迷い子
日が落ちた薄闇をぼんやりと照らす蝋燭の炎。
遠くから聞こえる柔らかな笛や太鼓の音。
そして、色とりどりの異国の服をきた人々が行き交う姿。
サン・ファルドの駅に降り立ったノエルは、目の前に広がる別世界にきらきらと目を輝かせた。
「おお、楽しそうじゃのう」
ノエルの後ろから駅に出てきたカクも、興味深そうに辺りを見渡している。
本日、早々と仕事を終わらせたノエルは、カクと二人でサン・ファルドに来ていた。
サン・ファルドでワノ国の祭りというカーニバルが催されることになり、ワノ国ファンであるノエルの希望でサン・ファルドに訪れていたのだ。
実は生まれてこの方、ウォーターセブンから離れたことのないノエル。
別の島に来ているいうだけで新たな感動があるのに、更にワノ国かと目を疑うような本格的なカーニバルに興奮してしまう。
「カク、こっちこっち!!」
「ノエル、あんまり急ぐと迷子になるぞ」
「なるわけないじゃん。オレ、もう13歳だよ」
一年前に1番ドックで迷子になったことは棚上げして唇を尖らせながらも、差し出されたカクの手を素直に掴む。
流石はカーニバルの町なだけあって、あちらこちらから観光客が集まっている。
路地も混みあっており、確かにカクの言うとおり迷子になりそうだ。
しかも、ウォーターセブンとは違って初めて訪れる地である。
迷子になったら再会は難しそうだ。
ノエルは無意識に、ぎゅっとカクの手を強く握った。
「キモノって初めて見た。なんかすごく動きにくそうだな」
カクと手を繋ぎながらうろうろと周囲に視線を向け、祭りに合わせてワノ国の伝統衣装に身を包む人々を見つめる。
「あれはユカタと言うそうじゃ。キモノよりも軽い素材でできているらしいぞ」
「へー、ユカタっていうんだ……。詳しいね、カク」
「ああ、好んでワノ国の服を着とったヤツがいたからな。…………まあ、本来のキモノとはかなりかけ離れてたが」
何故か溜息交じりに言うカク。
恐らく彼が言っているヤツというのは、よくカクの話に出てくる幼馴染さんのことだろう。
あまりウォーターセブンに来る前のことを話したがらないカクが唯一話すのが、カクと腐れ縁だという幼馴染さんのことだ。
名前を教えてくれたことはなく、『女狐』や『あのバカ』などと結構ひどい呼び方をしているが、カクの話を聞いていても仲が良い間柄なのだろうということが窺える。
本人は腐れ縁だと言い張っているが、過去のことを語らないカクが彼女とだけならば少しだけ昔のことを語ってくれるので、ノエルは彼の幼馴染の話を聞くことが好きだった。
「なんじゃ、着てみたいのか?」
「へ?」
キモノを着ていたという幼馴染さんの姿を思い浮かべていたノエルは、カクの言葉に我に返る。
何を着てみたいというのだ?
