短編 | ナノ
6月2日

「ルッチ〜!」


休憩に入った途端、大きな声でルッチの名前を呼びながら子犬のように駆けてくる子供。
ほんの三ヶ月ほど前、ガレーラカンパニーに入社した新人船大工のノエルだ。
アイスバークに拾われてガレーラカンパニーに入社したという異例の経歴を持つ子供は、持ち前の逞しさと人懐っこさから今ではすっかり1番ドックに溶け込んでいた。
人と距離をおくために腹話術で喋ると言う一風変わったことをしているルッチにも物怖じせずに話し掛けてくる。
まあ、今後の監視のためにも良好な関係を築くに越したことはない。


「あのさ、7月8日と8月7日って空いてる?」

息を弾ませながら小首を傾げて尋ねるノエル。
いったいその日がどうしたのかと思いながら、ルッチも自分の予定を思い浮かべる。

『8月の予定はまだ分からねェが、7月8日なら空いてるッポー』

「あ、よかった。じゃあ、ルッチとハットリも参加決定な!出来れば、8月7日も空けといて」


にこにこと楽しそうに笑って、ノエルは手にしたメモ帳に熱心に何かを書き込む。

何に参加をすると言うのだろうか。
普段ならば12歳の子供とは思えない落ち着いた言動をするノエルだが、テンションが上がると年相応の子供に戻ってしまう。
お陰でさっぱり事情が読めない。

メモ帳から視線を外し、ようやくルッチの疑問に気付いたらしい。
ノエルは慌ててメモ帳を閉じた。


「ごめん、説明不足だった。7月8日がパウリーの誕生日で、8月7日がカクの誕生日なんだ。だから、誕生会……ってほどじゃないけど、みんなで集まって騒ごうってことで」

人の誕生日なのに、まるで自分の誕生日かのように嬉しそうな顔で話すノエル。
誕生日だからといってなんで集まって騒ぐのかは分からないが、よくある話ではある。

「オレが幹事になったから、メンバー召集中。ルッチも参加してくれるだろ?」

『ああ』

本来のルッチならば面倒なことは即辞退するが、任務を円滑に運ぶためにはそれなりに付き合いもよくなければいけない。
適当に切り上げて帰ればいいだろう。
ルッチがそんなことを考えているとも知らず、ノエルは楽しそうに誕生会の計画を話している。


「あ、そうそう。ルッチの誕生日も聞こうと思ってたんだ。いつ?」

『知らん』


ルッチの言葉にノエルは、大きな目を更に丸くする。
きょとんとした表情でルッチを見上げた。


「えーっと、ウォーターセブンでは自分の生まれた日のことを誕生日っていうんだけど………」

『誕生日の意味は知ってるっポー』

首を傾げながら、誕生日の意味を説明し始めたノエルを止める。
どうしてそこまで思考が飛ぶのか。
しかし、それほどに自分の誕生日を知らないということが信じられなかったらしい。

「なんで知らないの!?」

『知らねェというよりは、覚えてねェな』

「覚えてない!?」

それは知らないよりも衝撃だったらしい。
しかし、誕生日などいちいち覚えていなくても困らないと思うが。
生まれた年だけ覚えていればどうにでもなる。


「覚えておこうよ、そこは!せめて何月なのかくらい!!」


唇を尖らせるノエルに、ルッチは少し記憶を辿る。



故郷にいた時からある時期になると、騒がしい狐が毒々しい色のケーキ(らしきもの)を片手に奇襲をかけてきていた。
嫌がらせだとばかり思っていたが、誕生日おめでとうだの何だの言っていた気がする。
それから………。


『6月2日は鬼畜豹記念日!!』

頭から(ルッチに投げつけられた)ケーキ(らしきもの)を被って声高に叫んだ狐に、嵐脚を喰らわせたのはいつのことだったか。



『6月2日………か?』

「疑問系!?でも、ルッチが記憶違いとかしないだろうから、6月2日だよな。………って、過ぎてるよ!?」


ほぼ記憶に頼って自分の誕生日を告げるルッチに、ノエルは頭を抱える。
梅雨も明け始めた今では、6月2日は既に過去だ。


「うあー!もっと前に聞けばよかった!!おめでとうも今更過ぎる〜!でも、おめでとう、ルッチ!!」


ノエルは悔しそうに地団駄を踏んでいたかと思うと、今度はルッチに向き直って笑顔で誕生日を祝う。
でも、やはり今更と思うのかまた眉間に皺が寄った。


「もっと早く聞けばよかったぁ……。当日にお祝いしたかったよ」

『別に祝うようなことでも―――』

「オレはしたいの。ルッチが生まれた日だから」


ルッチの言葉を遮り、ノエルが笑う。
何がめでたいのかはさっぱり分からないが、それでもノエルは嬉しそうだ。


「まあ、いいや。今年は出遅れた分は、来年、再来年ってこの先で返すから」

『この先………』

「そう!楽しみにしてろよ!!」


そう言ってルッチに指を突きつけ、ノエルは満面の笑みを浮かべた。

11/06/16

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