01 三国鼎立の時代を迎えてから早数十年、その地盤はだんだんと形を崩していきそうになっていた。 蜀・魏・呉を立ち上げた頭首たちはこの世を去り、後継である血縁者達が代を継いできているが、先代たちの志が薄れているのも事実。 現に、魏を支える曹一族の力が薄れていき、実権も全て司馬一族が動かしているこの現状の中で起きた、小さくも当事者達にとっては大騒ぎになるべく事態が起きていた。 今回の話は、そんな何気ない日常の一部から始まりを迎える。 心に想い描くは只一人 「蜀と呉が戦を? しかも同時に、ですか」 「そうだ」 魏の城内にある会議室には、司馬師や司馬昭を始めとした名高い武将達が椅子に座って今後の流れについて話をしていた。 議題は、近々勃発する戦。魏への進行を企てる蜀と呉からの同時襲撃だ。 今回この場に居合わせている名前と友人1も、国の一大事ということもあり会議に参加していた。 「蜀への対応は昭、お前に任せる。私は呉を迎え撃つとしよう」 「はぁ……分かりましたよ。兄上も人遣いが荒い……」 「何か言ったか?」 「いいえ! 何でもありませんよ!」 あまり気乗りな様子でない司馬昭に、元姫はいつものように大きな溜め息を漏らしている。 「元姫と賈充は昭を頼む、名前は賈充の補佐。諸葛誕も同行してもらおう。友人1は私の補佐として来い、鍾会と夏侯覇、トウ艾と文鴦は私と共に来ること。以上だ」 それぞれ分担を言い渡され、各々が頷いたり返事を返した。中でも名前と友人1は少しだけ不安そうな表情を浮かべているようだ。 無理もない、一人の将として戦に出るのは今回が初めてなのだ。特に友人1は非戦闘員、司馬懿や司馬師から兵法について学んでいるとはいえ、まだまだ半人前である。なのに、戦へと出す理由は……まあ司馬師が傍に置きたいのが大きな理由の一つと言えるだろう。 「うまくいくかな……」 「トウ艾さんも一緒なんだし、地形攻略の助言を貰いながら相手の出方を見ればいいと思うよ」 「う、うん……」 不安そうな表情は抜けないままではあるが、グッと握り拳を作り自分に言い聞かせる。支えてくれる仲間と、愛する旦那が傍にいる。そんな人たちの足を引っ張らないようにしようと意気込んでいるようだ。 「いつもの奴らばかりだとは思うが、気は抜いてられないな」 「私も、皆の力になるよう頑張るよ」 「師匠の腕ならば大丈夫かと! もしご不安なことがあれば、賈充殿や私にお声かけください」 心強い言葉をかける諸葛誕に、名前は「ありがとう」と返事を返す。 今回が初めての戦……腕っ節は、今まで培ってきた能力と日々の鍛錬で強化されていることもあり、そんなに柔ではないと名前は自負する。 大きな戦に備え、名前と友人1はそれぞれ愛する男の元へと向かい、準備を進めていくのだった。 *** 蜀を迎え撃つ戦場となるこの場所は、どうやら定軍山と呼ばれる山々が連なる偏狭の地。 ここで敵を迎え撃つのは、なにも今回が初めてではないようだ。その証拠に、司馬昭を始めとした誰もが慣れた手つきで戦への準備を進めている。 元姫は味方の現状を確認し、諸葛誕は良い策を考えるべく部下と共に地図を手に眉間に皺を寄せ、賈充は先程まで近くにいたはずが今は姿が見えないときた。何処に行ったのか気にしながら、いつものようにフードを深く被る名前は、見慣れない土地をキョロキョロと見渡していた。 一人の将、と偉そうな立場ではないが賈充の補佐としてやってきているのだ。少しでも彼の役に立ちたいと思うのは必然なわけで。 (陣を敷いたココ、意外と背後に崖がある。上から敵が来ないとも限らないし……気をつけておかないといけない、かな) 特にやることもなく、辺りを見渡しながら散歩感覚で陣の周りを歩いているときだ…… ―カサッ 「?」 すぐ近くにある茂みから、何かが通っていくような音が聞こえた。 風が吹いているわけもないこの状況で、草木が揺れるのはあまりにも不自然。ならば、考えられることは一つ。 (まさか、敵が偵察にきた、とか? 早いうちに倒しておいた方が良いかな) そう名前が思うや否や、地面を蹴って走り出す。 遠くに行ってしまわれる前に手を打たないといけない。そう思って行動したのだが、意外と物音を立てた犯人はすぐ近くにいた。 「あ、れ……君は……なんで、ここに?」 周りの葉を掻き分けて進むこと数分、目の前にいたのは武器を手に木へもたれかかっている一人の女性だった。 切れ長の瞳に、色素の薄い短髪が少し乱れている。かなり遠く離れた場所から、草木を分けてやってきたのは明白だ。 「私に近づくなッ!」 女性は、名前に気付くと同時に武器を手にそう叫んだ。 刃物を向けられギョッと驚くが、名前は眼をパチクリと瞬かせながら腰を下ろして彼女と視線を合わせる。 「大丈夫、何もしないから。安心して」 「黙れ……ッ、来るな!」 「ここはもうすぐ戦場になる。君みたいな子がこんなところにいたら、巻き込まれるよ。良かったら私たちの陣においで、害を加えないことは私が保証するから」 「何度言えば分かる! 私に近づくなと……」 敵意丸出しの瞳に睨まれ、名前が困り果てたときだ…… ―ぐぅ…… 空腹を知らせる腹の虫が響いたのは。 どうやら犯人は目の前にいる彼女からのようで、カァァァァと顔を赤くしているのが何よりの証拠だ。 「まあ、腹が減っては戦は出来ぬって言うしね。おいでよ、持って来た兵糧、少し分けてあげるからさ」 「お前……なにを呑気に……」 「じゃあ、こう言い換えればいいのかな」 ポリポリを頬をかきながら、名前は女性に手を差し伸べた。 「君を孤独(ひとり)にしたくないから、近付きもするし話しかけもするんだよ」 「!!」 「だから、おいで?」 顔を隠していることもあり、名前がどんな表情を浮かべているかなんて分からないのが現状だ。だが、女性は理解したのかもしれない。彼女の発する言葉や差し出した手から感じるのは、同情や哀れみではないことを。 敵意むき出しで睨みつけていた瞳は、次第に覇気を失い平常心を保っている通常の眼差しへと変わっていった。 差し出された手と、名前の顔を交互に見てから、ようやく女性はゆっくりと腕を伸ばして彼女の手を掴んだ。 「折角だし、名前教えてくれる? 私は名前って言うの」 「……玲綺。呂玲綺だ」 「玲綺ちゃんって言うんだね。宜しく」 兵卒にも負けず劣らずの気迫を持つ女性・玲綺は、名前に手を引かれながら魏軍の拠点へと脚を進めていくのだった。 |