「そうじゃな。せっかく来たんじゃし、たまには異国の服を着てみるというのも面白そうじゃの」
勝手に一人で納得してしまうと、カクはノエルの手を引いてすたすたと先を歩いてしまう。
カクの意図がつかめなかったノエルは、カクに引きずられるまま夕闇の中を進むしかなかった。
※※※※※※
「かわいい、かわいい。よう、似合っとるぞノエル」
そう言って、にこにこと笑うカクは男性物のユカタを着ている。
女性用と違って色合いがかなり地味だ。
男性用には他にもジンベエというズボンに近い形のものがあったが、カクは『ノエルとお揃いがいい』と言ってユカタにしたらしい。
頭に帽子を被ったままなのが少し違和感だが、カクによく似合っていたし初めて見る姿なので新鮮だった。
カクに引きずられてついた先には、観光客用にユカタを貸し出しているお店があった。
あまり見ることのないワノ国の衣装というのは、ほかの観光客も着てみたいという気持ちになるのか大盛況だった。
順番を待ちながらユカタや小物などを選んでいるうちに、少しずつテンションが上がってきたノエル。
あまり自分が着飾ることには興味はないノエルだが、ユカタの模様や珍しい小物を見ているうちに気持ちが盛り上がってきたのである。
最初の頃は初めて袖を通す異国の服に興奮したものの、今はすっかり元気を失くしてしまったノエル。
何故なら、ものすごくお腹が苦しいのだ。
ユカタというものにはファスナーもボタンもなく、何もしない状態だと勝手に前が開いてしまうのだ。
それを止めるためにオビというものをするのだが、これがともかくコルセットのようにきゅうきゅうに縛るのだ。
「く、苦しい………」
「大丈夫か?」
心配そうにノエルを見つめながら、ウチワでパタパタとノエルを仰ぐカク。
なるほど。この小物は風を送るための道具なのかと思いながら、ノエルは深々と息を吐き出した。
何でカクは平気なのだろうかと見るが、彼はオビを腰の位置で縛っている。
どうやら男性と女性でオビの位置が違うらしい。
そう言えば女性のオビはそれ単体で飾りの役目もあるらしく、ノエルのオビも綺麗な花の形に結ってある。
同じユカタだというのに、女性の方が華やかさを目立たせるための意味合いがあるらしい。
「このゲタというのも歩きにくいのう」
「でも、この音好きだな」
木で作られたサンダルのような靴は少し重いが、歩く度にからころと可愛らしい音を立てる。
でも、走るのには絶対に不向きだなぁと思いながら、そもそもユカタ自体も運動をするには不向きそうだとくすくす笑った。
こんな衣装で刀を振って戦うというのだから、サムライというのもそりゃ強いはずだ。
「あれ、なんだろ?」
一つの出店で足を止めた。
真っ赤なてかてかと光るりんごのようなものに木の棒が突き刺さっている。
食べ物のようだが、どんな味なのか想像がつかない。
「おじさん、これ下さい」
好奇心に負けて買ってしまった。
りんご飴というものらしいが、なるほどりんごに着色料いっぱいの飴がコーディングしてあるらしい。
「飴とリンゴって合うのかな?」
「なんか毒々しい色しとるぞ」
「そう?おいしそうじゃん」
嫌そうな顔をしているカクに構わず、りんご飴にかぶりついた。
瑞々しい果実に、パリパリとした飴の触感。
味としては単純なものだが、嫌いな味ではなかった。
「カク、あーん」
自分がかぶりついた方とは反対側をカクに差し出す。
カクはしばしの逡巡したのち、諦めたようにりんご飴にかぶりついた。
「おいしい?」
「………まずくはないかのう」
不思議そうな顔をしながらもぐもぐとしているカクに、ノエルはぷっと噴き出した。
帰りにアイスバーグ達のお土産にしてみんなの反応を見ようと心に決めて、まだもぐもぐしているカクの手を引っ張って全ての出店を制覇することを誓って先へと進んだ。
※※※※※※
お好み焼きや焼きそばやわたあめを食べた。
ヤガラの稚魚掬いや、輪投げや、ヨーヨー釣をやった。
お面やちょうちんなどたくさんのお土産を買った。
カクと二人で散々祭りを満喫し、あとは花火を残すところとなった。
熱くなってきたからかき氷を買いに行ってくるといったカク。
ここで待ってるようにと言われたノエルの傍を、巫女装束(というらしい)に身を包んだ女性たちが厳かな足取りで手にした鈴をしゃんしゃんと鳴らしながら通りがかった。
