短編 | ナノ
人生ゲーム

「人生ゲームしよう!」

始まりは、にこにこと楽しそうに微笑むノエルだった。


ガレーラカンパニーが休日の今日。
ノエルは掘り出し物のアンティークを目当てに、意気揚々とフリーマーケットに出掛けていった。
しかし、二、三時間してから帰ってきたノエルは、アンティークではなく小さなボードを小脇に抱えていた。
そして、冒頭の台詞に戻る。

面白いことは大歓迎なアイスバーグの『ゲームをやるなら、人数がほしい』という意見により、カリファと一番ドック職長たちが集められた。
そして、最初はゴネていたパウリーや、人生ゲームなどやったことのないカクもいつの間にやら熱中していたのだった。


※※※※※※


「はい、次はパウリーね」

ノエルに渡されたサイコロをパウリーが振る。
出たサイコロの目は2。
どうも先ほどから大きな目が出ることなく、パウリーはやはりビリ独走中だった。

「1、2………っと。『アラバスタに旅行に行き、』……げっ!」

駒を進めてマスの中に書かれた文字を読んでいたパウリーはそのまま言葉を失くす。
どうしたのかとみんなでマスに書かれた文字を覗き込む。
そして、一斉に笑いだした。

「『レインベースのカジノで大損する。500万ベリー没収』じゃと!」

「わははっ!!!」

『……まんまだな』

「まんまとか言うな!」

ルッチの言葉に舌打ちしながら、パウリーは全財産をカリファに支払う。
それでも足りずにパウリーの所持金は、ついにマイナスに突入した。
たかがゲームのはずなのだが、どうもさっきからお金を没収され続けているパウリーに本当に人生をなぞらえているようでノエルは眉を寄せる。
せめてゲームでぐらい勝てればいいのに………と思いながら、そういえばパウリーがゲーム(賭事)で勝つこと自体が稀だったと思い直した。

「ほんっとに賭事に弱いよね」

しみじみと呟く。
別にバカにしているわけではなく、ただ事実を述べたまでのことだ。
ギャンブルが好きなのはともかく、どうしてこうも弱いのか。
よくパウリーに連れられてヤガラレースを観に行くが、彼が大勝ちするのはアクア・ラグナのようなものだ(要は年に一回くらい)。

「そもそもパウリーは金には困らんじゃろ。それなのに、なんでギャンブルをするのか意味が分からん」

そう言って首を傾げるカク。
彼の言う通り、現在は借金まみれで給料日前にはパンの耳をさもしく食べているパウリーだが、給料をギャンブルにさえつぎ込まなければ借金など半年で全額返済できるはずだ。
それなのに給料が入る先から殆どギャンブルに使ってしまうのだから質が悪い。

「ギャンブルっていうのはお金を儲けるためにやるんじゃなくて、『勝つ』ってことが重要なんだよ。商品が豪華じゃなきゃ『勝ち』ってことにならないから、小さな当たりじゃ満足できない。金のためなら、ある程度の儲けが出たら止めるだろ。でも、『勝つ』ってことには際限がないから止められない。『勝つ』ことこそが快感になってるわけだ」

カクの疑問に口を開きかけたパウリーよりも先につらつらと答え出すノエル。
その答えをカクは目をぱちくりさせながら頷いて聞き、他のメンバーはギャンブルに興味のないノエルが鋭い考察をしていることに目を丸くする。

「なんだ、ノエル。よく分かってんじゃねェか」

パウリーは上機嫌でノエルの肩に手を回し、

「って、よく伯父さんが言ってた」

続いた言葉にぴしりと動きを止めた。
ノエルのいう伯父さんとは、彼女の父親(つまり自分の弟)の財産を食い潰してギャンブルに明け暮れていた男のことだ。
しかも、ノエルをアイスバーグから引き離して金儲けに利用しようとした、思い出すだけで胸糞悪くなる奴だ。

「パウリーも嵌まりすぎちゃダメだよ」

肩を組まれたまま首を捻ってパウリーを見つめるノエルの言葉に、パウリーは無言で頷くしかなかった。


※※※※※※


ノエルはよしっと気合を入れてサイコロを振った。
転がったサイコロの目は6。
これでノエルの駒がトップに躍り出た。

「えーっと、あたしは………あっ、結婚マスだ。ご祝儀もらうよー」

「結婚なんて早過ぎるじゃろ!!」

「カク、これゲームの話だからな。………だいたい早過ぎってこともないだろ。母ちゃんが17歳の時にはあたし、お腹にいたし」

真っ青な顔で首を振るカクに呆れた顔で答えるノエル。
そんな彼女の言葉に驚いたのはカクだけではない。
その場にいた全員が、ノエルの母親がかなりの早婚だという思いもよらぬ事実に目を瞠る。
娘がこの年になっても恋愛の『れ』の字にも興味がないというのに、その母は同じ年の時には既にノエルを身ごもっていたとは俄かには信じられない話だ。

