書き換えられた記憶
目を開くと、視界に広がっているのは白い天井だった。
「? なんで、俺……ここにいるの……?」
ワケが分からない様子の綱吉は、不安そうに辺りを見渡す。そして近くに置いてある携帯電話に気付いて手を伸ばした。
「あ、ネクとシキからメールきてる。どれどれ……」
カタカタと友達であろう人達の名前を口にしながら、一人一人にメールを打ち返している時だ。
「ツナ! 気がついたんだな!」
「ツッ君……! 何処か痛む場所はない?」
携帯電話を開けて届いているメールを読んでいる時に聞こえた家光と奈々の声に、綱吉はニコッと笑みを浮かべた。
「すみません、ご迷惑をおかけしました。特にだるく感じませんし……大丈夫だと思いますよ」
「ツ、ツナ……?」
「でもおかしいな……俺、なんでこんな場所にいるんですか? 奈々さん、なにか知ってますか?」
真剣に悩みだす我が子の言葉の意味が理解できない。何故、彼は……
「ツナ、どうしてそんな他人行儀なんだ……?」
「え? やだなー家光さん、今までそうだったじゃないですかー」
「い、今まで……?」
「だって、俺は一時的に家光さんと奈々さんの家に居候している身ですから」
「な、んだと……!?」
綱吉のこの言葉が、沢田夫妻を恐怖のドン底へと叩き落としていく。カタカタと震える二人は、とにかく綱吉の目が覚めたことを知らせようとナースコールを押したのだった。
そして駆けつけた医者に容態を見てもらい分かったことと言えば……
「記憶が、書き換えられている……?」
「はい……」
医者の話によると、今までの虐待や虐めに逢い、現実から逃れようと本能的に察知して変化を起こしたのだそうだ。それを当の本人が知るわけがない。記憶を書き換えたのだから……
「どうすれば……どうすればツッ君の記憶は戻りますか!?」
「おそらく、彼自身が"思い出したい"と思わない限り……戻らないでしょう」
「そんな……!!」
医者から言い渡された言葉は、現実だと思いたくない結果だった。思い出してほしい……だが、それには今まで受けた虐めの記憶を取り戻さなければいけない。その記憶を戻してしまったら、綱吉は必ず家族と距離を置くに決まっている。このままでは、まるで他人のように我が子と接しなければいけない。
もはや沢田夫妻に残されたのは、絶望以外なにもないのだ。この現実に絶望している沢田夫妻とは別の場所で、ボンゴレ九代目も顔を真っ青にしていた。
「ツナ君……」
「えっと……すみません。どなたですか?」
不安そうに口を開いたボンゴレ次期候補に、九代目もまた……カタカタと震えているのだった。
―バタァァァン!!
それに更なる拍車をかけるように、個室である綱吉の病室の扉が勢いよく開いたのだ。あまりの音に驚く九代目は、振り向いた先に立つメンバーを目にして更に驚くことになった。
「目が覚めたみたいだな、沢田綱吉」
大柄で誰が見ても震え上がる眼差しを持つ顔に傷を持つ男。彼の登場は、九代目ですら想定していなかった。
「もー扉を壊さないでよXUNXUS、直す人が可哀そうだってば……」
「ハッ! そんなこと知るか!」
「な、何故……!!」
九代目が驚くのも無理ない。目の前にヴァリアーの大将が現れれば、誰もが同じ反応をするから……
「シシシ、王子登場〜」
「ツナちゃ〜ん! お見舞いのリンゴ、持ってきてあげたわよ〜!」
「本当に!? ワーイ! ありがとうルッスーリア!」
XUNXUSの後ろからベルにルッスーリアを始めとしたヴァリアーのメンバー。ある者はリンゴを剥き始め、ある者は先日の任務を話し出す。あまりにも異様な光景に、九代目は問うた。
「お前たち……何故ここに……」
「ハァ? 見舞いに決まってんだろ」
それ以外に何がある。と言う物腰に、九代目は声を失う。
「ツナちゃん、酷い虐めに遭って自殺しようとしたって話を聞いたのよ!」
「あれから一週間……やっと目が覚めたってことだぁぁ!」
「虐め? 俺、一週間も目が覚めなかったの……?」
頭上に大量の疑問符を浮かべて混乱しそうになる綱吉に、ルッスーリアは「アラアラ」と言いながら頭を撫でてやる。
「記憶がすっぽり抜けてしまってるようね。ニュースでも特集されてたのよ?」
「俺、知らなかった……でも何で虐められてたんだろう……」
「シシシ、気に食わない奴が手を出したんだろ? 憶えてねーの?」
「えー? こんなダメダメなダメツナが気に食わない人って、何処を探せばいるのさー」
眉間にシワを寄せるところを見ると、綱吉は本当に記憶を失っているのだと痛感する九代目。こんな状態でマフィアの話をしたら、パニックを起こしかねないだろう。
「予定では明日に退院できるらしいわ。退院祝いに、一緒にショッピング行きましょ!」
「あ、ショッピングは来週じゃダメかな? 渋谷にいる友達と一緒に買い物する約束したからさ、良かったら一緒に……」
「アラ素敵! 渋谷に友達がいるって話は初めて聞いたわぁ〜!」
目を輝かせてくるルッスーリアに、綱吉はハハハと力ない笑みを浮かべた。
「ルッスーリアたち、仕事で忙しそうだったし……なかなか話せなかったからね……」
「シシシ、王子も仲間に入れてくれるよな?」
「勿論! むしろ皆で一緒に行こうよ!」
「賛成だぁ! おいXUNXUS! お前はどうする?」
ノリノリで話をしているベルやスクアーロに、XANXUSはハッと鼻で笑う。
「保護者として付いていってやる」
「多分、シキ達の荷物持ちされるかもしれないけどね……」
和気藹々と話し出す綱吉とヴァリアーのメンバー。あまりの異様な光景に、九代目はフラフラと病室を後にした。その様子を、XUNXUS達がずっと見ていたことに気づかないまま……