黒猫と魔女
ロブ・ルッチという人物は、私生活では食事をすることすら面倒だと思うような男だが、仕事となると打って変わって真面目に取り組む。
まあ、1番ドックの船大工に不真面目な人間などいないに等しいが、それでもルッチは真面目だと言える。
つまり、船大工としての仕事だけではなく、ガレーラカンパニーの名の下に行われること全てに対して不平不満も言わずに従うのである。
だから、ハロウィンの今日。
黒猫の仮装をしたルッチが猫耳に猫尻尾をつけていても、何ら不思議なことではないのだ。
「いやいや、やっぱり突っ込みどころはたくさんあるだろ」
『何をぶつぶつ言ってるッポー』
猫耳をつけたルッチを遠い目で見つめながら小さな声で独り言を呟くノエルに、ルッチが怪訝そうに首を傾げる。
細身の黒いズボンに、同じく真っ黒なタンクトップ。
そして、耳にはカチューシャ型の黒い猫耳。ズボンに縫い付けられた黒い尻尾。
似合ってないこともないが、普段の彼を知るだけにギャップが大きすぎる。
「なんで猫の仮装にしたの?」
『ハロウィンのことを今朝まで忘れてた。さっき衣装を借りに行ったんだが、これしかなかったッポー』
「それを素直に着るところがルッチらしいよね………」
もし、それを見つけたのがパウリーだったら、絶対に拒否して自分で仮装を探しに行っただろう。
まじめに着てしまうところがとてもルッチらしいというか……。
『お前も人のこと言えねェだろう』
「えへへ、どう?」
そう言って、パウリーの前で回ったようにルッチの前でもくるりと回って見せた。
ちょっと気恥ずかしいが、別人になれたみたいでなかなか楽しい。
『似合わん』
切り捨てるように言って、背を向けるルッチ。
少し浮かれていたノエルの胸にその言葉はぐっさりと刺さった。
普段、こんな可愛らしいスカートをはいたりしない。
男の子のような自分に似合わないのは良く分かっているから。
でも、カツラも被って別人みたいになったから少しは似合うんじゃないのかなと思っていたけど、完全に自惚れだったわけだ。
「………似合わないなんて分かってるもん」
ルッチには聞こえないように呟くノエルの肩にハットリが止まる。
クルクルと鳴いて頬にすり寄るハットリは、どうやら慰めてくれているらしい。
大丈夫だよ、という意味を込めてノエルもハットリに頬をすり寄せる。
気を取り直して先を歩いていたルッチの後を追いかけようとすると、ルッチが急に振り返った。
「あ!?」
グイッとツインテールの一方を引っ張ったので、金色のカツラはルッチの手の中に。
ノエルの青色の髪が露わになってしまった。
「ちょ、ルッチ!何するんだよ!?」
わたわたとルッチの手の中にあるカツラを奪おうとする。
こんな癖っ毛で男の子みたいな髪にこの可愛らしいスカートは絶対に似合わない。
っていうか、これじゃあこんな格好をしているのがノエルだとみんなにばれてしまう。
仮装ならまだしも、素の自分でこんな格好は恥ずかしくて出来ない。
慌てふためくノエルに対し、ルッチはむかつくほどに冷静だった。
『そっちの方がお前らしい』
ノエルの頭をぽんと撫で、カツラをそこら辺に投げ捨てるルッチ。
そのまま呆然としているノエルを置いて行ってしまった。
「………本当にルッチって分り難い」
投げ捨てられたカツラを見つめて溜息をついた。
その顔は本人は気付いていないだろうが、晴れ晴れとした笑顔だった。
13/01/14