短編 | ナノ
子守り

「……………そうなんだよ。こっちもすげー吹雪。真っ白で何にも見えない上に機関車の車輪も凍っちゃってさ。………うん。とりあえず、今日はここに泊まるつもり。明日は吹雪が止むといいんだけど…………分かってるってば。それじゃ、切るよ」

かちゃんと電伝虫の受話器を下ろした音が聞こえ、火を熾していたルッチは背後のノエルを振り返る。
吹雪の音がひどく、同じ室内にいるノエルの声は聞こえても相手の声までは聞こえなかった。
ノエルもそれが分かったのだろう。
ルッチが何か質問する前に、自分から電話の内容を説明し始めた。

「ウォーターセブンもすげー雪で、仕事にならないから臨時休業らしいよ。天気予報だとこの辺一帯の雪は明日には止むらしいから、それまでここで待機するようにって。もし、明日になっても機関車が動かないようなら迎えに来てくれるとは言ってたけど、吹雪がやまなきゃ難しいだろうなぁ」

眉を寄せるノエルに、下手をすると何日もここに足止めされることになりそうだと溜息をついた。


年の瀬が間近に迫ったある日。
ルッチとノエルの二人は線路の修理のために、小屋が一つだけ建っている小さな無人島に来ていた。
その島の近くの線路の調子が良くないので、その島を拠点にその線路の修理と周辺の線路の整備をしに訪れたのだ。
年末で船の納期がおしているために線路に割く人数を最小限にしたいということで、比較的に手の空いている木びき・木釘職のルッチと装飾・彫刻職のノエルの二人が派遣された。
下手に人数を投入するよりも、その方が人数もかかる時間も最小限で済むからだ。
線路の修理も終わり、そろそろ帰ろうという頃に襲ったのは先ほどまでの粉雪が嘘のような猛吹雪。
機関車の車輪は凍りついて動かなくなり、目の前はまさしくホワイトアウト。
雪まみれになりながら何とか小屋まで辿り着き、ガレーラカンパニーに現在の状況報告を終えたところである。


「今の状態で臨時休業って………納期は間に合うのかなぁ。パウリーも溜息ついてたし」

1番ドックが心配なのか難しそうに眉を寄せ、暖炉の前に移動して火にあたるノエル。
体温が低い彼女にとっては、この寒さはきついらしく小さく震えている。

「大丈夫か?」

「大丈夫だよ。そりゃ寒いけど、火もあるからそのうち温まるよ。ルッチこそ大丈夫?濡れたもの着てると風邪ひくよ」

そう言いながら心配そうな顔でルッチを見上げるノエル。
彼女の言うことは最もだが、CP9として物心ついた頃から体を鍛えてきたルッチには何ということもない。
恐らく朝までこの状態でも風邪一つひかないだろう。
それよりも引っ掛かることがある。
濡れたものを着ていない方がいいという彼女は、乾いたシーツを頭から被ったてるてる坊主のような姿だ。
まさかとは思うが、その下は………。

「ちゃんと乾くといいけど」

言いながら、先ほどまで着ていたコートとツナギを暖炉の前に広げているノエル。
………間違いない。
目の前の少女は、シーツの下は何も着ていない。
良くて下着だけだろう。

「…………ノエル」

名を呼んで咎めるような視線を送ると、ノエルは唇を尖らせて顔を背けた。

「緊急事態だからしょうがないだろ。この忙しい時期に風邪なんかひいてられないし。……………カリファに言いつけないでよ」

不満を隠そうともしない横顔からは、相変わらず羞恥心の欠片も感じられなかった。
だから、カリファに怒られるのだということに彼女は気付いていないらしい。

ノエルは17歳になる少女として、羞恥心や危機感というものが欠如している。
いや、欠如というのは正しくない。
17歳の少女として多少は劣るものの、羞恥心も警戒心もそれなりにある。
けれど、自分が心を許した相手に対してだけはそれが当て嵌まらない。
彼女の着替え中に遭遇したことがあったが、ノエルは悲鳴の一つも上げることなく平然と目の前で着替えを続行したことがあるほどだ。
だからこそ、カリファを始めパウリー達からはしたないと怒られることに納得がいかないのだ。

