身繕い
「うーん……」
目の前の男を上から下までを眺め、ノエルは眉を寄せる。
スーツを着ているというのに、どう見てもガラが悪い。
どちらかというと、彼を追いかけている借金取りの方々と同じ人種のようにしか見えない。
それでも普段の派手な刺繍が入ったスカジャンを着てチンピラ臭を醸し出しているのに比べればなんとか………。
「………やっぱりチンピラからヤクザに昇格しただけだよな」
パウリーには聞こえないようにぼそりと呟いてから、ノエルは『チェンジ』と首を横に振った。
※※※※※※
いつも通りに無事故で、いつも通りに問題事もなく、いつも通りにケチをつける海賊をぶっ飛ばして、無事に本日のお仕事は終了した。
しかし、明日はガレーラカンパニーが休日のため、職長たちは遅くまで残って休みの間に問題がないように仕事内容を整理するのである。
点検作業も無事に終わり、ノエルが手元の道具を片付けていると、早々に片付けを終わらせて1番ドックを後にしようとする人影。
ノエルは小さな溜息をつくと、人影に声を掛けた。
「ほどほどにしておきなよー」
ノエルの言葉に、びくりと人影の……パウリーの肩が震えた。
振り返ったパウリーは罰の悪そうな顔でノエルを見つめる。
「なんだよ」
「どうせギャンブルだろ。給料日の後だからって全部使い切るなよ」
きっぱりと言い切ってしまうノエルに、パウリーは眉間にシワを寄せながら首を傾げる。
どうしてバレたのだろうかと不思議に思っているのだろうが、ノエルからすればバレバレだ。
だいたい普段の彼なら『この後、ブルーノのとこ行こうぜ!』とでも言ってくるはずなのだから。
納得がいかないのか唇を尖らせながら部屋を出て行こうとするパウリー。
あっ、と小さく呟いたノエルは作業の手を止めると、その背中にもう一度、声を掛けた。
「パウリー。明日、十時集合な」
「あー……わーってるよ」
「なに、その気のない返事。………ちゃんと借金取りは撒いてきてよ」
「へーへー」
パウリーは適当な返事をすると、がりがりと頭を掻きながら部屋を出て行く。
ノエルは『まったく、もう』と言いたげに腰に手を当てながらパウリーの背中を見送った。
「なんじゃ。明日はパウリーと出掛けるのか?」
二人のやり取りを見ていたカクが首を傾げて尋ねる。
ノエルは自分の大工道具一式を腰のポーチにしまいながら溜息混じりに頷いた。
「うん、そろそろ私服改善計画に乗り出そうと思って」
「私服改善計画?」
「ああ、あれか。まだ文句きてるのか?」
「それがさぁ、前より増えてるんだよ」
ルルと溜息混じりに話をしていると、カクが話がまったく読めないとばかりに不思議そうな顔をしている。
どうやらカクには話が通じてないと分かり、ノエルは席を立って棚へと向かう。
確か前回の分ならば、この部屋に置いてあるはずだ。
お目当てのものを見つけ、ノエルは紙の束を手にカクの元へ行向かった。
「内部の人にはあんまり知られてないんだけど、ガレーラカンパニーには御意見箱ってものがあるんだ」
「御意見箱?」
「市民からの要望とか苦情を入れる箱のこと。例えば……クリスマスやハロウィンのイベントでこんなことしてね、とか、夜の8時以降は音の立つ仕事を控えてね、とか」
「そんなもんがあったとはのう……」
カクはもちろん、タイルストンやルッチも知らなかったらしい。
興味深そうにノエルの説明を聞いている。
ウォーターセブンの顔とも言えるガレーラカンパニーの方針は、常に市民の手本となり、市民を活気づけるというものである。
市民の意見を取り入れるために設置されている御意見箱だが、これがなかなか利用者が多いのである。
「でね、これが先月分の市民の意見」
言いながら、紙を束ねていた紐を解き、御意見箱の中に入っていた紙を机の上にぶち撒ける。
机の上には何十枚という意見の書かれたメモが散らばった。
「とは言っても、これは船大工に関する意見だけなんだ。ガレーラカンパニー全体に関する意見は事務のお姉さんがまとめてるんだけど、船大工個人に対する意見はカリファが担当してるの」
「すごい量じゃのう……」
「まあ、殆どはファンレターみたいなものなんだけどね。で、これが本題」
ノエルはメモをがさがさと漁り、中身にざっと目を通しながら何十枚という意見書の中から何枚かを手元に集める。
そんなことを繰り返している間にメモの枚数は十枚を超えてしまう。
それを綺麗に揃えてから、ノエルは苦々しい顔で溜息をついた。
「これ………全部同じ苦情なんだよ」
「は?」
話が読めずに目を丸くするカクに、ノエルは眉を寄せてぽりぽりと頭をかきながら説明を始める。
