この恋、きみ色
 

貴方のことをもっと知りたい……そう思ってしまうのは、何故なのでしょうか。









「ふぁ……今日も一日、頑張りましょう……」


朝の日差しに起こされながら、私は大きく伸びをして寝床から立ち上がった。

初めまして、葵と申します。男手一つで私を育ててくれた父が病にかかり寝込んでしまい、そんな父の治療費を稼ぐべく二月ほど前から住み込みの女官として働いています。

父の看病を叔父夫婦に任せているので、少しでも多く働いて稼がなくてはいけません。雇ってくださった司馬懿様たちや、仲良くしてくださる先輩たちにご迷惑をかけないよう、頑張って仕事に打ち込んでいる次第です。

ここにいる人たちは、とても優しい人たちばかりで大助かりです。ただ、女官長さんだけは……私にキツく当たって来ることが多いと最近になって思うようになりました。

ここで働き始めて日が浅いこともあり、まだまだ分からないことも多い私を気遣ってくれているのでしょう。仕事が増えることもありますが、それは私を見込んでくれている証拠。女官長に認めてもらうのが、今の目標になっています。


「あ、葵ちゃん。今いいかな?」

「はい! どうされましたか?」


朝は厨房で食事を作ることもあり、女官のほとんどの人たちと顔を合わせる場にもなっている。

お米を炊いていると、いつも私に声をかけてくれる先輩が周りを気にしながら手招きしていた。どうしたんでしょうか……


「司馬懿様が葵ちゃんを呼んでいたよ。朝食後、すぐに部屋へ来て欲しいとのことだ」

「な、何故私だけ……なのでしょうか?」

「さあ? それは私も分からないよ……」


不思議そうに話をしている先輩に、私は頭上に疑問符を浮かべる。働き始めて二月、司馬懿様と対面して何かをお話しするのは今回が初めてとなる身としては、とても緊張します……!

面接や働くに当たり説明していただいたのが、張春華様だったこともあり変に緊張してしまいます。

一体、何のお話をされるのでしょうか……そんなことを思いながら、私は持ち場に戻って朝食の準備に取り掛かった。




***




朝餉も済み、食器を洗い終えた時だ。


「あら、まだこんなところにいたの?」

「! 女官長……」


見回りに来たのだろう、予定が書かれているであろう紙を手にしながら厨房に来たようです。


「貴女には任せたい仕事が山のようにあるのよ? たかが食器を洗うのに時間を多くかけないでちょうだい!」

「も、申し訳ありません……ですが、お仕事の内容を聞く前に、司馬懿様に呼ばれていますので……後ほど仕事内容に関しましてはお伺いします」

「え? 司馬懿殿に? アナタが?」


心底驚いている様子の女官長だったけれど、これ以上司馬懿様を待たせるわけにもいかず、一礼してから厨房を後にした。一体どんな話をされるのか、ドキドキしながら歩いていく。いつも長いと思っている廊下が、今日に限ってとても短く感じてしまうのは何故だろう。

気付けば、目の前には司馬懿様の待つ部屋の扉が見えてきた。深呼吸をして息を整えてから、控えめにコンコンッと扉を叩く。


「司馬懿様、葵でございます」

「ああ、入れ」


部屋から聞こえてきた声にこたえるように、失礼します、と言いながら部屋へと入る。

そこには、部屋の中央に椅子に腰掛けた司馬懿様、そして奥方である張春華様がいらっしゃった。


「私に御用があると伺いましたが……」

「ああ、そのことなんだが――」

「貴女に、とある武将の専属女官になってもらいたいの」


司馬懿様の声をさえぎるように、張春華様がニッコリと笑いながらそうお話をされた。

専属、女官……!? わ、私が!?


「わ、私で勤まるのでしょうか……!?」

「あら、そんなに驚くようなことかしら? 貴女のこれまでの働きぶりを見ての判断だというのに……」

「で、ですが……」


不思議そうに首を傾げる張春華様に、私は上手く働いていない頭を使ってなんとか言葉を発しようと必死になる。

だが、やっぱり言葉は上手く出てきてくれなくて……「えーと」という言葉だけが木霊していく。


「専属女官になれば、お給料は今までの倍になるし、安定した休日を取ることが出来るわ。その代わり、専属になるのだから将の言うことは絶対。彼が貴女の直属の上司になる。一部公私混同にもなるかもしれないけど……」

「だ、大丈夫です! わ、私で宜しければ……やらせてください」


お給料が倍になる、その響きがとても嬉しくて声を上げてしまった。

多くお給料をいただければ、父親の治療費として多く渡すことが出来る。一日でも早く、良いお医者様に診てもらえるかもしれない。


「あら、担当武将が誰なのかも分からないのに了承してしまうの?」

「どのような方が上司になろうとも、私が成すべき仕事に変わりはありませんから。精一杯、働かせていただきます」


それが、私に出来る唯一のことだから……


「なら丁度いいわよね、旦那様」

「う、うむ……本来ならば我が息子・師につけてやりたいところだったが……」

「良いではありませんか。その子元からの推薦でもあるのだし……陰ながら二人を応援してはいかがです?」

「?」


一体何の話をされているのでしょうか……"推薦"? "応援"? 一体、どういう意味なのか理解できないでいる時だ。


「司馬懿殿、失礼いたします」


戸の叩く音と同時に聞こえてきた声に、私はドキッと高鳴る胸を押さえた。

この声は……


「お、おはようございます! 諸葛誕様!」

「嗚呼、おはようございます。葵殿」


優しい笑みを浮かべられ、私もお返しといわんばかりの笑みを向ける。

諸葛誕様、民や兵卒たちのことを第一に考えて動く慈悲深い方。女官仲間たちも、諸葛誕様のことを褒める方が多い。確か、女官長が彼に対してとても熱く語っていた時があった気がする。


「諸葛誕、丁度良かった。彼女を今日から、お前の専属女官に任命したところだ」

「なッ! そ、それは真実でございますか……!」

「子元が強く推していたんですもの、彼女も了承してくれたことだし」

「あ、ありがとうございます!」


話が見えず、首を傾げるけれど……三人の話を聞いて分かったことがあるといえば、それは……


(私、諸葛誕様の専属女官になるってこと……で良いんでしょうか!?)


なんとも現実味を感じない私は、目を丸くさせながら頬を両手で覆った。何故か熱くなっていく頬の火照りを冷ますのに必死で、グルグルと目を回してしまう。


「驚かせてしまったようで、申し訳ない」

「!」


ハッと我に返り、顔を上げると……少しだけ眉を下げた諸葛誕様の顔が視界を埋め尽くした。


「今日から葵殿には、私の専属女官として働いていただきたい。丁度私の隣の部屋が空いているので、荷物をそちらへ移動させなければいけないな」

「い、今から……ですか?」

「ああ、今日の執務は午後からやっても差して問題はない。私も手伝う故、早く運びに行きましょう」


司馬懿様と張春華様に一礼し、私たちは部屋を後にした。

いつの間にか繋がれた手から感じる彼の体温に、私が顔を赤くしていることなど……おそらく諸葛誕様は気付かれていない。

いや、気付いて欲しくない。こんなにも優しく、誰からも厚い信頼を受けている彼が、私を指名してくれたことがまるで夢のようで……そっと繋がれた手を少しだけ強く、握り返した。

彼の足を引っ張らないよう、勤めを果たさなくては。そう、心の中で強く誓った。




この恋、きみ




(貴方と会話をするだけで、触れるだけで、五月蝿く心臓が早鐘を打つのです。とても不思議ですよね……)
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