シーツ1枚だけを被った女が男と密室に二人きりでいることが、どれだけ危ういかということが分かっていないらしい。
まあ…………。

「ハットリも寒いよなぁ。でも、あんま暖炉に近づくなよ。焼き鳥になるから」

シーツを被って頭にハトを乗せた子供のような女に色気を感じることがあればの話だが。
頼まれても無理だなと溜息をつきながら、ルッチは何か腹にたまるものはあるだろうかと貯蔵室に向かった。


※※※※※※


夜になり、寒さは増していた。
貯蔵庫にあった干し肉とラム酒を口にして多少体温が上がってはいるが、それでも普段から体温の低いノエルには耐えがたい寒さだろう。
厚い生地のツナギとコートは思うように乾かず、結局ノエルはシーツ一枚を被ったままの格好だ。
確かに濡れたものを着ているよりはいいかもしれないが、それでも暖をとるには程遠い。

暖炉の火にあたりながらシーツの中で肌を擦っているノエルを見つめ、彼女には聞こえないように小さな溜息をつく。
これで風邪でもひかれると、船大工たちの叱責がルッチに降り注ぐこととなる。
ガレーラカンパニーのお姫様に対しては、誰もかれもが過保護なのだ。
一緒にいたルッチに『監督不行き届きだ!』とでも因縁をつけることは間違いない。

ツナギの隣に広げておいた自分の服を掴み、生地が薄いおかげで乾いているそれを彼女の頭の上に放る。

「わぷ!?」

「それを着ておけ」

「えっ!?」

案の定、大きな目を更に見開いてこちらを見上げるノエル。
このまま続くであろう拒否の言葉をふさぐため、ルッチは客観的事実を淡々と述べた。

「俺が風邪をひいたことがあるか?」

「……………ないね」

体が弱いわけではないが、ルッチたちと出逢ってから普通の人間並に何度か風邪をひいたことのあるノエル。
それに対してルッチはもちろんながら、船大工たちはほとんど風邪をひくということはない。
タイルストンなど真冬に半裸で作業にあたっているというのに、一度も体調を崩したことがないほどだ。

ルッチの言いたいことはすぐに納得したノエルだが、それでも上半身裸のルッチを心配そうに見つめ『寒くない?大丈夫?』などと声をかけながら渋々といった具合に上着を着た。
被っていたシーツをいったん脱ごうとしていたが、思い直したのかシーツを被ったまま素肌が見えないように着替えを済ませた。
もともとルッチが防寒目的で着ている服ではないので生地は薄いが、それでも少しはましだろう。

「ありがと、ルッチ」

「礼はいいから風邪をひかねェことだけ考えろ。これももう少し飲んでおけ」

「ラム酒………さっき飲んだよ」

スピリッツ系が苦手なノエルは苦い顔でルッチに渡されたラム酒のボトルを見つめている。
先ほど飲ませた時も嫌そうにちびちびと舐めるように飲んでいた。

「いいから飲め。少しは身体が温まる」

「ん、分かった」

風邪をひいて迷惑をかけたくないという気持ちの方が勝ったのだろう。
ノエルは意を決したようにボトルに直で口をつけると、一気に流し込んだ。

「おい!」

明らかに飲みすぎである。
ごくごくと動く喉を視界にとらえ、傾いたボトルを慌てて止めた。
頑なに離そうとしないノエルからボトルを奪い取ると、中身が半分以上減っている。
明らかに飲みすぎだ。

「う〜………喉が焼けそうだよぅ」

力無く呟いて、へたへたと床に倒れこむノエルに呆れ果てて言葉が出てこない。
普段のノエルは年不相応に落ち着いているというのに、時折こうして突拍子もないことをしでかすのだ。
もしかすると、最初に飲んだラム酒ですでにほろ酔いになっていたのかもしれない。

酒に弱くはないが、強くもないノエル。
アルコール度数の高い酒を一気飲みすればひとたまりもない。
自力では立ち上がることも出来ず、そのまま床で眠りかねないノエルを抱き上げてベッドに運ぶ。