その女性たちに見惚れながら、ユカタとはまた違う装束に見とれていると………何故かノエルはカクに待っていろと言われた場所とは全く違う場所に立っていた。
「…………うそ」
やってしまった。
13歳にもなって迷子になってしまった。
パウリーに知られようものなら絶対に馬鹿にされる。
いや、その前にカクを探さないといけない。
「どうしよう……」
ウォーターセブンなら迷子になっても問題はない。
たまに芸術方面のことを考えてぼうっとしてしまい、パウリー達とはぐれてしまうことがある。
でも、彼らがどこに向かっているかということは分かるし、ウォーターセブンは生まれ育った町だから迷子になるなんてことはない。
それになにより、どこにでも知り合いがいるから彼らと連絡がつくまでどこでも時間をつぶすことが出来る。
けれど、今ノエルがいるのはサン・ファルドだ。
道なんか全く知らないし、知り合いなんか何処にもいない。
「……………不安感とか久しぶりかも」
ぽつりと呟き、とりあえずカクを探すために歩き出した。
アイスバーグに拾われてから、いつも傍に誰かがいた。
いつか独りに戻る時のために誰とも馴れ合わないようにしようとしていたのに、気付けばいつだってノエルはパウリー達と行動を共にしていた。
彼らの傍はとても居心地がよかったのだ。
そうして彼らの傍にいるうちに、いつの間にか彼らが傍にいることが当たり前になっていた。
今日だってそうだ。
一人でサン・ファルドに来たってよかったのに、カクを誘ったのはノエルだ。
不意に立ち止ったノエルは、カクと繋いでいた手をじっと見つめる。
カクと手を繋ぐことは自然なことになっていた。
ノエルは背が小さくて足のコンパスが違うから、いつもみんなよりも遅れてしまう。
遅れがちなノエルに、カクが手を差し出してくれるようになったのはいつのことだっただろう。
ノエルが隣を歩く度、カクは当たり前のように手を差し出すからノエルも当たり前のようにその手を掴んでいた。
…………いつかは失ってしまうかもしれないのに。
「ノエル!!」
名前を呼ばれて顔を上げる。
そこには怖い顔をして息を乱したカクが立っていた。
『山風』と異名をとる彼が息を乱しているところなんて初めて見た。
怖い顔のままガラゴロと乱暴なゲタの音を立ててこちらに向かってくるカク。
「どこいっとったんじゃ!!」
そのまま乱暴に引き寄せられて抱き締められた。
髪にさしたカンザシが頭に突き刺さって痛い。
けれど、それよりもノエルを抱き締めるカクの腕のほうが痛かった。
「心配したんじゃぞ……っ」
「………ごめんなさい」
カクにされるがままになりながら、ノエルは小さな声で謝った。
はだけたカクの胸元は汗ばんでいる。
きっと、必死になってノエルのことを探してくれたのだろう。
それを嬉しいと思ってもいいだろうか。
「あっ」
不意に聞こえた誰かの呟き。
誘われるように、その場にいた人々が………カクとノエルも顔を上げた。
――――ドォーン。
大輪の花が空に咲く。
そして、花火の弾ける音。
間をおかずに、次々と色とりどりの花が空を彩る。
「きれー………」
カクの腕の中で空を見上げ、思わずぽつりと呟いた。
「本当じゃのー」
カクも先ほどまでの怖い顔が嘘のように、目をキラキラと輝かせて花火を見上げている。
それからカクはノエルに視線を移すと、痛いくらいにノエルを拘束していた手を離す。
そして、にっこりと笑ってノエルの手を取った。
「もう、わしの手を離すんじゃないぞ」
ぎゅうと握られるノエルの手。
永遠なんて言葉はどこにもない。
いつかはこの手を失ってしまう時が来るのかもしれない。
でも………まだ今は失いたくないから。
繋いだ手を離さないようにと強く握った。
13/01/051周年記念リクエスト作品。
匿名様に捧げます。
遅くなりまして大変申し訳ありませんでした!!
本当のサン・ファルドってどんなところどろうと思いながら書いたんですが……。
カーニバルの催しを祭りにしたために、ほとんどワノ国っぽくなってしまいました。
本当のサン・ファルドはどういうところなんですかね?
常にカーニバルを催しているから、あんまり町としての色がないんじゃないかというのがわたしの予想なんですが。
サン・ファルドっぽくないと思われましたら、本当に申し訳ないです……。
リクエストありがとうございました。