今からきみに告白します
 

足が勝手に、動いてしまいました。会ったら、話したいことが沢山あるのに……

ようやく自覚したこの想いを伝えようと、決めていたのに。上手くいかないものですね。










胸が締め付けられてしまいそうな、甘くて熱い口付け――

この想いが溢れてしまいそうで、とても怖かった。今までの、私たちの関係が大きく変わっていってしまいそうで。だから、あの部屋から逃げ出すように出て行ったのだ。


「諸葛誕様……」


どれくらい走ったか分からないくらい、バタバタとはしたなく廊下を走ってしまった。

火照る頬の熱が引いていく気配もなく、そっと唇に触れると先程までの口付けを思い出してしまう。何故……何故彼は、私にあのような行為を……


「葵殿? こんなところで何を……?」

「元姫、様……」


丁度良く、この廊下を歩いている元姫様と出会い、私は目を泳がせた。あんな行為をされた後だと、どうも気持ちの整理がつかない。


「熱でもあるの? 顔が真っ赤だけど……」

「い、いいえ……大丈夫、です」

「――嘘は良くない、話して」


一人の将としても優れている元姫様、ちょっとした私の変化に瞬時に察して単刀直入に話す。そんな彼女だから、私は事の起こりの一部を話したのだ。流石に、諸葛誕殿から熱い口付けをされたことは、言えませんでしたが……


「そう、原因は諸葛誕殿にあるのね。分かったわ、少し張春華殿に話をつけてくるから、暫くの間自室待機してて」

「は、い……」

「決まったこととかあったら、すぐに伝えにいく。大丈夫よ」


私を落ち着かせようと声をかけてくださる、優しい心に感謝しながら……私は自室へと向かうのだった。

そして、数日後。元姫様から一週間の休暇が与えられたことを聞いた。恐らく、彼も彼なりに混乱しているのだろう、と私は勝手に解釈する。なぜなら、あの時……私に口付けた彼の表情は酷く驚かれていたから……


「一週間のお休み……」


こんなに長く休暇をいただけるとは思っても見なかったこともあるし、ここにいては諸葛誕様といつ顔を合わせてしまうかも分からない。そう判断した私は、休暇の大半を実家で過ごすことにしました。

簡単に荷物をまとめて実家に向かうと、叔父夫婦と父が酷く驚きながらも出迎えてくれたことがとても嬉しく思う。


「一週間のお休みかー、しっかり働いている葵にご褒美だな」

「美味しい料理食べて英気を養ってくれよ!」


どうして長期間の休みを貰ったのか、私の些細な変化に気付かない人たちではないのは分かっていた。だけど、気付いていても尚話にしないのは……私を気遣ってくれている証拠なのだと思った。

優しくて、暖かい、家族の空間。私の心も少しずつ回復の兆しが見えてきた時のこと。長期休暇も半分以上が過ぎた、ある晴れた日の縁側で父と久しぶりに日向ぼっこをしていた。


「葵、諸葛誕様とは上手くやっているか?」

「それは……」


いつもなら、すぐに返事が出来ていたはずなのに。今回に限って、すぐに返事を返すことが出来なかった。

彼のことを想うと、また頬に熱が溜まり胸が締め付けられるから……


「なにか、あったのか? 父にも話せないことかな?」

「いいえ、実は……」


心の中で蟠りとなっていた、彼との一部始終を初めて、父に話した。話している間、思い出しただけで頬に溜まる熱を冷ますのに必死になりながら……


「そうか、そんなことが……」


話を全て聞いた父は、今までないくらい穏やかで優しい笑みを向けながら私に問いかけてきた。


「だが、葵は諸葛誕様に口付けされて……嫌と思わなかったのだろう?」

「う、ん……」


むしろ、もっと欲しいと思ってしまったのだ。口付けだけじゃなくて、もっと……触れて欲しい。もっと、彼の熱を感じたい。もっと、もっと、深い場所で――


「なら、もう答えは出ているよ」

「え?」

「葵は、諸葛誕様のことを好いていると言うことだ。愛してしまっているんだよ」

「愛して、いる……?」


言葉にしただけだというのに、心の中を占めていた沸き立つ熱い想いがスッと落ち着き始めたのだ。目を見開きながら胸に手を当てる私に、父はニコリと笑う。


「それが、葵の答えだよ。難しいことじゃなかっただろう?」

「そう、ですけど……でも相手は、一人の将。一介の女官が抱いて良い想いではないと……」

「それでも好きになっちまったんだ。夢中になってしまうくらい、彼を求めてしまうくらい、ね」


自覚してしまったら、そこに身分は関係ないのだと父は話す。私は、諸葛公休という一人の男性に恋をし、愛してしまっているのだ。そう自覚すると、無性に彼に会いたくなってしまうから不思議だ。

この日、仕事から帰ってきた叔父夫婦に想いを自覚したことを伝えると、酷く感激されてしまった。「絶対上手くいくから、安心しなよ」と言われてしまってはいるけれど、それでも不安に思ってしまう。