「まだ眠くない」

「いいからさっさと寝ろ」

「眠くないもん………」

唇を尖らせて子供のように駄々をこねるノエルだが、アルコールが入っているので眠くなってきたのだろう。
とろんと焦点が怪しくなってきた。
もぞもぞとシーツを巻き込みながらベッドの中で丸くなるノエル。
この調子なら朝まで起きないだろう。
そう思ってルッチがベッドから離れようとした瞬間、不意に勢いよくノエルが起きあがった。

「どこ行くの?」

「薪を足すだけだ」

「いらない。あったかいし」

ルッチの腕を掴み、ふるふると首を振るノエル。
温かいのは酒が入っているせいであり、火が絶えれば朝には凍死体の出来上がりだ。
どうやら思考が働かない程度には酔っ払っているらしい。

「寒いならルッチもいっしょに寝ればいいよ。あたしを抱っこして寝ればあったかいだろ」

酔っ払いは頭の痛くなるような台詞を口にして、にっこりと微笑んだ。

今までノエルに対してあれほど過保護な船大工たちに呆れていたが、その過保護さは間違っていなかったのかも知れない。
いや、あれだけ過保護にしていった結果がこれなのだろうか。
この台詞を聞いていたのがパウリーならば、ノエルは拳骨を喰らった後に朝まで説教をされていたことだろう。
けれど、彼女は自分が怒られることの意味すら分からないだろう。
彼女には言葉通りの意味でしかないからだ。

「火を絶やすわけにはいかねェだろうが。おとなしく寝てろ」

「やだ、ルッチといっしょに寝る!」

ルッチの返答に機嫌を損ねたらしいノエルは、ベットの上で膝立ちになってルッチの腕を引っ張った。
羽織っていたシーツが肩から滑り落ち、ノエルの姿が露わになる。
ただでさえ小柄な彼女にルッチの上着は大きく襟ぐりからは薄い肩が覗いているが、それを恥じらうこともなくルッチを見つめるノエル。
下に何もはいていないために剥き出しになっている腿を気にする様子もない。

何も理解していない………理解しようとしない愚かな子供。
自分が女なのだということを。
そして、ルッチが男なのだということも。


――――どさ。


肩をついただけで、ノエルの身体は簡単にベッドの上に転がった。
アルコールで力が入らなかったのだろう。
どうしてそんな事態になったのか理解できないのか、ノエルは寝転がったまま目を瞬いている。
そんな彼女の上に覆いかぶさると、更に不思議そうな表情で瞬きをした。

「………ルッチ?」

「男を煽るとどうなるか……。一度、身をもって知った方がいい。―――どうせ、お前は口で言っても分からねェしな」

彼女を見下ろしたまま呟いて、剥き出しの薄い肩に噛みついた。
耳元でノエルが息を詰める音が聞こえた。
まだ事態が呑み込めていないらしい彼女は『痛い!』と唸り、ルッチを引きはがそうとする。
ルッチは抵抗するノエルの手首を掴むと頭上で一纏めにして拘束する。
華奢な彼女の両手首は片手でもまだ余った。
動きを封じられたことで焦ったのか、今度は足をばたつかせて暴れる。
酔っているせいで普段の力の半分も出ていないが、煩わしい抵抗を止めるために手首を握る手に少し力を入れると引き攣ったように動きが止まった。

「やぁ!」

大人になっても成長の兆しを見せなかったほとんど平らな胸を服の上から掴むと、ノエルの口から悲鳴のような声が上がる。
首筋に舌を這わすと寒さか恐怖のせいか、ざらりとした感触がした。
鳥肌を立てているのだろう。

信頼していた『仲間』が急に自分を襲う『暴漢』に変わり、彼女はどんな気持ちだろうか。
自分が女なのだと………ルッチが男なのだと理解しただろうか。
今更理解したところで、すべてが手遅れだが。

「……ごめ……ごめんなさ………っ」

ルッチの耳に届いたのは小さな謝罪。
拒否の声でも怒りの声でもなく、何故、謝罪なのだろうか。
動きを止めてノエルを見ると、彼女は顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

