短編 | ナノ
7月8日

「サン・ファルドで彫刻コンテスト?」

金槌とノミを手に巨大な木を削っていたノエルは手を止めて、扉の傍に立つアイスバーグを見つめた。


装飾・彫刻職の作業小屋。
その奥にある小さな部屋には、ノエル以外の人間が立ち入ることは少ない。
通称、ノエル部屋と言われるこの部屋はノエルが船首を彫る際に篭もりきりになるための場所だ。
今回彫っているのは手慣らしのための彫刻といえど、そこにアイスバーグが来るだけでも珍しい。
その上、コンテストの話をするとは余計におかしかった。


「コンテストは嫌だよ。人と競い合うのってどうも苦手……」


そもそも賞を目的に作品を造るというのは好きじゃない。
仕事として受けたのなら話は別だが、そうでなければ何も考えずに自分の好きなものを造りたい。
ノエルのそんな気持ちをアイスバーグが一番よく分かっているはずなのだが。


アイスバーグはノエルに近付くと、一枚の紙を手渡した。
それはコンテストの詳細が書かれた紙だ。

どうやら、『七夕』というワノ国の催しに引っ掛けたカーニバルを7月7日に開催し、そのテーマに沿った彫刻を造るらしい。
コンテストに興味はないが、『七夕』という催しには興味が湧く。
何気なく賞品目録に視線を移し、優勝者の賞品の一つに目を止めた。

成程。

だから、アイスバーグはノエルにこのコンテストを薦めに来たというわけか。
7月8日に授賞式があるそうなので間に合うかどうか微妙なところだが、夜までかかることはないだろう。


アイスバーグを見上げると、彼はノエルが口を開く前に

「エントリーしておくぞ」

そう言って笑った。


流石はアイスバーグだ。
ノエルのことをよく分かっている。

アイスバーグの言葉に、ノエルも笑顔で頷いた。


※※※※※※


7月8日のブルーノズ・バーは、陽気な声に満ちていた。
パウリーの誕生日祝いということで開かれた宴だが、ようは飲んで騒ぐだけだ。
もちろんプレゼントを渡すなどということもない。
男同士でそんなことをしても薄ら寒いだけである。
まあ、この宴会がプレゼント代わりということだ。

カウンターに座って酒を飲みながら、パウリーは賑やかな喧騒を聞いていた。


「なんじゃ、パウリー!誕生日じゃというのに酒が進んどらんのぉ!!」


酒臭い息を吐きかけて、カクがパウリーの肩に腕を回す。
真っ赤に染まった頬に据わった目は、完全に酔っ払いのものだ。

「さっきから見とれば、ちびちびと……。せっかくの飲み放題なのに勿体ないじゃろうが」

「いいんだよ、俺は俺のペースで」

カクは納得出来ないのか、『いつもはそんなにゆっくりじゃなかろうが』などとまだ絡んでくる。
そんな台詞を聞き流していると、

「ほら、主役に絡んでんじゃねェ」

そう言って、ルルがカクを引きずっていく。
普段なら絡み酒のカクが誰に絡んでいようと無視するが、今日は宴の主役だということで気を遣ってくれたらしい。


『何を拗ねてるッポー』

聞こえてきた声に顔を上げると、ルッチがグラスを手にカウンターに寄りかかりながらこちらを見つめていた。
ルッチの言葉の意味が分からずに眉を寄せる。
いったい誰が拗ねているというのか。


『ノエルがいなくて寂しいのか?』


「はぁっ!?」


彼の口から出てきた名前と言葉に、勢いよく立ち上がる。
大声を出していきなり立ち上がったパウリーに集まる視線。
パウリーは咳払いをして誤魔化すと、何事もなかったように座り直した。


誕生日には毎年、律儀にプレゼントをくれるノエルは今はいない。
昨日から有給を取ってサン・ファルドの彫刻コンテストに出場しているからだ。
自由に彫刻を造ることが好きなノエルがコンテストに出るというのは珍しい。
出発前に理由を聞くと、『なんとなく』という答えにもならない台詞が返ってきたが……。


『パウリー、誕生日おめでとー!!』


ルッチの言葉を認めるのは癪だが、あの言葉が聞けないのは少しだけ寂しい。
けれど、そんなことをわざわざルッチに言う必要はないので

「別にノエルがいてもいなくても変わらねェよ」

吐き捨ててグラスに残っていた酒を呷った。
その瞬間、勢いよく酒場のドアが開く。


「ただいまっ!」


息を切らせてブルーノズ・バーに飛び込んできたのはノエルだった。

授賞式があったためか、珍しく真っ白なワンピースを着ている。
普段は自分の服装には構わないノエルだが、アイスバーグの名が出るような場所では彼に恥をかかせまいと過剰なまでに気を使う。
正装をしているのはそのためだろう。

「ブルーノ、お水ちょうだい」

ノエルは大股でカウンターに駆け寄ると、ブルーノに水を請う。
要望に応え、ブルーノはなみなみと水を注いだコップをカウンターに置いた。
ブルーノに礼を言い、ノエルは喉を鳴らして一気に水を飲み干した。