「あなたはどうなのかしら?」

パウリー(借金に加算)以外から徴収した結婚のご祝儀をノエルに手渡しながら柔らかく微笑んで尋ねるカリファ。
意図の分からない質問に、ノエルはぺたんこのお腹に手を当てる。
もちろんながら、その中には昼ご飯ぐらいしか入っていない。

「そっちじゃないわ。好きな人の話よ」

「好きな人?」

くすくすと微笑みながら聞くカリファに、ノエルは目を丸くする。
過保護な周囲は『余計なことを………でも、気になる!』と耳をそばだてノエルの答えを待つ。
ノエルの答えは早かった。

「アイスバーグ!」

幸せそうな笑顔で言い切るノエルにほっとする半面、もう17歳でその答えはまずいだろうと心配になる。
いつになったら父親離れ出来るのか。
アイスバーグに頭を撫でられながら幸せそうに笑うノエルを見る限りでは、まだまだ先のことのようだ。


※※※※※※


「また産まれたな」

ことりと駒を置いたルルが呟く。
ルルが駒を止めたのは、『子供が誕生。全員からご祝儀、50万ベリーもらう』だ。

「またかよ!?………これで、何人目だ?」

『六人目だッポー』

渡す金がないので借金に加算されるパウリーが愚痴り、手持ちから50万ベリーをカリファに渡しながらルッチが答える。
ノエルたちも手元の玩具のお金から50万ベリーをカリファに渡す。

「先ほどからルルの駒は子供が誕生する駒にしかとまりませんね。すごい確率です」

ルルとパウリーを除くメンバーから受け取った50万ベリーを数えながら、カリファが感心したように呟いた。
確かに先ほどからずっとルルの駒は子供誕生のマスにしか止まらない。
実生活ではタイルストンの家が五人の子宝に恵まれているが、ゲームの方ではルルがその人数を超えてしまった。
タイルストンの方はというと、ゲームでは未だに子供の一人も生まれておらず少しすねていた。

「どうじゃ、ルル。二人目を作れってお告げかもしれんぞ」

「二人目なァ。あいつは復帰するつもりだからどうだろうな」

笑いながらルルの背中を叩くカクに、寝癖を押し込みながらルルが呟く。
ノエルも顔を輝かせながら頷いた。

「特に問題なければ復帰するんだよね!」

現在、第一子を育てるために産休をとっているルルの妻は、元は2番ドックで艤装・マスト職職長を勤めていた女船大工だ。
そして、ガレーラカンパニーで女性初の職長という偉業を成し遂げたという、ノエルの憧れの女性でもある。
今もよくルルの家に遊びに行って彼女と会っているノエルだが、彼女が船大工だった時にもいろいろと仕事のことで相談にのってもらっていたので復帰はとても嬉しい。

しかし、嬉しそうなノエルとは対照的にパウリーは無言で葉巻を銜えて眉を顰めている。
そんなパウリーの様子にノエルは、不思議そうに首を傾げた。

「なんで嫌そうな顔するんだよ?産休になって2番ドックの技術が落ちたって文句言ってたのに」

「別に嫌なわけじゃねェよ………」

ノエルの言葉を否定するものの、パウリーは難しい表情をしたまま葉巻の煙を吐き出すだけだ。
彼女のことを慕っているノエルにはパウリーの態度が納得できず、唇を尖らせてむくれる。
そんなノエルの様子に舌打ちをし、パウリーはルルに視線を向けた。

「ルル!あのハレンチ女に、復帰するならヘソをしまうように言っとけ!」

自棄っぱちのように叫び、ふんっと顔を背けてしまったパウリー。
しばしの沈黙の後、ようやくパウリーが複雑な表情をしていた訳が分かったノエルはたまらず笑い出した。

そういえばルルの妻は露出が高く、パウリーと服装のことでよく喧嘩になっていたことを思い出す。
同じ艤装・マスト職職長ということもあり、職長会議での喧嘩は名物となっていた。
カリファともよく服装のことで揉めているが、冷静にあしらうカリファと違い、彼女はパウリーを『ボーヤ』と呼んで散々にからかうので特に苦手としているのだった。

