*キッカケ編*



「もうそろそろ、春が来るな」


窓から空を見つめながらそう跡部が呟く。

跡部邸にある彼の自室には、彼とその隣に座る名前がいた。名前は、少しだけ寂しそうな表情になりながら同じように窓の外を見つめた。

春が来る。出逢いと別れの季節とまで言われている、あの温かで穏やかとされる季節。

氷の帝王と称されている跡部が、氷帝学園中等部にいることができる日が限られてきていることを物語っていた。


「そう、だね」

「ま、俺様はこのまま高等部に上がるだけだからな。あまり実感ねぇ」


そう呟くように言う跡部の横顔は、新たな一歩を踏み出そうという心構えを持つ一人の男の表情(かお)だった。

その表情が好きだなぁ、と心の中で呟く。


「……ん? どうした?」

「う、ううん! なんでもない!」


クリスマスの日、劇をきっかけに付き合い始めるようになった二人。

年末も初詣も共に過ごし、冬休みもお互いの時間さえ合えば時間を共有するようにまで関係は好調に進んでいた。


(一学年離れているだけなのに、一緒にいてもこんなに遠く感じるモノなんだ……)


今年の四月に入れば、彼は高校生。彼女は中等部の最高学年になる。

登校する学園は変わらないものの、向かう校舎が違うだけで距離が開いてしまうのではないかと少しだけ心配になる名前。

心配する必要はない。とよく跡部から言われているのだが、彼の言葉に反して彼女は寂しいという感情が心の端に住みついていた。


「名前、卒業式は勿論来るよな? アーン?」

「当たり前だよ! 景吾、壇上に立つんだよね」

「まあな……」


テニス部部長でもあり、中等部の生徒会会長も務めたのだ。

在校生へ贈る言葉、と称した演説を彼がするのは既に決まっていることだった。


「俺様の演説を聞いて、あまりのカッコ良さに泣く名前が簡単に想像できるな」

「んなッ! 私そんなに涙もろくないよ!」


ケタケタと面白そうに笑う彼の顔に、彼女も小さく笑みを浮かべた。全ての行事も残すのはあと一つ……今年度最大の行事・卒業式。

何か印象に残る、忘れられない卒業式にできないだろうか?

肩を抱かれ跡部の体温を感じながら、ゆっくりと瞳を閉ざして思う萩。

唇に感じる温かいぬくもりに包まれ、穏やかに流れる時間を穏やかに過ごして行くのだった……



 



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