きみ攻略マニュアル
 

アナタはどれだけ夢中にさせれば気が済むのでしょうか……









「こ、これで大丈夫でしょうか……」


ドキドキと五月蝿い胸を落ち着かせるように、何度も深い呼吸をしながら着ている服を何度も確認する。

いつも女官の服に手を通していたせいか、普段の女性が着るような服を身に纏ったのは働き始めてから初めてのこと。休日はあったとしても、片付けられなかった仕事の処理や疲れすぎて眠ってしまうことがほとんどで、今日のように外へ出るなんて滅多になかったのだ。

それが、上司が女官長さんから諸葛誕様に変わってから……定期的な睡眠時間を取ることが出来るようになり、しっかりとした休みも取ることが出来るようになりました。全て諸葛誕様の計らいだと思うと、なんだか申し訳なく思うわけで。


「あら葵ちゃん! お出掛けかい?」

「先輩方!」


待ち合わせしている門へと向かう中、数日振りに顔を合わせる女官の先輩方と出会った。


「とっても素敵な服じゃないか。少しだけ年季が入ってるようだけど……」

「この服は、母の形見の代物で……父が持って行って欲しいと受け取ったものになります」

「あ、そうだったのかい……」


私が物心つく前に母が亡くなったことを以前に話したこともあり、先輩方は言葉を詰まらせている様子。そんなに気になさらなくても、と思いながらニコッと笑みを浮かべる。


「これから、諸葛誕様と城下町へ向かう用事があるので。そろそろお暇を……」

「あらあらそうだったのかい! 諸葛誕様とは、上手くいってるかい?」

「はい! 私にはもったいない上司です」


とても優しくて、私が一番諸葛誕様のことを思って動かないといけないのに、その一歩先へと行っては私のことを気にかけてくださる方。まるで暖かな太陽のような方……

そう思いながら先輩方とお話をして別れると、私は真っ直ぐ待ち合わせ場所であるもんへと向かった。すぐ近くで、忌々しい表情を浮かべて話を聞いていた女官長がいるなんて……気付かないまま……




***




門に背を預けるようにして待っていた諸葛誕様は、普段着ている正装でなく白地に水色の刺繍が施された服を着られていた。

普段見ない風だったこともあり、新たな彼の魅力に目を見開く。先輩方もお話されていたけど、やはり諸葛誕様は素敵だ。


「す、みません……待たせてしまいましたか……?」

「いや、少し早く着きすぎたのだ。葵殿が気にすることではない」

「いいえ、それでも待たせてしまったことには、変わりありません……から」


待っている間、とても退屈ではなかっただろうか。どんなことを考えて、私が来るまでの間想いにふけっていたのだろう。退屈でなければ、苦に思っていないのならば、それで良いとさえ思ってしまう。


「では、私の用事を早めに済ませに行こう。買い物だけだからな」

「い、いいえ! ごゆっくりお決めになられても……」

「いや、葵殿の父君のお見舞いが今回の目的なのだ。私のことは気にしなくて構わない」

「そ、それでも……!!」


身の回りの世話をする女官の身でありながら、こんなにも良くして下さる諸葛誕様に頭が上がらない。


「さあ、時間が惜しい。行きましょう」

「は、はい!」


自然と差し出された手に、自身の手を重ねてから歩き出す。そんな些細な行動なのに、こんなにも心が暖かくなる。不思議……諸葛誕様は、不思議な方だ。私を嬉しくさせたり、困らせたり、悩ませたり……まるで魔法にでもかかったかのような……不思議な感覚。

一歩先を歩く諸葛誕様の背中を見つめながら、歩幅を合わせようと歩く私の後姿を……少し離れた場所から司馬昭様や元姫様、賈充様に司馬師様たちが微笑ましく見えていたなど、私たちが気付く由もなかった。




***




城下町に行くと、諸葛誕様を見かけた村人達が集まってはお礼の言葉や意見を言いに集ってこられたのだ。老若男女問わず、本当に多くの民からの信頼を受けている諸葛誕様は凄い人だと痛感した。村の方々と話す中、常に私の肩を抱きながら話をされるものだから終始心臓の高鳴りが止まらなくて苦労したのは別の話になる。


「いやはや、予定よりも時間が掛かってしまったな」


目的の筆と墨を買いながら、申し訳なさそうに話す諸葛誕様に私はブンブンと顔を横に振る。


「いいえそんな、民の意見を聞くのも大事なことかと……」

「だがそのせいで、見舞いの時間が少なくなってしまったのも事実だ。さあ、花束を買い葵殿のご自宅へ向かおう」


あくまで私の父の見舞いが、本来の目的だと言わんばかりに動く諸葛誕様。

こんなにも第一に考えてくださる上司に、私は一体何をしてあげられるのだろうか……出来ることが限られているせいで、特別なお礼が出来ないのが悔しい。


「父君はどのような色の花がお好きなのだろうか」

「えーと……黄色と水色だと伺っています」

「黄色と水色……?」


不思議そうに話す諸葛誕様に、私は過去に父と交わした言葉を思い出しながら口を開く。


「母が太陽のような明るくて暖かな心を持った方だということと、父が空のように澄んだ心を持っているから……らしいです。父の場合は、生前の母にそう言われたとお話してくださいました」

「そうか……ならば葵殿は、倖せ者ですね」

「え?」


丁度花屋が視界に入り、足を止めて花を選びながら話す諸葛誕様に思わず問うてしまった。


「暖かく、澄んだ心を持った葵殿のご両親だ、とても素敵な方に違いない。大切にしなければいけませんな」

「あ、ありがとう……ございます」


何度目か分からない頬に溜まる熱を冷まそうと必死になりながら、いつの間にか花は諸葛誕様が購入されていた。

ああああ! 私が買おうと思っていたのに……!!


「諸葛誕様……! お、お金……!!」

「これは私の好意だ。金額など気にせずとも良い」

「ですが……!!」


ご好意とはいえ、流石に申し訳ない。そう思い何度も諸葛誕様に意見しようと口を開くものの、緊張しすぎてなかなか話が出来ない。うう、こういう時の一歩が踏み出せない私が悔しくて仕方がない。


「ならば、翌日の朝食は葵殿の得意料理を口にしたい。それで良しとしてはくれまいか?」

「!!」


城での食事は、決まった品を女官たちが共同で作って運んでいる。なので、皆が口にしている食事はどれも同じなのだ。

だが諸葛誕様は、朝食はいつものではなく私の得意料理をと指名してきてくださった。本当に、それだけで宜しいのでしょうか? こんなに良くしてくれて、こんなに私だけでなく父のことも考えてくれる偉大な方への恩返しが、食事一回で済む筈がない。


「わ、分かりました。それでは腕によりかけて、お作りしますね!」

「ああ、楽しみにしているよ」


手渡してきた花束は、黄色と水色が綺麗に合わさった素敵な代物だった。選んでくださったことが嬉しくて、頬を緩ませる。


「さあ、父君を待たせるわけにはいくまい。早く向かうとしよう」

「はい」


貴方の優しさが、気遣いが、とても嬉しくて……心が温かくなる。女官という立場ではない、もっと身近な立場になれたら良い……そんな願望が出てきてしまう自分がいることを不思議に思いながら、実家への道のりを諸葛誕様と肩を並べて歩くのだった。




きみ攻略マニュアル




(もっともっと、貴方のことが知りたい。欲張りだと言われても構わないから、貴方の全てを教えてください)
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