったのかもしれない。

真相は闇の中とはいえ、私の心に芽生えた感情は日に日に大きくなってきている。

早く想いを伝えた方が良いのだろうか? だが、今の関係もなかなかに捨てがたいのは事実だ。


「それじゃ、仕事に戻るね。昭、今度逃走したら一ヶ月間肉まんに大量の唐辛子入れてあげるからね」

「い、いらねーよ!!」

「だったらさっさと仕事しなさい!!」


カッと目を見開いて話す葵は、そのまま自室へと戻るべく我々に背を向けて歩き出した。

彼女には感謝しきれない……あとで母上に頼んでとびっきり美味い肉まんを用意できないか交渉してみよう。

そう思いながら幼馴染の後姿を見送る私は、すぐ近くに立っていた賈充の口角が少しだけ上がっていることに……この時は気付かなかったのであった。

そして、ここから幼馴染との関係がゆっくりと変わり始めていくのである……




***




異変に気付いたのは、あれから数日が経った後のことだ。

母上に呼ばれ自室から出た際、向かい側の渡り廊下で大量に竹簡を持つ葵の姿を目にした。彼女のことだから難なく持っていくとは思いながらも、流石に量が多い。両手で抱えると視界が見えなくなってしまうくらい山積みになっているのだ。

確か、彼女が出てきた部屋は昭の部屋だったか。またいつものように溜めた書類をドサッとまとめて片付けたのだろうな。

彼女を手伝おうと思い、来た道を戻るべく方向転換をしようとした時だ。


「クク、また子上が溜めたのか」

「あ、賈充」


ゆっくりと歩く彼女の前に、たまたま通りかかったであろう賈充が声をかけた。


「それでは、まともに前が見えんだろう」

「確かにそうだけど……ここは歩きなれた場所だし、ゆっくりだったら一人でも……」

「……仕方ない」


フゥと息を吐くと、賈充は彼女の手から竹簡の山を奪うように持ち始めた。

丁度山積みになっている上の部分……量的に言えば半分くらいだろう竹簡を手にすると、葵は目を見開かせる。


「い、良いってば! 私が持っていくよ!」

「たまには甘えろ。罰はないだろうからな」

「うーー……」


唇を少しだけ尖らせながらも、何処か嬉しそうな彼女は「じゃあ、私の部屋までお願い」と言葉を続けた。

対する賈充も、まんざらでもなさそうに「そのつもりだ」と返事を返す。

そんな会話をする二人を見て、私はザワザワと胸が騒ぎ出すのを感じていた。

なんだ……? 一体何故、こんなにも不安な気持ちになるのだろう?

葵は賈充に対して、私や昭とは違う声色や行動をとっているようだと感じる時がある。対する賈充も、彼女に対して特別気にかけて行動をしているようだ。

もしや、あの二人は……


(いや、無駄な詮索はしない方が良いだろう)


むしろ、したくないと言った方が妥当かもしれない。

小さく首を振りながら、私は母上の待つ部屋へと向かうのだった。



***



「ねえ子元、そろそろ葵をお嫁さんにしない?」


部屋に入っての母上の第一声は、これだった。

ニコニコと笑みを浮かべてはいるものの、声色からして本気でそう思って発言しているのが分かる。


「唐突ですね、母上」

「だって、子上には元姫殿っていう愛らしいお嫁さんが居るのに、子元には誰も居ないんだもの。付き合いの長い、お互いのことを理解しあっている幼馴染を嫁にするのは、私としても安心だわ」


母上の言いたいことはよく分かるし、私も妻として迎えるならば彼女が良いと心の奥底では思っている。

少しだけ考える素振りを示していると、母上は「でも」と少しだけ声の質を落として話を続けた。


「横槍が入る前に、早く手中に収めないと……後悔することになるわよ」

「後悔……?」

「葵は魅力的だもの、他の男が目をつけていないとも限らないわ」


だから、先手を打っておくに越したことはない。とでも言いたいのだろう……

そんな言葉を聞いた私の脳裏には、先程の情景が浮かんでは消えていった。葵と賈充は、ここ最近共にすることが多くなってきたと思う。ほとんどが昭の逃走で肩を並べることだったが、それ以外でも一緒に居ることが多くなったと感じる。

嫌な予感ほど良く当たると言うが、コレだけは分かる。

葵は、少なからず賈充に恋をしているということだ……





このをどうやって捨てればいい?




(捨てるしか選択肢はないかは分からない、まだ私にも可能性があるのならば……幼馴染を振り向かせるべく行動をとるべきかもしれない。例えそれが、遅すぎた行動であったとしても……)
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