公認ストーカー
 

気に食わない……なんであんな女があの方の傍にいて良いのかしら……!!









女官長から一般女官になって、早数日が経とうとしていた。

『女官長』という地位を利用して偉い殿方に近づいて嫁ぐこと……それが私の目的だったのだ。そして今回標的として目に付けていたのが、諸葛誕様だった。彼の持つ鋭い眼差しから怖いという感情を抱く方が多かったけど、私は違う。あの瞳に、一瞬にして虜になったのだ。

あの瞳に写るのが、私だけであって欲しい。そう思っていたというのに……新米に横取りされるなんて……!!


「ふふ、理解に苦しむっていう顔を浮かべてるわね」

「!!」


現在、私は頼まれている洗濯物を干している最中だ。苛立つ心を抑えずに動いていたせいか、背後にある気配に気付くことはなかった。バッと振り向くと、そこにいたのは張春華様だった。


「専属女官として指名したのは、紛れもなく我が旦那様。だけど、子元を通じて諸葛誕殿から彼女に専属女官をしてほしいという話がきていたのよ」

「ッ……、何故、ですか」


何故、ここに雇われて日の長い私でなく新米のあの女なのか……ずっと不思議で仕方がなかった。周りは「やっぱりそうなったか」といった具合の雰囲気を持っているから、更に訳が分からない。


「知りたい?」

「え?」

「ずっと専属の女官なんて持たなかった彼が、今になって仕える女官を指名したのか……」

「も、もしや……理由をご存知で……!?」

「ええ、至極簡単な理由よ」


いらっしゃい、と先導されながら私は張春華様の後姿を追った。私の課せられた仕事が気になるが、おそらく彼女のことだ。別の女官に指名して仕事を引き継いでいるのだろう。




***




「あら、丁度食事も終わって部屋から出てくる所ね」


コソッと物陰から、私は張春華様の視線の先へと顔を動かす。そこには、諸葛誕様の私室から出る部屋の主と葵さんだった。


「今日も素敵な料理をありがとうございます」

「いいえ、そんな……私の作るものは、ほとんど家庭的なものばかり、ですし……」

「何を言うかと思えば……私は、ここで作られる料理より貴女の作る料理の方が――」


暖かく、穏やかという言葉が似合うくらい、素敵な笑みを浮かべる諸葛誕様。私の知らない表情(カオ)をされてることに……葵さんに対して嫉妬心が出てくる。何故、あの表情を出すのが私ではなくあの女なのだろう……


「本日は、この後執務がございます。昼食後は鍛錬をされると伺ってますが……」

「ああ、間違いない。今日も竹簡の数が多い。一緒に運んでくれますかな?」

「はい、喜んで」


お互いに微笑み合うと、彼女は諸葛誕様の食器も手にして一礼すると去って行った。その後姿を、見えなくなるまで見つめる諸葛誕様は……愛らしいもの見るような熱い眼差しを向けていた。


「あんな表情もされるのか……また一つ、私の知らない葵殿を知れた。もっと知りたいと思うのは、我が侭だろうか……」


そう呟くと、彼は部屋の中へと戻っていかれた。恐らく仕事を始められるのだろう……


「まるで獲物を狙う狼ね」

「え……」

「いいえ、こちらの話。さて、葵殿の後を追いましょうか」


未だに笑顔を絶やさないでいる張春華殿を不思議に思いながら、私は彼女と共に厨房へと向かった。




***




「葵ちゃん、良ければこれをお使い。新鮮な野菜たちだ」

「わあ! 宜しいのですか?」

「勿論さ、諸葛誕様にお出しする料理に是非使っておくれ」


厨房では、食器を洗う葵さんに他の女官が野菜を片手に話しかけていた。


「あ、もし宜しければお肉も少しだけ分けてもらっても宜しいですか?」

「お肉かい?」

「はい。昼食後は鍛錬をされるので、栄養あるものを食べていただきたいなと思って……」


洗い物も終わり、手を拭きながら申し訳なさそうに話す彼女に、女官はケタケタ笑いながら「お安い御用だよ!」と返事を返す。


「愛する諸葛誕様の為に作る料理だ、愛情たっぷりのモノを作っておやりよ」

「そ、そんなことは……!!」

「こう見ると、まるで新婚さんだね。諸葛誕様みたいな旦那さんが欲しいと思ってるんじゃないのかな?」

「みたい、というより御本人の方が……って、何を言わせるんですか!!」

「アハハハハ! 可愛らしくて何よりだよ、葵ちゃん」


林檎も顔負けするくらい顔を赤くする彼女は、一人の殿方を慕う一人の女性のようにも見える。馬鹿でない私はすぐ理解できた。彼女は、諸葛誕様のことを愛してしまっているのだと……


