跡部の彼女を探し出せ!A 「こんにちは、金髪君。今日も聴いてくの?」 「ああ、良いか……?」 「今更だなー、別に構わないって言ってるじゃん」 笑いながら鞄を置くと、目の前にいる彼は近くの椅子に座って足を組んだ。彼がこの音楽室に来るようになったのは、今から半年も前のこと。たまたま、ここの前を通りかかっただけだと当時の彼は答えた。 名前を聞いても「教えてやらねぇ」の一点張りだったので、名前は彼の事を"金髪君"と呼ぶようにしたのだ。サラサラな金髪が、日の光に反射して綺麗に輝いていたから。というのも理由の一つだろう。 「今日は特に決めてないんだよなー、何かリクエストある?」 「そうだな……この前引いてた、アレが聞きたいな」 「アレ……?」 「英語の歌詞の……」 「嗚呼、"Simple And Clean"だね。ちょっと待ってて……」 演奏するには、前もって音を入力しないといけない部分がある。全ての音を両手両足で弾くのは不可能に近いからだ。リズムが一定の音のみ、機械に入力し終えると……名前は椅子に座って鍵盤に手を置く。 「それじゃ、弾くね」 「おう」 決して歌や演奏がうまい方ではない、と名前は思う。自分以上に歌たが上手な人は、この世の中沢山いるから…… それでも、彼は自身の声で歌う曲が好きなのだと、いつか話をしてくれた。それがとても嬉しくて、いつの間にか常連としてやってくる彼を受け入れてきたのだ。 何曲か曲を弾き、歌い、たった一人の拍手が音楽室に響く……演奏が終わったら、校門近くまで一緒に帰る。良く飽きないな、と思いながらもこうしてやってくる彼の優しさに少々甘えている…… 「――そろそろ、帰ろうか」 「そうだな……」 ふと音楽室を見渡すと、オレンジ色の光がこの部屋に降り注いでいた。いつの間にか外から聞こえていた運動部の声が消えている…… 「今日も聴きに来てくれてありがとう。次は何を弾くか考えておくよ……あ、リクエストもしてくれてありがとうね」 「お、おい……!」 いつものように帰ろうとした矢先のことだった。ドアに手をかける手を止めて、ゆっくりと振り返る。彼が、あまりにも必死になって止めてきたからだ。 「どうしたの? さっきから思ってたけど、少し様子がおかしかったし……」 「今から言う話、真面目に聞いてほしいんだ……だから、少しだけ待ってて、くれないか」 あまりにも彼らしくない言葉だ。真剣な眼差しで見つめてくる彼に、サクラは小さく頷いて身体ごと彼へと向ける。 綺麗な蒼い瞳に吸い込まれそうな感覚になりながら、とぎれとぎれに言葉を紡ぐ彼の話に耳を傾けた。 「俺、お前の事が好きだ」 「ッ!」 「ずっと前から、ここでエレクトーンに手を置いて弾き始めたその時から……ずっと、好きだったんだ」 それは突然の言葉だった。まさか、常連としてやってきていた彼の口から告白の言葉が出てくるとは……思ってもみなかった事だから。だが、どうして彼は私にそう言葉を投げかけてくれるのだろうか? 「俺らしくもないが、一目惚れなんだ。ずっと共に居たいと願う女はお前しかいない……だからこそ、聴きたい」 「な、何を……」 「お前の、名前の口から……俺の事をどう思っているのか――」 あれ? 彼に名前を教えたことはないはずなのに……どうして知ってるのだろう? ここにやってくるようになって、いつも顔を合わせるようになっていたが……お互いに名前を明かすようなことはしていないのだ。 まあ彼自身が名前を言わなかったということもあり、名前も自分自身の名前を言わなかっただけではあるが…… 「最初は、物好きな人だなーって思ってた。あまり上手くないし、自分の好きな曲ばかり弾いて、自己満足する事が多かったからさ。そんな私の演奏を聞きに来るようになった君に、いつの間にか満足してもらえるように曲を考えたり家で練習したりするようになってね……」 嗚呼、話していくうちにハッキリとしてくる自分自身の想い。 いつの間にか当たり前になってきたのだ、彼がすぐ隣にいる事が……こんなにも心地良いものだと実感し始めていたから。 「私もね、いつの間にか君に惹かれてたのかもしれない……」 「じゃあ……!」 「でも、私たちの始まりは……ここからだと思うんだ」 嬉しさのあまり走り寄ってくる彼に、名前は手を差し出して……言った。 「初めまして、私の名前は苗字名前と言います。君の名前を、教えてください」 私の歌と演奏を好きだと言ってくれた、心やさしい君の名前を…… 彼女の意図が分かり、彼も優しく笑みを浮かべて手を重ねた。 「初めまして、俺は跡部景吾って言うんだ。宜しくな」 「うん! 宜しく、跡部君…………ん?」 跡部、という名前には聴き覚えがある。それは今日一日ずっと耳にしていた名前だったから…… 「え、跡部君って……あの跡部君?」 「お前、やっぱり俺様の事知らなかったんだな。珍しい奴だとは思っていたが、ここまでハッキリと言いのける奴も珍しい」 「それ、友達にも言われた……名前を聞いたくらいしか知らないし、顔だってうろ覚えだったからほとんど知らないに等しかったし……」 「それで良かったんだ。そういう名前だから、俺は好きになったんだ」 満足そうに、綺麗な笑顔を向けてくる彼に顔を赤くしながら目線を泳がせる。 こんな綺麗な表情を浮かべる彼の隣を、自分のような奴が歩いても良いのか……噂では公認のファンクラブがあるくらいだ。彼の人気はとても凄まじいものに違いない…… 「周りの目を気にするな、お前を選んだのは俺なんだ。もっと自信を持ってくれないと、この先大変だぞ?」 「ど、努力します……」 鞄を片手に、ずっと重ねる事のなかった手を繋いで放課後の廊下を二人は歩いて行く。そんな二人を外からオレンジ色の光を発する太陽が、優しく祝福するかのように……穏やかに二人を照らすのだった。 嗚呼、これは余談だが……跡部の好きな子を探すファンクラブのメンバーは、無我夢中になって未だに探しているのは言うまでもないだろう。 いつ飽きてくれるのか気にしながら、人目を盗んで名前と共に行動する跡部に、テニス部のメンバーは小さくも祝福しながら二人の行く末を見守る。 この恋は、多くの障害が付き物なのは始めから知っていた事だ。だけど、こういう恋愛も悪くないと……穏やかに微笑む跡部の顔を見て名前は心のどこかでそう呟く。 季節はだんだんと肌寒い風が本格的に吹き始めているが、二人の心には一足早い春の風が吹いて行くのだった…… END 制作日:2011/12/17 葵さんが企画した「くじプリ」に参加しました! なんと素晴らしい企画に参加できたことに、私は感謝しっぱなしなのです! そして、なんとまあ私の担当した跡部君なのですが……こんなの跡部じゃない! って思う人が多くいるかもしれません。 でも、私の想像している跡部はこんな感じなので大目に見てやってください。 担当したキャラが彼なだけあって、プレッシャーが半端なく襲いかかったのは言うまでもない。 ヒロインがエレクトーンの演奏が出来るって設定にしたのは、弾く姿ってカッコイイじゃない! という妄想の結果なのであまり気にしないでくださいなw それでは、ここまで読んでくださりありがとうございました! 感想とか、ひっそりと待ってます…… |