「この間、カリファに呼ばれてこの紙を渡されたんだけど、内容がね………。ある船大工が………まあ、つまりはパウリーなんだけど、私服姿が……その……」
「「「チンピラに見える」」」
言いづらそうなノエルに対して、声を揃えて告げる職長たち。
この個性派揃いの1番ドックで、このように全員一致で意見が出ることは稀である。
ノエルは乾いた笑いを浮かべてから、再び溜息をついた。
「まあ、それでチビっ子が怖がるって苦情がきてしまいまして………。私服だし、好きなものを着ていいんじゃないかと思うんだけどね。でも、ガレーラの船大工っていえばウォーターセブンの顔みたいなもんだろ。だから、もうちょい爽やかな私服も着てほしいってことでカリファからお達しが出たんだよ」
ノエルの説明を聞きながら、爆笑している職長たち。
パウリーがこの場にいなくて良かった。
このやり取りを見ていれば、確実にへそを曲げていただろう。
「それでノエルがお目付役ってわけか」
ルルの言葉にこくりと頷く。
そこまでご大層な役割ではないが、カリファにパウリーの私服を選ぶよう頼まれたのだ。
「じゃあ、明日はパウリーの私服探しというわけじゃな」
「そういうこと」
カリファの言い付けにパウリーも最初は納得いかないようだったが、ガレーラカンパニーの評判云々と言われては拒否するわけにもいかない。
ノエルはパウリーの服を選ぶという面白そうなことに二つ返事で頷いたものの、別にパウリーはあのままでもいいのになぁと思う。
パウリーのチンピラにしか見えないド派手柄のスカジャンがノエルは嫌いじゃない。
彼によく似合っていると思うし、パウリーらしくて好きだ。
けれど、あれにプラスして葉巻に無精髭では子供が怖がるというのも分からないでもない。
カリファに頼まれたのだし、せめてパウリーに似合う服を選んであげたい。
………と、勢い込んでいたのはいいものの………。
※※※※※※
(どうしよう!何を着てもチンピラから抜け出せない!!)
試着室にいるパウリーには悟られないよう、ノエルは頭を抱えていた。
何着か試着をして似合いそうなのがあれば、それで………と、簡単に考えていたのだが、ノエルの予想を遥かに上回ってパウリーは何を着てもガラが悪かった。
いつも傍にいて気付かなかったが、これでは確かに子供が怖がるはずだと納得する。
いったい彼の何がいけないというのだろうか。
「わはは、困ってるようじゃのう」
『ノエルが険しい顔してどうするッポー』
頭を抱えて考え込むノエルに、けらけらと他人事丸出しで笑うカク。
ルッチは慰めるように頭を撫でてくれるが、ノエルは気を落としたままだ。
面白そうだからと様子を見に来たカクに、カクに付き合わされたらしく顔を出したルッチ。
二人とも完全に他人事で、パウリーのファッションショーを楽しんでいる。
渦中のパウリーは、ノエルが何度もチェンジするものだから機嫌が悪くなっているし、事態は思ったよりも最悪だ。
「もー……なんで何着てもダメなんだよ。………あたしの選ぶ服が悪いのかな」
深い溜息をつく。
ここまで何を選んでもダメだと自信がなくなってくる。
「ノエルの趣味が悪いわけ無かろう!」
試着室の前にあるふかふかのソファーに座って項垂れるノエルに、カクがぶんぶんと首を振る。
力強いその声に顔を上げると、カクは頬を膨らませて言い切った。
「パウリーの顔が悪いんじゃ」
身も蓋もない。
そもそもカリファから私服を変えるようには言われたが、整形するようにとまでは頼まれていない。
だいたいノエルはパウリーの顔が恐いとは思わない。
小さい頃から見慣れているのもあるかもしれないが、あれでいてパウリーは笑うととてもかわいいのだ。
心を許した相手にしか見せないので、ウォーターセブンの市民がパウリーのかわいい笑顔を見る機会があまりないとはいえ………。
「あっ!!」
そこまで考えて、ノエルは素晴らしいアイディアを思いつく。
パウリーはものすごい嫌がるだろうが、これしかもう方法はない。
カリファはイメージアップのために、一カ月に一回でいいのでノエルの選ぶ服を着ろと言っていた。
一カ月に一回ならばパウリーだってきっと了承してくれるだろう。
そして、ノエルだってたまにはかわいいパウリーが見たいから一石二鳥だ。
「すいません、お湯とタオルを貸してもらっていいですか!?」
試着室のパウリーと展開が読めないカクとルッチを置いて、ノエルは店員の元へと走った。
※※※※※※
にこにこと満足のいった笑みを浮かべるノエルとは対照的にパウリーの顔は険しかった。