「人の嫁さんにハレンチ女はねェだろ」

「うるせェ!船大工でヘソ出す必要はねェだろ!!」

『バカヤロウだッポー』

「ぶはは!!」

呆れたように溜息をつくルルに、完全にヘソを曲げてしまったパウリー。
ルッチは鼻を鳴らし、カクは笑いすぎて呼吸困難になっている。

「彼女の復帰を機に、女性の船大工が復帰しやすいように託児所を作るのはいかかでしょう」

「ンマー、さすがはカリファだな」

アイスバーグとカリファは何やら新しい事業計画を立てている。
彼女の復帰でまた賑やかになるであろうガレーラカンパニーを思い、ノエルは楽しそうに微笑んだ。


※※※※※※


「えーと、わしは『屋根から落ちて骨折。1回休み』」

駒が置かれた場所に書かれた文字を読み、カクは不満そうに首を傾げた。

「………わし、屋根から落ちても骨折なんてしたことないぞ」

その言葉にカク以外の全員が呆れた顔で溜息をつく。
ノエルは転がったサイコロを回収してから、カクの背中をぺしりと叩いた。

「普通の人はするからね。自分を基準にしないの」

「そもそも、カクの場合は屋根から落ちるっつーか飛び降りるだろ」

いや、屋根どころか造船島から裏町へと飛び降りて平気な男である。
そりゃ屋根から落ちて骨折することに納得がいくわけないだろう。
しかし、ゲームはあくまでゲームである。
たとえ納得がいかなくてもルールに則って一回休みだ。

「カクは子供たちのヒーローだからなぁっ!!!」

そう言ってタイルストンがカクの背中をばしんと叩く。
カクはあまりの馬鹿力で叩かれたのでゲホゲホと咽せている。

「ヒーロー?」

「ほら、飛んだり跳ねたりするから子供たちが喜ぶんだよね」

ガレーラカンパニーの船大工の中で人気を三分するカクとパウリーとルッチ。
けれど、子供たちの人気者となると断トツでカクとなる。
常に葉巻を銜えているパウリーに、腹話術と子供が好きそうな要素を持ちながらも常に無表情なルッチ。
そこへいくと愛想も良くて、人懐っこいカクは子供に大人気なのだ。
更に、造船島から裏町へと舞い降りて屋根から屋根を身軽に渡り歩くカクは、まるで自由に空を飛ぶヒーローのようで子供たちの憧れなのである。

「あたしも屋根とかマストからなら平気だけど、流石に造船島から飛び降りるのは無理だなぁ。よく飛び降りようって思ったよね」

「わはは、あのぐらいの高さ何でもないわ。万が一があっても、げっぽ………ぐわっ!」

「カリファ!?」

いきなりカクの後ろ頭を叩くカリファに目を丸くする。
かなりの力だったのか、カクは頭を抱えて唸っている。

「失礼。季節外れの蚊がいたものですから」

しれっとした態度で言い切られてしまっては、誰も何も言えない。
ノエルは涙目になっているカクの頭をよしよしと撫でてあげた。


※※※※※※


アイスバークの駒がことりとマスに置かれる。
『事業に成功して1000万ベリー手に入れる』というマスは、この人生ゲームの中で一、二を争う大当たりのマスだ。

「流石はアイスバーグさん!!」

まるで自分が当たりを出したかのように喜ぶパウリー。

「なんだか本当にアイスバーグさんの人生みたいだな!!!」

カリファから1000万ベリーを受け取るアイスバーグを見つめて、タイルストンが感心しながら言う。
タイルストンの言う通り、先ほどからアイスバーグのコマは当たりマスばかりに進み、まるで順風満帆なアイスバーグの人生をそのまま表しているようだ。
けれど、その言葉にアイスバーグはふっと笑みを零す。

「人生なんてのはそんな簡単にうまくいくわけじゃねェ。それこそゲームみたいにはな」

そう言って、拾い上げたサイコロをルッチの手に渡す。
笑っているのにどこか寂しそうなアイスバーグの様子に、ノエルはその傍らにそっと寄り添う。

ノエルはアイスバーグの過去をほとんど知らない。
彼に拾われて五年という月日が経ったが、アイスバーグがノエルに語った過去は断片的なものでしかない。
彼の口を重くしてしまう何かがアイスバーグの過去にあったのだということだけは何となく理解していた。
ノエルはアイスバーグに過去のことを聞こうとは思わない。
言いたくないのなら言わなくてもいい。
ただノエルはアイスバーグの傍にいるだけだ。
彼が笑ってくれるように。

