短編 | ナノ
好きな人

「んっ……」

肌寒さを感じて目が覚める。
眠気眼でもぞもぞとシーツを手繰り寄せてから、ノエルは隣にルッチがいないことに気付いた。
ガレーラカンパニーでは体温が低い代表者のような二人だが、それでも身を寄せ合っていればそれなりに温かいのだ。
暖を求めて視線を彷徨わせるが、どこにもルッチの姿がない。

「ルッチ……?」

もちろんながら、呼びかけても返事はなかった。
いったいどこに姿を消してしまっただろうか。
人肌もなく裸のままでいるのは寒いので、眠気眼を擦りながらベッドの下に落ちている服を拾う。
流石にツナギを着るのは面倒くさいので、タンクトップと下着だけをはいた。

「……寒っ……」

服を着たものの、着たものが着たものなので裸のままでいるのとあまり変わらない。
何か上に羽織るものはないかと探すが、綺麗に片付いた………というか、必要最低限のものしかないルッチの部屋には何もなかった。
ふぅっと小さな溜息をついて、温かいものでも飲もうとキッチンに向かう。


「あ、」


そこにルッチがいた。
部屋の電気もつけずに、月明かりの下で椅子に座っている。
手にはグラス。机の上には酒のボトル。
どうやら寝酒を楽しんでいたらしい。


「どうした」

「誰かさんがいなくなるから寝冷えしたの」

「それでその格好か?」

「この家、羽織るものがないんだよ。………なに飲んでるの?」


首を傾げて尋ねると、グラスを差し出された。
それを素直に受け取りながら、ちらりとボトルに視線を移すが、月の明かりだけではラベルは見えない。
何のお酒だろうと思いながら、グラスに口をつける。
特に警戒もせずにグラスを傾けた瞬間、喉が焼けつくような痛みに襲われた。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」


喉も食道も胃も、酒が流れ落ちるところ全てが熱い。
こんなものは酒というよりも、まるで火だ。
声もなく涙目になるノエルの手から、グラスが取り上げられた。
ルッチは喉を押さえて悶えるノエルを尻目にごく自然にグラスを煽る。


「…………なにそれ?」

「ウォッカだ」

「前にスピリッツ系は苦手だって言ったのに………」

「あったまっただろう」


くくっと喉の奥で嫌みったらしく笑い、ノエルの頭をあやすように叩くルッチ。
完全にバカにしている。

しかし、確かに身体はほかほかと温かくなってきた。
そりゃそうだ。
まさか度数が50度近くの酒だと思っていなかったため、結構な量を含んでしまったのである。
酒にはそれほど弱くもないが、さほど強くもないノエル。
しかも、寝起きに蒸留酒である。
身体も熱いが、頭の中まで熱くなってきた。


「うー………っ」


ふらふらとする身体を持て余しながら椅子に座る。
頬を机に当てると、冷やっこくて気持ちいい。
ちらりと視線を上げるが、ルッチはノエルを心配したようすもなく酒を飲んでいた。
本当にドS野郎である。


(………なんで、この人が好きかなぁ?)


今更とも言える問いかけを心の中でしながら、深々と溜息をついた。
机に両肘をついて顎を支え、ぼんやりとルッチを観察する。

美醜に関して言えば、整った顔立ちをしていると思う。
それこそ十人並みのノエルと比べれば、ルッチの方がよほど美形である。
腹話術でしゃべる変人ということを差し引いても、女性たちに人気があることも頷ける。
正直な話、外見だけならばルッチがノエルを選んだことの方が疑問だったりもする。
………まあ、そこは置いておいて。

グラスを煽って黙々と酒を飲むルッチは、顔色一つ変わらない。
あんなペースで飲んでいれば、ノエルならば即ダウンだろう。

「お酒、好きだね」

「……嫌いじゃない」

素直に好きだと言えばいいのに、ひねくれ男の答えは回りくどい。
それもそうか。
この男は、ノエルにすら好きと言ったことがないのだから。
けれど、その割にノエルにだけは執着を見せるのだから………本当に心の底から面倒くさい男である。


(でも、好きなんだよなぁ)


何処が?と問われると分からない。
甘い言葉をかけてもらったことも、甘やかしてもらったこともない。
それどころか、こんな関係になってからは今までよりも扱いがひどくなった。

