まずは二人……
午前の練習が始まった。
いつものように皆から甘やかされた亜紀は、ドリンク作りをしようと台所へ向かっている。休憩時間まであと10分もない中で、どうやってドリンクを作ったりタオルを用意しようとしているのか……
まあ、今台所にいる誰かにやらせる気満々なのは言うまでもないことだ。
(あら! 丁度良い手駒がいるじゃない!)
台所に入り最初に視界に入ってきたのは、クロームだった。他のメンバーはいないようで、昼食の用意をしている真っ最中の様子。
「あのぅ〜……すみませぇん」
「? 何?」
首をかしげるクロームだが、動かしている手は止めていないようだ。トントンと器用に包丁を扱いながら、視線を彼女にチラッと向けるだけで作業を続ける。
「実はぁ、ドリンク作りを手伝ってほしいんですぅ〜!」
「…………良いわよ」
「本当ですかぁ! ありがとうございますぅ〜!」
昼食の準備は終わったのだろう。カチッとコンロの火を止めるクロームは、亜紀の元へと歩み寄る。キョロキョロと見渡しながら、首をかしげた。
「何をすれは良いの……?」
「まずはぁ、ドリンクを作るの! 数はそんなに多くないわ。次にタオルを用意して籠に入れてねぇ〜!」
「?」
彼女の言動に疑問を感じたのか、クロームは問うた。
「アナタは? やらないの?」
「私にはぁ、やらなきゃいけないことがあるのぉ」
ニコニコしながら爪の手入れや化粧の確認をする亜紀。クロームが更に疑問を持つのは言うまでもないだろう。
「確か……運動部のマネージャー、よね?」
「それがどうかしたのぉ?」
テニス部のマネージャーは、部員たちのことを第一に考え行動をするもの。それは野球部に所属している山本が以前そう話していたのを、クロームは思い出していた。仲間として信じていた頃の山本の言葉には偽りがないことは知っていたので、亜紀の放つ言葉に不信感を覚える。だからこそ、クロームの問いは続いたのだ。
「化粧……落ちているから。やっても意味ないんじゃない?」
「だから細かく手を入れてるんじゃなぁい!」
化粧道具を台所のホールに広げる光景に、クロームは眉間にシワを寄せる。
「ねぇ……ドリンクの作り方、教えて」
「はぁ?」
ここにきて何故問われなければいけないのだろう?
意味不明な行動をとる彼女のことが分からず、クロームは更に言葉を続けた。
「私……知らないから」
「そんなの、適当に粉を入れて適当に水で溶かすだけじゃない! そんな簡単なことも知らないの!?」
「…………」
あまりにも自分勝手な言動……自分勝手な行動をする亜紀に、クロームは……
「私、できない」
一言、そう言い放ったのだ。
「な、なんでよ! 作り方はさっき話したじゃない!」
「好みとかあるかもしれないし、私が勝手に作っちゃ申し訳ないわ」
だから、できない。
そう言いのけたクロームに、亜紀はふつふつと怒りを込み上げていた。
「ふぅん、そんなこと言っちゃうんだぁ?」
これは制裁が必要だと判断すると、広げていた荷物を片付けてから……
「いやぁぁぁぁぁああああ!」自身の頬を叩いて、叫んだ。
何故叫ばれなければいけないのだろう? 何もしていないのに、どうして? 疑問がふつふつと沸き起こる中、駆け寄ってくる足音に気付いたクロームは我に返って三又槍を手にした。
「どないしたんや亜紀!」
最初に台所へと足を踏み入れたのは、一氏だった。カタカタと震えて涙目になっている彼女の元へと急ぐ。
「あ、あの子がぁ……いきなり……叩いてきてぇ」
「? あ、あの子?」
「あの〜先輩……一つ、聞きたいんやけど……」
絶望したような、何かを確信ついた財前が……言い放った。
「台所で、たった一人……何で叫んでるんや?」
「…………ぇ……!?」