けれど、そんな表情もいつもの半分ぐらいの迫力しかない。
ノエルが満面の笑みで見つめていることが気に入らないらしいパウリーは、大きな舌打ちをして視線を逸らすと癖のように胸元を探る。
けれど、その胸元には葉巻はない。
葉巻もノエルに没収されているのだということを忘れていたらしく、苛立ち紛れにがりがりと頭を掻いた。
そんなパウリーを見つめて笑顔のノエルが一言。
「やっぱりパウリーかわいいね」
「かわいい言うなぁ!!」
眉間にしわを寄せて精一杯恐い顔をしているが、その耳は照れて真っ赤だ。
本当に直接的な賛辞には弱い男である。
現在のパウリーはノエルの指示で前髪を下ろされ、トレードマークであるゴーグルも奪われている。
実はその前髪を下ろすまでにノエルとパウリーの間で結構な攻防戦があったのだが、傍観していたルッチが『うるさい』という理由で暴れるパウリーを店員が用意してくれたお湯の入った洗面器の中に沈めて………結果、ワックスの取れたパウリーの前髪はきれいに下ろされてしまったのである。
ルッチと一悶着起こしてから、ノエルの選んだ服を着たパウリーは今やすっかり普通の青年だ。
出来れば不精髭も剃ってしまいたかったが、それは流石に大暴れしてしまいそうだったのでやめておいた。
「つか、このふわふわ要らなくねェか?」
デニムパンツにニットジャケットを合わせ、その上に茶色のダウンを着せたのだが、どうもパウリーはダウンについたファーが気になるらしい。
まあ、完全にお洒落のためのファーであり、機能性などは全くないので要らないと言われたらその通りだ。
けれど、首元に少しあるだけのファーが気になるとは………。
パウリーの防寒着ってスカジャンしかないんじゃないかと不安になった。
「いえいえ、お似合いでございます!」
「かっこいいです!」
「すれ違ってもパウリーさんだと分からないくらいに!!」
目をハートにした店員がすごい勢いでパウリーを褒め称えるが、パウリーは身を引いて窺うようにノエルを見つめる。
本当に女に弱い男である。
「似合ってるよ。すっごくカッコかわいい」
「だから、かわいいっていうなっ!!」
またもや耳を染めて怒るパウリーだが、迫力など皆無だった。
本当に前髪を下ろすと童顔になってかわいいのである。
会心の出来に微笑んでいると、ぐいっと服の袖を引かれた。
何事かと振り返ると、負のオーラを背後に纏ったカクが恨めしい顔でノエルを見下ろしていた。
「………わしもノエルにかわいいって言ってほしい………」
パウリーを睨みつけて、ぎりぎりと唇を噛み締めて呟くカクは本気で怖い。
でも、カクに似合う服を選んであげるのも楽しそうだ。
ノエルはうんと頷くとカクと、それからルッチの腕を引っ張って試着室へと向かった。
※※※※※※
「ノエル!わし、かわいいっ?」
「かわいい、かわいい。カクが一番かわいい〜」
抱き着いてくるカクの頭をよしよしと撫でながら、ノエルはカクの姿を褒める。
それだけでカクは満足したらしい。
幸せそうにすりすりとノエルに頬を摺り寄せている。
ノエルがカクに選んだ服は、カーキ色の七分丈のカーゴパンツにかわいらしいイラストの描かれたカラフルなパーカーだった。
パウリーの時のように悩むことなくすんなりと決まった服だが、カクらしくてとてもよく似合っている。
その姿はまるでノエルと同い年ぐらいの少年のようにしか見えず逆にすごい。
これで自分より6歳も年上なんだよなぁと複雑な気分に陥っていると、もう一つの試着室が開いた。
「おおー、ルッチも似合うね」
『なんで俺まで………』
試着室から出てきたのはルッチだ。
せっかくカクの服を選ぶなら、ついでにルッチの服も選びたいというノエルの娯楽の元に付き合わされたのである。
黒のスキニーパンツに、ドレープカットソーと黒のジャケット。
なんか黒尽くしになってしまったが、ルッチは黒が似合うので問題ないだろう。
それよりも………。
ノエルはぐるりとショップ内を見渡した。
いつの間にやらショップ内は人の波で埋め尽くされている。
店員はともかくとして、いつの間にやらお客さん(といっても、商品ではなく船大工たちを見ている)が増えていたのだ。
しかも、入れない人々がガラス張りのショップの外にまで集まっていてちょっとした騒ぎになっている。
いつも仕事服で歩きまわっている彼らの私服……しかも、普段は着ないタイプの服を着ているということで注目を浴びているらしい。
「どうしよっか、移動する?」
「だな、なんか息苦しい……」
「酸素薄くなりそうじゃ」