それでも………。


「どうかしたか?」

訝しげな視線。
その視線に、自分がどれだけ不躾にルッチを眺め回していたかと言うことに気付いた。


「な、何でもない!」


それだけを告げて、椅子から立ち上がって寝室に向かう………向かおうとした。
光源が月明かりだけということと酒が入って注意力が散漫だということが、ノエルの太腿を机の角にぶつけさせた。

「痛っ!………うわっ!?」

痛みで思わず後退したところ、足を縺れさせて後ろに倒れそうになる。
襲ってくるであろう衝撃に構えて目を瞑ったところで、手首をぐいっと引かれた。
更にバランスを崩したノエルは、今度は前のめりに倒れた。
けれど、衝撃はさほどなかった。

「何を遊んでる」

目を開けると、すぐ傍にルッチの顔。
どうやら転びそうになったところをルッチに助けてもらったらしい。

「どうして酒が入るとそうなるんだ」

「あたしが聞きたいよ……」

どうも酒を飲むとバランス能力が怪しくなる。
それこそ、芸術方面に思考が傾いている時と同じくらいの危うさだ。
酒を飲んで芸術方面のことでも考えたら、そのままぶっ倒れてしまうのではないだろうか。

そんなことを考えつつ、立ち上がろうとするノエル。
が、ルッチが腰に手を回したままなので立ち上がれない。


「ルッチ?」

「また転ぶ気だろう」

「いや、好きで転んでるわけじゃなくて……」


ノエルの言葉を最後まで聞かずに、立ち上がるルッチ。
もちろん、ノエルを抱えたままだ。


「ちょ、ルッチ!?」


まるで荷物のように肩に担がれて、ばたばたと手足を振り回す。
どうやら目指す先は寝室のようだ。
ノエルが歩いて寝室まで辿り着けないと思って運んでくれているようだが、何も担がなくてもいいのではないだろうか。
お姫様抱っことまでは言わないが、もう少し他の運び方があるだろうに。

「わっ!」

寝室まで辿り着くと、乱暴にベッドに落とされる。
変な揺れ方をしたせいで、更に酒が回ってしまったのか頭がぐらぐらした。
ベッドに落とされたままの態勢で寝転がり、痛む頭を押さえる。
ふと気配を感じて顔を上げると、ルッチが羽織っていたシャツを脱いでいるところだった。

「る、ルッチ!ストップ!!」

今日はもう無理だ。
少量とは言え酒も入っているし、明日も仕事だ。
いくら明日はあまり急ぎの仕事が入っていないと言え、今からでは色々とキツイ。
あわあわしながら否定の言葉を紡ぐノエルの頭に、ばさりとシャツが被せられた。


「…………へ?」

「寒いならそれを着とけ」


唖然としているノエルにそれだけを告げて、さっさとベッドに横になる半裸のルッチ。
どうやら寒いと言っていたノエルの言葉を覚えていてくれたらしい。


「あ、ありがとー」


礼を言ってシャツを着込み、同じようにルッチの隣に寝転がる。
特に何も会話をするつもりもないのか既に目を閉じているルッチに、ノエルはなんと言っていいのか分からずに彼の顔を見つめるしかない。
彼は寒くないのだろうかと心配するが、寒空の下でタンクトップ一枚でも風邪を引かない男だ。
もうあと少しで春を迎えるこの時期ならば、寒くはないだろう。
それでも、勘違いしてしまったとは言え、先ほどの態度といい申し訳なさすぎる。

少しでも彼が暖かくなるようにとルッチに身を寄せた。
まあ、体温が低いノエルが張り付いたところでさほど暖かいとも思えないのだが。
もぞもぞと動くノエルが気になったのか、ルッチが目を開ける。


「……………誘ってるのか」


耳元での低い囁き。
ノエルの身体に一瞬で熱が灯る。


「ち、違うよっ」


真っ赤な顔で否定をして、ルッチに背を向けた。
くくっとバカにしたような笑いを零し、ルッチが背後からノエルの身体を抱き締める。
その腕の中で目を閉じながら、ノエルは小さな溜息をついた。


(やっぱり、好きなんだよなぁ)

11/02/20



1周年記念リクエスト作品。
サイ様に捧げます。
ごめんなさい、彫刻家があんまりたじたじおろおろしませんでした……。
でも、甘々要素は頑張って入れました!!
あ、甘々ですよね?
リクエストありがとうございました。

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