財前の言った意味を理解するのに数秒掛かった亜紀は、バッと後ろを振り向いた。そこにいたはずのクロームも、グツグツ煮込まれていた昼食であろう鍋まで、跡形もなく消えていたのだ。そこには亜紀しかいなかったような……そんな空気が流れているようで、だから財前は問うたのだ。
"一人で叫んで何をやっているのか"と……
「もしかして、騙したんですか? 練習でヘロヘロになって疲れている俺たちに、更に気を使うようなことして……それで本当にマネージャーですか?」
「ッッ……!!」
「まだ氷帝や青学……ましてや聖ルドルフに六角の奴らにいる一時的なマネージャーの方がマシやで」
そう、麦わら海賊団のメンバーやエースにボンちゃんのほうがまだましなのだ。分からないことが多い中で、皆の負担にかけないよう役割分担をして行動をしている。
若干数人(某船長とか某狙撃手とか)はめんどくさくて逃げ出すような行為をすることもあるが、仲間や氷帝・聖ルドルフのメンバーが捕まえていたりしているようだ。
一時的な笑い話になり、サンジに怒られながらもマネージャーとしての仕事をしている。……そう、なんだかんだ言いながら彼らはしっかり仕事をしているのだ。それに比べて亜紀はというと……
「朝食の時、休憩時間のドリンク……なんで決まった時間に出してくれないんですか?」
「ドリンクやタオルは心配しなくてエエで、氷帝の臨時マネージャーから貰ったからな」
「んなッ……!!」
決定的な一言に驚愕する亜紀の横では、「ドリンク分けてもらえてホンマ助かったなぁ」と話すテニス部のメンバー。
そして気付く、台所にいたのが何故クロームだけだったのか。他の臨時で着たメンバーがいなかったことに。早めに用意して、多めに用意したドリンクやタオルを持って出て行ったことに。それと入れ違いにやってきた自分に、顔色を悪くする。
「これでハッキリしたんで言いますわ」
「俺ら、亜紀やなくて白石を信じる! せやから、お前らとの"友情ごっこ"は終わりや」
「んなっ! 財前、忍足!!」
「ほなな」
仲間の制止を気に止めずに、二人は台所を後にする。残されたメンバーに疑問や疑いの気持ちを植え付けて……
そして彼らもまた、何故自分たちを裏切るような行為をするのか理由が聞きたくて、財前たちの後を追うように台所から姿を消した。
(どうしてこうなるのよ!)
このままでは……不信感を膨らませて自分から離れてしまう。台所に一人、残された亜紀は内心苛立ちと焦りを持ちながら思考を働かせていた。
(逆ハーお姫様にしてもらった筈なのに、こうも上手くいかないなんて……)
ギュッと握り拳を作り、ズカズカと歩き出す。
「私は皆のお姫様! 逆ハー要素が入ったお金持ちお姫様なの! 駒たちが離れたら意味ないのよ! 神様に文句を言わないといけないわ……」
ブツブツと、文句を言いながら去っていく姿を……クロームが不思議そうな眼差しで見つめていたことに……亜紀は気付かなかった。
「――お姫様……逆ハー……神様?」
何がなんだかさっぱりであるクロームは、つい先程まで何処にいたのかというと……持ち前の幻術を使い、一時的に姿を消していたのだ。ややこしいことが起こると分かっていたから。
「骸様に話さなきゃ……あの人の正体が分かるかも」
何処にでもいる普通の女子中学生……誰がどう見ても"お金持ちお嬢様"なのだが、何か違和感があるのだと骸が話していたことを思い出す。跡部のようなお金持ちお坊ちゃんのように、カリスマ性を見出だして地道な練習を積み重ねている少年じゃない何か。上手く言葉にできない違和感に、骸が悩んでいたのを思い出したのだ。
「とりあえず、皆を呼ばないと……折角の料理が冷めてしまうわ」
鍋だけ幻術をかけて見えなくしてから、クロームはパタパタと小走りになる。ようやく笑顔が戻った大空の少年たちが待つ部屋へと……