『脱いでくるッポー』
そう言って試着室に戻ろうとするルッチ。
カクは服を買おうかどうするか迷っており、パウリーは財布を取り出したはいいものの中身を見て固まっていた。
そんな三人を尻目にノエルは店員を呼ぶと、
「すみません、あれ上から下まで全部買います。そのまま着ていくので前の服だけ包んでください」
そう言って、にっこりと微笑んだ。
※※※※※※
「あー、楽しかった」
三人を着せ替え人形にして存分に遊んだノエルは、ベンチに座りながらご満悦で白い息を吐いた。
パウリーはともかく、カクとルッチの私服まで選べるとは思ってなかった。
ノエルの我儘ならば何でも聞いてくれるカクはともかく、パウリーやルッチも何だかんだでノエルが強く望めば付き合ってくれる。
何気ないことだけれど、それがノエルにはとても嬉しい。
我儘や甘えたことを言ってもノエルの傍にいてくれることに、いつも安堵を感じている。
それと同時にどこかで未だ彼らの愛情を疑っているんだろうなと落ち込むのだが。
過去の事件のせいか、どうしてもいつか捨てられるんじゃないかという恐怖が心の何処かにある。
そんなことはないのだと信じているはずなのに……。
「ノエル」
名前を呼ばれ、背後からぎゅうと抱き締められる。
座ったまま首を傾けて後ろを見上げると、カクがにこにこと微笑みながらノエルの顔を覗き込んでいた。
「お帰り。欲しいものあった?」
はふっと白い息を吐き出しながら尋ねる。
ショップを出て昼飯でも食べようという流れになったのだが、突然パウリーがある店で足を止めてカクとルッチを引き連れて中に入ってしまったのである。
しかも、この寒空の下にノエルを置いて。
っていうか、そもそも私服を買うお金もないパウリーがいったい何を買ったというのだろうか?
首を傾げていると、ルッチがノエルの頭をふわりと撫でる。
そして、パチンと何かを止めた。
不思議に思ってルッチを見つめるが、彼は何も言わずにノエルを見つめるだけだ。
何だろうかと髪に触れると、何か布のようなものが手に触れる。
髪に何かをつけられたらしい。
身を捩ってガラスに映った自分の姿を見る。
そこには青い髪に大きなリボンのバレッタを身に付けた少女が映っていた。
「やっぱりノエルはかわいいのう!わしなんかよりずっとずっとかわいい」
そう言って背後から抱きつくカクがぐりぐりと頭を摺り寄せる。
ノエルは事態が飲み込めずに、ガラスに映る自分を見つめるしかない。
「え、これ………」
『俺達たち三人からのプレゼントだッポー』
「今日、付き合わせちまったし、服買わせちまったし、ちょっとした礼だ」
そう言ってそっぽを向くパウリー。
はらりと額にかかる前髪をうっとおしそうにかき上げている。
「で、でも、あたし、こういう女の子らしいものって似合わないし………」
普段のノエルらしくもなく、もごもごと口の中で言い訳をする。
女の子らしいものというのは似合わないし、髪飾りなんてよっぽどのことがなければつけたことがない。
つけたとしても、小さな飾りがついたヘアピンとかぐらい。
こんなふうにかわいらしいリボンなんて絶対に似合うはずが………。
「なんだ、お前。俺の見立てを信じてねェのか?」
『パウリーはともかく、俺の趣味は悪くないッポー』
「ノエルはかわいいからなんでも似合うんじゃ!その中でもこれは一等似合うんじゃ!!」
ノエルの頭を小突きながら言うパウリーに、腕を組んで自信を窺わせるルッチ。
力強く言うカクは更にぎゅうっとノエルを抱き締める。
そんな三者三様を見つめ、ノエルは溜息をつく。
「………パウリー、お金ないのに」
『俺が貸したッポー』
「ルッチ!言うなっつっただろ!!」
鼻を鳴らしてバカにするルッチに、パウリーが怒って突っかかる。
カクはというと、まるで自分がプレゼントをもらったかのように嬉しそうにノエルを見下ろしている。
ノエルはバレッタにそっと触れながら、ふわりと花が綻ぶように微笑んだ。
「ありがとー。みんな、大好き」
13/01/051周年記念リクエスト作品。
クコ様に捧げます。
遅くなりまして大変申し訳ありませんでした!!
三人に服を選ぶというリクエストでしたが、似合う服を選ぶことが出来たのでしょうか……。
想像してみて『ないだろ……』そう思ったらそれは三人のせいじゃありません。
全ては趣味が悪い私のせいでございます!!
しかし、服を買う理由を探していたらパウリーが悲惨なことに……。
わたしはパウリーの私服、
初見はかなり驚きましたが好きですよ!
リクエストありがとうございました。