ハンドクリーム
「ノエルからいい匂いがする」
休憩中。
唐突に呟いたカクは、くんくんとノエルの周辺の匂いを嗅ぎ出した。
「え、そう?」
「なんじゃろ?甘い香りが………」
そう言ったカクが掴んだのはノエルの小さな手。
その手を鼻に持っていくと、ようやく納得したように笑顔を浮かべた。
「これじゃな。花の香りかのう?」
「ああ、手ね。カリファが選んでくれたハンドクリームの香りだよ。薔薇の香りなんだ」
「ハンドクリーム?」
ノエルの言葉に反応したのはパウリーだ。
パウリーの疑問に答えるように、ノエルがポーチの中から取り出したのは小さなチューブだ。
「冬は保湿しないとすぐしもやけになっちゃうから。指が腫れて彫刻刀もうまく握れなくなるし、死活問題なんだよなぁ」
「そりゃ分かったが、なんでカリファだ?」
「甘いな、パウリー。ハンドクリームってめちゃめちゃ種類があるんだよ。蜂蜜だの、シアバターだの、カタツムリだの、もはや何に効くのかよく分からん成分が書かれた商品が山ほど。その中から一つ選ぶのって頭ぐるぐるする………」
言いながら、ノエルの表情はどんどん沈んでいく。
年頃の少女ならばそういった物を喜んで選ぶのだろうが、男ばかりの船大工に囲まれて育ったノエルは女子が好みそうな物が苦手だ。
売り場で困惑しているノエルの姿が容易に思い浮かぶ。
「そういうわけで、カリファにオススメを選んでもらってるんだ」
はぁと溜息混じりに呟いて、チューブの口を手の甲に近付けるノエル。
そして、チューブの中身をぶちまけた。
「げっ!」
「ハンドクリームってのは、たくさん塗るんだなァッ!」
「………塗りすぎじゃねェか?」
「こんな塗るか!出し過ぎたんだよっ!!」
ノエルの手の甲には、白いクリームがこんもりと山を作っている。
勢い余ってチューブを強く押しすぎたらしい。
「あー……もったいなー。みんな、ちょっとずつもらってね」
そう言って手の甲からクリームを適量に掬い、カク、パウリー、ルッチ、ルル、タイルストンの手のひらに乗せていく。
パウリーなどは『そんなもんつけねェよ!』と抵抗したが、問答無用である。
「ほー、これがハンドクリームか」
「なんでこんな女子供がするようなのを………」
『思ったよりべたべたしてねェな』
「なんか面白いのう」
「いい匂いだなァッ!!」
「よく伸ばしてね。ちなみに濡れても落ちない優れものだよ」
休憩室では熱心にハンドクリームを塗り込む職長たちの姿があった。
その後、
「なんか今日のパウリー職長、甘い匂いがするんだけど………」
「え!?カクさんもしたぞ」
「つーか、職長全員からフローラルな香りが漂ってねェか?」
船大工たちから訝しげな視線を送られる職長たちだった。
12/02/16