「怒らないで………っ。ルッチ、こわいよぉ……っ」

子供の曲線を残す柔らかそうな頬を、大粒の涙がいくつも流れていく。
めったに涙を見せることのないノエルが、今は嗚咽を上げながらぐすぐすと鼻を鳴らして泣いていた。
その泣き方はどこから見ても幼い子供のようで、ルッチは動きを止めずにはいられない。
自分でも気づかぬ間に、彼女の手首を解放していた。

「ごめんなさい………っ。わ、わがまま言わないからっ……」

嗚咽に合わせて身体を震わせながら、ノエルはベッドに倒れたまま腕を伸ばす。
その手は迷いなくルッチの背中に回る。

目の前の少女が理解できなかった。
自分を凌辱しようとした相手に、どうして触れてくるのだろうか。

縋りつくようにルッチに抱き着いたノエルは、身体を震わせたまま告げた。


「………きらいにならないで………」


ひぐっと嗚咽交じりに告げられた言葉に呆気にとられる。
この状況でその言葉が出てくることがあるとは思わなかった。
それは間違っても、今この状況の中でノエルが言う言葉ではない。

ルッチに抱き着いたまま未だに『ごめんなさい』と嗚咽交じりの謝罪を繰り返すノエル。
彼女は自分が女だと思っていないわけでも、ルッチを男だと思っていないわけでもない。
この少女は信じがたいほどに子供なのだ。
だからこそ、ルッチの行動が自分に腹を立てての行動だと疑いもしない。
十七年という時が過ぎても、愚かなまでに子供なのだ。

泣き続けるノエルに、ルッチは深い溜息をつく。
すっかり興が削がれてしまった。
そもそも、こんな大泣きするようなガキに手を出すほど女に不自由しているわけでもない。

そのままノエルの隣にごろりと横になる。
ノエルはまだ飽きもせずに涙を流し、不安そうにルッチの出方を待っている。

「さっさと寝ろ」

ルッチの言葉にこくこくと首が千切れんばかりに頷き、すぐに瞼を閉じた。

どうせ、これだけ酔っていればノエルの記憶は明日には無くなっているだろう。
さっさと寝かしつけて煩わしさから解放されたい。
そうすれば、どうしてノエルに対してあれほどの苛立ちを感じたのかを考えなくてすむ。

舌打ちをすると、ノエルの瞼がそっと開く。
窺うようにこちらを見つめ、泣きそうなほどに顔を歪めて呟いた。


「きらいになった………?」


消え入りそうな声だが、ルッチの耳には確かに届いた。
ルッチはその言葉には答えず、ノエルの頭を掴むと自分の胸に引き寄せた。
こうすれば、この少女の馬鹿面を見なくてすむからだ。

引き寄せられたノエルの身体からは妙な緊張が消える。
すりっと甘えるように頭を擦り寄せるた後、しばらくして小さな寝息が聞こえてきた。

子供のお守りは予想以上に手間がかかるようだ。
再び溜息をつき、ルッチも瞼を閉じた。


※※※※※※


次の日。

「ラム酒を一気飲みしてからの記憶がないなぁ………」

二日酔いで痛む頭を堪えながら、ノエルはようやく乾いたツナギを手に半裸で立ち尽くしていた。

こんな格好をしていても小言が飛んでこないのは、ルッチが小屋の中にいないからだ。
昨日までの吹雪が嘘のように晴れ渡った空の中を、沸かしたお湯を手に車輪の氷を溶かしているはずだ。

ノエルは再び記憶を呼び覚まそうとするのだが、やはり何一つ思い出せなかった。
思い出せなくても、そこまでの弊害があるわけでもないので問題はないのだが………。


「………なんであたしの肩に歯形があるんだろう?」


自分の肩にくっきりと残った歯形を見つめて、不思議そうに首を傾げた。

12/01/09

1周年記念リクエスト作品。
あざみ様に捧げます。
雪山でルッチに襲ってもらいました。
襲うの意味がどっちかなーと思って(殺るor犯る)悩んだんですが、『飢餓』で殺る方はやってしまったんで犯るにさせていただきました。
流石に二回も殺りかけたら、諜報機関として怪しまれるだろうと思いまして。
殺る方の意味でしたら申し訳なかったです!
本編でのルッチのバイオレンス具合をもっと激しくしますのでお許しください!
リクエストありがとうございました。

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