「さ、そろそろお呼ばれされることだろ? 頑張ってきなさい、未来の旦那様の為にね♪」

「もう! からかわないでください!」


パタパタと顔を手で仰ぎながら早歩きする葵さんの後姿を見つめてから、ふと張春華様へと視線を動かす。


「さて、理解できたこともあるかもしれないけど、もう少しだけ付き合ってね?」


拒否権なんて元々存在しない私は、彼女の言葉に二つ返事をしたのは言うまでもないだろう。




***




朝の仕事は、諸葛誕様の補佐をしながら竹簡を司馬師様や賈充様へと届けに向かう。時折休憩を挟みながら談笑する彼の顔は、とても生き生きしていた。あんな表情、ここに仕え始めてから見たことないものだから驚いてしまう。

昼食は、葵さんが席を外して作ってきたものを二人肩を並べて口に運ぶ。そのときに浮かべた二人の表情は、まるで一枚の絵を見ているかのように美しくて……奥歯をかみ締めてしまったのだ。

私と張春華様も、他の女官が作った食事を口にしてから……鍛錬場へと向かった。


「踏み込みが浅い! 周りに気配を配り、一つ一つの攻撃に神経を集中させるのだ!!」


鍛錬場には、諸葛誕様だけでなく司馬師様や司馬昭様……賈充様に夏侯覇様といった将たちが多く集まっていた。

中央の広場では、武器を構える司馬師様と諸葛誕様が一対一で対峙されているようだ。


「――ほう? 先日と比べ攻撃に迷いがなくなったな。諸葛誕」

「ほ、本当でございますか……!?」

「ああ、こうして刃を交えるのは数ヶ月ぶりだからだろうな。確か、葵を専属女官としてつける前というのも、関係があると見受けられるが?」

「んなッ!」


ニヤリと笑みを浮かべる司馬師様に、諸葛誕様はカァァと頬を赤らめられる。そんな表情を浮かべる彼に、周りにいる将たちもまた口々に話をし始めた。


「諸葛誕殿と葵殿って、いつ婚儀をするんでしょうかね」

「婚儀以前の問題だと思うがな」

「正式にお付き合いされてるようには見受けられません。お互い好き合ってるというのに、鈍感すぎる……ごっふ」

「恋は盲目らしいぞ? 人にここまでやる気を起こさせる割に、意外と馬鹿にもさせるものだな」


夏侯覇殿、賈充殿、郭淮殿、鍾会殿。それぞれがそう話をしているなど、目の前にいる二人は気付く由もないようだ。多分、彼らは彼らなりに見守っているのかもしれない。諸葛誕様と、葵さんの仲を……


「皆さん、お疲れ様です」


鍛錬も丁度終わった頃に、葵さんが一つの容器を手に鍛錬場へとやってきた。彼女の登場に、諸葛誕様が目を見開いて嬉しそうな笑みを浮かべたのは、恐らく見間違いではないだろう。


「そろそろ小腹が空く頃かと思いまして、これを……」

「これは……ッ!」

「お! 肉まんじゃん! もーらい!」


彼女が持ってきたもの……恐らく彼女が作ってきた肉まんだからだろう、司馬師様は驚いて頃場を失い、司馬昭様は嬉しそうに肉まんの一つを手にしてパクッと頬張る。

湯気の立つ肉まんを一つ持つと、彼女は容器を司馬昭様にお渡しして何かを話してから離れた。向かった先は諸葛誕様。どう言葉をかけようか迷っている彼に、そっと肉まんを手渡す姿に、苛立ちと嫉妬が渦巻く。

本来なら、あの場所は私がいるべきところだというのに……


「あれ? 肉まんの数が多いですね」

「本当ですね……」

「恐らく、母上たちの分だと思うので、そろそろ出てきてくれませんか?」

「あら、ばれていたのね」


不思議そうに話す夏侯覇殿と郭淮殿に返事をするように、そして私たちへと視線を向けて司馬師様は話された。一体、いつから気付いていたのだろうか……


「あれ、俺達に何かご用でも……?」

「いいえ、彼女と一緒にあの二人の様子をね……」


顎に手を添えながら話す張春華殿は、視線を諸葛誕様と葵さんへと向けた。視線の先にいる彼女達は、一つしかない肉まんを半分に割って談笑しながら食しているようだ。


「母上はどう思われますか? あの二人の関係……」

「純粋に想い合ってて、素敵だと思う。でも、あともう一歩ってところかしら」

「正式にお付き合いしてから婚儀まで、凄く早く進むと思います!」


面白そうに話す司馬昭様に、手を上げながら話す夏侯覇様。


「からかい甲斐のある奴になると思うと、楽しいことこの上ないな」

「いい性格してますよね、賈充殿は」

「流石葵の作る肉まんだ、美味い……」


クスクス笑う賈充様に、そんな彼にハァと溜め息を漏らす鍾会様、肉まんを口に頬張って味を堪能している司馬師様。


「だいたい一日を通して彼らを見てきたけど、分かったかしら?」

「――はい、もう痛いくらいに」


恐らく……いや、絶対。諸葛誕様も葵さんのことを想っている。

それが、痛いくらいに伝わってきていて……今まで気付かなかった私が馬鹿だと思ってしまう。あんなに分かりやすいというのに、何故今まで知らないで過ごせたのだろうかと……




ストーカー




(私の入る隙なんて、最初から存在していなかっただなんて……この時初めて身をもって知ることになるなんて、思ってもみなかったわ)
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