甘えるようにアイスバーグの腕に寄りかかるノエルに、アイスバーグは優しく微笑んだ。


※※※※※※


そんなこんなで賑やかに進んでいった人生ゲームも気付けば終盤戦となっていた。
一位はアイスバーグ。そのあとをノエル、僅差でルッチが追いかける。
パウリーは文句なしにぶっちぎりのビリである。
これで一番初めにゴールしたものにボーナスが入れば、勝負の行方も分からなくなってくる(パウリーのビリ確定以外は)。

「よっしゃあ!来たぁッ!!」

サイコロを転がしたパウリーがガッツポーズをして勢い良く立ち上がる。
何事かと目を丸くしてサイコロを見つめ、ノエルは出た目の数だけパウリーの駒を進めてみる。

「おお〜」

「なんじゃそれ!?」

「ンマー………こりゃあ」

「最後の最後でとんでもねェマスにとまったな」

『イタチの最後っ屁だな』

パウリーが止まったのは『財産乗っ取り計画(指名した相手とサイコロを転がし、出た目が多い方に自分の全財産を渡す)』と書かれたマスだ。
一発逆転チャンスのマスである。
しかも、いつの間にやら追い上げていたパウリーは一番ゴールに近い。
これでパウリーがこのマスの指示通り誰かの全財産を手に入れてしまうと、一位になる可能性も出てくる。

「なんて卑怯なんだ、パウリーッ!!!」

「俺が卑怯なわけじゃなくて、そういうマスがあんだから仕方ねェだろうが!!」

「人生ゲームとはなかなか奥が深いですね。しかし、このようなマスがあっては今までの前半戦に意味がない気がするのですが」

カリファの言うことは最もだが、ルールはルール。
いったいパウリーが誰を指名するのかと、全員が息を呑んでパウリーを見つめる。
普通に考えれば、現在一位のアイスバーグを指名するところだろうが、アイスバーグ命のパウリーが彼を指名するとは考えづらい。
となると………。

「ってことだ、ノエル」

「望むところだよ」

パウリーに放られた自分の駒をキャッチして、ノエルは口の端を吊り上げた。
アイスバーグが駄目となると、二位であるノエルを選ぶのが当然だろう。
しかし、サイコロの目が出るまでは勝負は分からないのだから勝ち誇るのはまだ早い。

パウリーがサイコロを転がす。

「よっしゃ!!」

出た目は『5』。
今年の運をすべて使い切ったのではないかと思われるような幸運である。
ノエルが『6』以外を出した時点で負けが決まる。

「悪ィな、ノエル」

勝ち誇ってこちらを見つめるパウリー。
ノエルはサイコロをぎゅっと握ると、その手のひらから転がした。


※※※※※※


「いち、に、さん……………ゴール、っと」

ことんとパウリーが駒をゴールに置く。
その瞬間、長きに渡る戦いにようやく終止符がついた。
温かい拍手がパウリーへと送られる。

「パウリー、ゴールおめでとー」

にこりとパウリーに微笑みかけるノエル。
けれど、祝福されるパウリーは全く嬉しそうではない。
眉間にしわを寄せ、不機嫌そうに葉巻を噛み締めている。

「ようやくゴールか」

「では、第一回人生ゲーム。優勝者はノエル、ビリはパウリーということで」

「ンマー、すっかりノエルに逆転されちまったな」

「ノエル、よかったなぁッ!!」

「あはっ、ありがとー」

「ビリ決定まで時間がかかったのう」

「ビリ言うな!!」

『事実だろうが』

わいわいと騒ぐ船大工たち。
何を隠そうパウリーは『6』を出したノエルとの勝負に負けて借金まみれのままの上、一番ゴールに近かったにも拘らず全員がゴールするまでサイコロの目が『1』しか出ず、まったくゴールできなくなってしまったのである。
流石は借金王。
全員が納得した結果であった。


「ゲームぐらい借金から解放されてェ!!」


『「「「「「ンマー、「ゲーム弱いから無理」」ですね」だろ」だなッ!!」じゃ」だッポー』


人生も人生ゲームもそうそう甘くないのであった。

13/01/05

1周年記念リクエスト作品。
紅姫様に捧げます。
遅くなりまして大変申し訳ありませんでした!!
人生ゲームということで、ちょっとみんなの人生なんかを語ってみました。
ゲームをやる描写ってなかなか難しくて、紅姫様が望んだようなお話になったかどうか……。
でも、裏設定であるルルの奥さんなんかを出せて書いていてとても楽しかったです。
リクエストありがとうございました。

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