もし、彼に拒絶されてしまったら……もし、専属女官を辞めさせられてしまったら……立ち直れる自信がない。

こうして私は、彼への想いを胸に実家を出るのだった。気がつけば休暇を頂いて早七日が経っていたのだ。明日からの仕事に支障を起こさないようにしなければ……

パタパタと仰ぎながら城へ足を踏み入れ、荷物を自室に置いてから廊下を歩き出すと……前方に張春華様と元姫様の姿が見えました。


「張春華様、元姫様。お久しぶりです」

「葵殿、久しぶり。休暇はどうされたの?」

「実家で、父と叔父夫婦の手伝いをして過ごしました。それと……」


少し距離があり、早足になりながらお二人に歩み寄ろうとした時。


「詳しい話は、彼にも話してあげてね?」


張春華様は、外へと指差しながらそう話をされた。彼、が誰を指しているのか分からず……私は顔を指している先へと向ける。そこにいたのは、恋焦がれていた……諸葛誕様だった。手に竹簡を持っているところを見ると、執務の真っ最中のようだ。

私に気付いたのか、お互いの視線が絡み合う。好き……貴方の顔を見ただけで、こんなにも愛しいという感情が溢れ出してしまう。

何かを話そうとする彼の姿を最後に、私はこの場から逃げるように走り出してしまった。これ以上、彼を見つめていると心が締め付けられて上手く呼吸できないと思ったから……

だから、無償に走ったのだ。もっともっと、遠くまで……何処に辿り着くかも分からない廊下の先を、ただただひたすらに走った。




***




「ぜ、全力で走るのは、久しぶり、です」


ペタリ、と体力の限界を感じた身体を休ませるために縁側に座る。荒い呼吸を整えながら、ふと顔を上げる。


「こ、こは……」


今でも思い出せる、ここは私がここに着てからよく掃除をしていた場所。そして、諸葛誕様と初めて顔を合わせた、思い出深い場所。

あれから誰かが手入れをしているのだろう、とても綺麗に清掃されている中庭にある一本の樹を見上げる。先輩方の話によると、この樹は桃の花が綺麗に咲くらしい。もうじき咲き頃なのか、綺麗な蕾がいくつか見受けられる。


「お花見には、最適、ですね」


ほう、と息を吐きながらそうポツリと呟くと……


「ならば、桃の花が満開になったら……私と共に見に来ましょう」


そっと、後ろから抱きしめながらそう話す声が聞こえてきた。誰かなんて、言われなくても分かる。


「しょ、かつた、ん……様」

「あの時、葵殿には申し訳ないことをしてしまった。酷く、反省したのだ」


小さく震える彼の腕を、そっと支えるように触れながら……私は彼の言葉を待つ。


「貴女の気持ちを無視し、私の想いばかり押し付けてしまった。幻滅されてもおかしくない……」

「そんなこと――」

「それでも、口付けたことは謝ろうと思わない。これは私の本心だ」


幻滅なんてしていない、と言葉を続けようと振り向くと……真剣な諸葛誕様の視線が視界に飛び込んできた。まるで、獲物を逃がさない獣のような……純粋で真っ直ぐな眼差し。その瞳に、私はドキリと心臓が高鳴った。


「愛している……初めて出会ったあの日から、ずっと、私のモノにしたかった」


少しずつ揺らいでいくその瞳は、不安な気持ちで一杯であることを物語っているようにも見て取れる。嗚呼、そうか。諸葛誕様も、私と同じだと言うことだったんですね。

不安で不安で、相手に嫌われていないか心配で……拒絶されても離れられる自信もなくて、嫌がろうとも傍にいると決めた優しい瞳。


「だからどうか、嫌わないでくれ……貴女に拒絶されたら……私は――」

「拒絶しません」


頭の中が一杯で、どう言葉を掛ければいいか困りながら……やっと口から出た私の声に、彼は目を見開いた。


「何故なら、嫌ではありませんでしたから」

「葵殿、それはどういう……ッ!」

「ふふ……私も同じ、ということですよ」


嗚呼なんて、愛しいのだろう。この人の傍に居ても良いと分かっただけで、こんなにも嬉しく思う。

告白の返事は、彼へ私が口付けたことで分かって欲しい。そう思いながら、そっと唇を重ねた。目を見開いて驚かれていた諸葛誕様は、そっと抱きしめながら私の口付けを受け入れてくださった。

暖かくて、安心する彼の腕の中……そっと離れると、お互いに顔を赤くさせながら笑みを浮かべる。


「まるで夢のようだ……葵殿が、この腕の中に居ることがとても嬉しく思う」

「それは私も同じです」

「嗚呼、それと一つ……頼みたいことがあるのだ」


そっと離れた彼は、改めて私の横に腰掛けながら手を伸ばす。伸ばされた手は私の髪を撫で、頬へと下りていく。


「字で、呼んでくれないだろうか?」

「え……?」

「葵殿にだけ呼ぶことを許す、私の字だ。呼んで、くれるだろうか?」


殿方の字は、身内か本当に心を許した人にしか呼ばせない大事なもの。ソレを、私が呼んでも良いと……貴方はおっしゃるんですね。


「こう、きゅう……様」


震える唇で、字を呼ぶと……貴方はそっと私に口付けた。


「もう一度……」

「……こ、公休、様」

「――私は、倖せ者だ」


倖せで、とても嬉しくて、何度目か分からない口付けを沢山私にする。これからも、私を貴方の傍で仕えさせてください。死が私たちを別つまで、ずっと……




今からきみ告白します




(愛しています、公休様)
(手放しはしない、私の愛すべき葵殿)
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