いつの間にか、貴女を私のモノにしたいという想いが生まれてきた。♪見えてきた葵殿のご自宅は、何処にでもあるごく普通の一軒家だった。
玄関が見えてきたと思ったところで、その玄関から出てくる人影を見て葵殿は声を上げる。
「叔父さん、叔母さん」
「あらあら! 葵ちゃんじゃないか! 久しぶりだねー」
どうやら、彼女が以前話をしてくれた叔父夫婦のようだ。穏やかな雰囲気を持っているのは彼女の家系らしく、彼らの浮かべる笑顔もまた温かい。
「仕事で忙しいって文に書いてあったけれど、今日はお休みなのかい?」
「はい! 久しぶりに、父に会おうと思いまして」
「良い事だ。兄さん、葵に会いたがっていたからね……話し相手になってくれ」
「勿論です!」
「ところで、一人で来たのかい?」
「あ、いいえ。実は……」
少しだけ頬を染める葵殿は、私へと視線を向けた。叔父夫婦もまた、私の顔を見て驚きを隠しきれていないようだが、私は少しだけ反応に困ってから小さく一礼をする。
「お初にお目にかかります、彼女の上司を勤めてます――」
「諸葛誕様じゃないか! 葵ちゃん、確か上司は女官長さんだって文に……」
「先日変わりまして、今は……諸葛誕様の専属女官として……」
照れているのか、少しだけ緊張した声で話をする葵殿に、叔父夫婦は「元気そうでなによりだよ」と口を揃えて言う。
彼女が何を言おうとしているのか、目を見ただけで理解したようにも見て取れる。
「今から買い物に行こうとしていてね、少しの間留守を任せても構わないかい?」
「はい! 大丈夫ですよ!」
「まだ日も高い、葵ちゃんの手料理を振舞ってくれないかい? 君のお父さんの為にさ」
「勿論! 是非、作らせていただきます」
新鮮な食材を沢山買ってくるからねー!
そう叫ぶようにして人ごみの中に入っていく叔父夫婦を見送り、葵殿は「狭いところですが」と付け足しながら私を家へと招き入れてくれた。
***
「このようなみっともない姿で、申し訳ありません。客人に茶の一つも振舞えないこと、お詫びいたします」
「いえいえ! お気遣いありがとうございます」
居間には、布団に横になっている葵殿の父君が眠っていた。目を覚ました彼は、上半身だけ起こすと申し訳なさそうに頭を下げてきたこともあり、私は首を振りながら言葉を紡ぐ。
今、葵殿はこの場にいない。私が買った花束を花瓶に入れるべく席を外しているのだ。必然的にこの部屋には、私と葵殿の父君の二人きりということになる。
「葵は、女官として働き始めて日も浅い。皆さんの足を引っ張っては、いませんか?」
「いえ……むしろ私が彼女に余計な仕事を増やしていないか気がかりと言いますか……」
「寛大な心を持つ諸葛誕様の専属として働いているそうで、葵は上司に恵まれてますね」
優しい笑みを浮かべるその姿は、まるで広大な空そのものを連想させた。どんなものでも包み込んでしまう、とても大きな包容力を持った方……私が葵殿の父君と会って最初に持った第一印象だ。
「葵には、無理ばかりさせていましてね……」
居間から見える葵殿の後姿を見つめながら、彼は言葉を続けた。
「物心つく前に妻を亡くし、唯一の宝である葵を立派な女性として育てることが私の生きがいでした。だが、ちょっとした病で床に伏せってしまい……葵を外で働かせてしまっている、私の病が彼女の気がかりになっていないかが心配なんですよ」
「…………」
「女官として働き始めたと聞いたときは驚きましたが、彼女が元気でやっていけてるのであればそれでも良いと思った。だがここ最近、彼女から送ってくる文に書かれてる文字に元気がないように感じていましてね……とても心配してたんです」
ですが、と父君は視線を私へと向けてくる。
「上司が諸葛誕様になったのならば、安心です」
父親として、娘が無理せずに働いているだろうか。友達は出来ただろうか。苛められ、泣かされていないだろうか。不安なことが多いのだろう、不安そうな表情が抜けない様子の父君は再度ニコッと笑みを浮かべられた。
「唐突にお伺いしますが……」
「?」
「諸葛誕様、もしや葵を好いているのでは……?」
「!!??」
な、何故分かったのだろう。初対面だというのに、何故!? それだけ私は分かりやすいのか……!?
恐らく私の顔は真っ赤に違いない。それはもう林檎顔負けに……だが、そんな私を見て父君はとても嬉しそうに微笑んだのだ。
「葵と諸葛誕様の間に生まれている雰囲気は、私と妻との仲を思い出させる……だからこそ、分かったのかもしれませんな」
「い、いや……その……」
「諸葛誕様なら、葵を任せられる。どうか……不束者ではありますが、葵をよろしくお願いします」
その時、父君の浮かべた表情は……
「お父さん、諸葛誕様、どうぞ」
「おお、梅と昆布の茶か……久しぶりだな」
「早く元気になっていただきたいですから」
唯一の肉親である父として、暖かく誰もの心を安心させてしまうような……穏やかな笑みを浮かべられていた。
「……美味いな」
「ありがとうございます。翌日から、執務の休憩時間にはこの茶をお出ししますね」
「ああ、頼む」
暖かく、誰もの心を掴んで放さない、安心感を与えてしまう不思議なチカラを持つ葵殿。
彼女を狙う男は数知れないだろう……だが、渡すわけにはいかない。彼女は私のモノだ。私が自覚しただけでは駄目だ……彼女にも、私の想いが伝わるようにしなければ。遠くへ、誰かのモノになってしまう前に。
「ただいまー!」
「! おかえりなさい」
我々に茶を出し、陽の入る棚の上に花瓶を置かれているときに聞こえた叔父夫婦の声に、葵殿が反応して声を上げた。玄関まで早足で向かうと、材料を手に台所へと向かわれてしまう。
「今日はお魚が多いのですね」
「安売りしていてね、ついつい多く買ってしまったんだ」
「叔父様らしいです」
クスクスと微笑みながら、葵殿は小さな袋を受け取り包丁を手にした。どうやら魚を捌くようだ。
慣れた手つきで骨や内臓を取り出し、魚独特の臭みを取っている彼女の後ろから、私は葵殿に抱きついた。
「ッ! しょ、諸葛誕様……!」
「すまない、少しの間だけ……このままで――」
彼女の腹へと手を回し、肩へ顎を乗せる。彼女との距離はなく、隙間なく抱きつく私の後ろでは……叔父夫婦と父君が優しい笑みを浮かべていた。
「あらあら、この様子だと……」
「諸葛誕様は、昔の私を見ているかのようだ。暖かい陽だまりを求めて、無意識のうちに愛する者を見つけ出しているかのような」
「あの姿、昔の兄と亡き奥様を思い出します。良いんですか? 一緒に過ごしてきた一人娘を……」
「構わんさ。葵も、彼のことを心から愛して止まないようだからね……ただ、自覚してないみたいだがな」
「障害も多いかもしれないけれど、二人なら大丈夫……でしょう」
傷害と呼べるモノが多くあるに違いないだろう。だからと言ってこの想いが止まるわけがない……私は、貴女が欲しくてたまらないのだ……
この日、あれよあれよと事が運び、結果的に叔父夫婦と父君と共に早めの夕食をご馳走になったのは言うまでもない。久しぶりに家族と話が出来たからか、この日の葵殿はとても嬉しそうに……倖せな表情(カオ)を浮かべられていた。
ずるいから
好きです
(必ず、貴女の心を手に入れてみせよう)