「………ぷはー、おいしい!駅からダッシュしてきたから、喉渇いちゃってさ」

にししと照れ笑いを浮かべてから、ノエルは隣に座るパウリーに申し訳なさそうな顔を向ける。

「ごめんね、パウリー。本当はもうちょっと早く帰れる予定だったけど、授賞式で色んな人に引き止められちゃって。でも、間に合ってよかったよ」

言いながら、ノエルは手に持っていた袋をごそごそと漁りだす。
中から出てきたのは、カラフルな包装紙に包まれリボンで綺麗にラッピングされた箱。


「パウリー、誕生日おめでとー!!」


手にしたプレゼントをパウリーに差し出し、ノエルは幸せそうに笑ってパウリーの誕生日を祝福した。


「あ、ああ、悪いな………」


てっきり来ないと思っていたノエルが現れた上に、誕生日プレゼントを渡してくれたのですっかり呆気に取られてしまったパウリー。
見方によっては上の空にも見えるパウリーを、ノエルはキラキラと目を輝かせて見つめている。
早くプレゼントの中身を確認してほしいということだろう。
彼女の視線に応えるように包装紙をはがして、中身を取り出す。
出てきたのは、今ではパウリーの代名詞ともなっている葉巻だった。


「葉巻か?」

箱の中を覗き込むと、ふわりと清涼感のある薫りが漂う。
今までの葉巻とは違う薫りだ。
ノエルはパウリーの質問に嬉しそうに首を縦に振った。

「それね、ワノ国の葉巻なんだよ。パウリー、前に欲しいって言ってただろ」

「え!?………いやでも、あれは偉大なる航路じゃ手に入らねェって………」

鎖国状態にあるワノ国の商品はなかなか市場に出回らない。
特に葉巻のような嗜好品は天龍人に買い占められ、偉大なる航路まで届くことがないはずだ。
パウリーの疑問に、ノエルは目に見えて焦り始める。

「えーっと、まあ……どうにか手に入ったりすることもあるわけで―――」

「サン・ファルドのコンテストの優勝商品で手に入れたんですよ」

「あっ!カリファ、言っちゃダメ!!」


聞こえてきた声に振り返ると、カリファとアイスバーグが酒場の入り口に立っていた。
二人もノエルの授賞式に付き合っていたのか正装をしている。
特にカリファはいつもの秘書姿よりも更に露出の高いドレスを着ていた。
思わず『ハレンチだ!!』と叫びそうになったパウリーだが、それよりも気になったのがカリファの台詞だ。
これが優勝商品だということは、つまりノエルがコンテストに出たのは………このためだというのか。


「いや、あのね。パウリーが欲しいって言ってたから誕生日にプレゼントしてあげたかったんだ。アイスバーグにも相談してたんだけど、やっぱりここじゃ手に入らなくて……。そうしたら、サン・ファルドでワノ国のカーニバルがあってさ、優勝商品の一つにこれがあったんだ」


「………俺のためコンテストに出たのか?」


パウリーの質問に、照れたように頭を掻いて小さく頷くノエル。
優勝商品をパウリーにプレゼントするために、嫌いなコンテストにまで出た。
それは何というか………。


(やべぇ……すっげェ嬉しい)


あまりの嬉しさに顔がにやけてしまいそうになり、思わずパウリーはノエルから顔を隠した。
流石にみんなの視線が集まる中で、相好を崩して喜ぶのは恥ずかしい。


「パウリー、嬉しくない?」


聞こえてきた不安そうな声に、ハッと我に返る。
まだちゃんとした礼を言ってない。
顔を隠していた手を離すと、思ったよりも至近距離でノエルがパウリーを見つめていた。
しゅんとした顔でこちらを見上げてくるノエルの頭に、軽く拳骨を落とす。



「バーカ、すげェ嬉しいに決まってんだろうが」



パウリーが告げた言葉に、ノエルは花がほころぶように笑顔になる。
そして、勢いよくパウリーに抱き着いた。
普段よりも薄いワンピースの生地はノエルの柔らかな感触をより感じさせ、パウリーは狼狽えて目を泳がせた。
すると、隣にはいつの間に近付いていたのかカリファが立っていた。
胸元を露出した姿が目に入り、思わず勢いよく後ろに身を引く。
突然の動きに、パウリーに抱き着いていたノエルの足が縺れた。


「わっ!」


体勢を崩したノエルは転がるまいと、伸し掛かるようにパウリーにしがみつく。
より密着した身体は、有るか無きかのノエルの胸の感触を鮮明に感じさせ………。


「ハレンチだぁぁぁぁぁ!!」


25歳を迎えたパウリーの初ハレンチは、造船島中に響き渡ったのであった………。

11/07/11



みんなは例の如くカリファに対して言ったハレンチだと思ってます。
パウリーは勝手に本編で25歳じゃないかと予想。

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