短編 | ナノ
夏のある日

ミーンミンミンミン……。

セミの大合唱が聞こえてくる夏本番の1番ドック。
暑さは限界を超え、流れ落ちる汗の量は尋常ではない。
地面からは陽炎が立ち上り、水の都と言えど暑いことには変わりない。
炎天下の中で作業をしている船大工たちは尚更だ。

じりじりと肌を焼く太陽。
ゆらゆらと立ち上る陽炎。
ミンミンと鳴き続けるセミ。


「ミンミンミンミンうるっせぇぇぇっ!!焼き殺すぞ、セミィっ!!」


ついにパウリーがキレた。
流石なのは休憩時間を告げる鐘の音が聞こえてから叫んだということだ。
どんなに暑くても仕事中は不平不満を言わない。
伊達に1番ドックをまとめる職長ではないのだ。

「パウリー、セミに当たらないの。一週間の命なんだから広い心で許してあげなよ」

「バカ野郎っ!一週間とかいうけどな、こいつら土の中で七年も生きてんだぞ!!ハムスターよりも長生きなのに文句は言わせねェ!!」

なだめるノエルに激昂するパウリー。
言いたいことは分かるが、言ってることは無茶苦茶だ。
かなり暑さにやられているらしい。

「パウリーは夏に弱いのう」

カクの言う通り、夏のパウリーはいつにも増して不機嫌だ。
理由は暑いだけではなく……。

「今日はタイルストン、家族でプールなんだって。あたしたちもお昼休みにちょっと顔出さない?」

「そんなハレンチなところに行けるかぁっ!!」

こっちの病気の方が深刻だった。
本日、有給をとって家族サービスに務めるタイルストンの話題に激しい拒絶反応を示すパウリー。
夏になると薄着(パウリーに言わせるとハレンチな服装)の女性が増えるので、ハレンチ病が深刻さを増すのだ。
酷い時など目隠しをしてノエルに手を引かれながら歩くという体たらくである。

「早く冬になってくれ……」

「夏真っ盛りになに言ってんだ」

力なく項垂れるパウリーを、ルルが呆れた様子で見つめる。

「あたしは夏の方がいいけどなー。冬も好きだけど、夏の方が過ごしやすいから」

「ノエルは暑いより、寒い方が苦手じゃからな」

「うん。………だからと言って別に暑いのが平気なわけじゃないから、いい加減に離れてくれないかな、カク?」

頬に引っ付いていたカクの顔をぶにゅっと押しのける無表情のノエル。
休憩時間に入ってから、カクはずっとノエルの背中に抱き着いて頬を引っ付けていたのだ。

「なんだ、好きで引っ付けてたんじゃないのか」

「この暑いのに冗談じゃないよ。っていうか、カクは暑くないの?」

押しのけられながらも諦めずにノエルに抱き着いているカクを、誰もが胡乱な目で見つめる。
見ているだけで自分まで暑くなる光景だ。

「ノエルは体温が低いからひんやりして気持ちいんじゃ」

何故カクが得意気なのだろうかと思いながらも、幸せそうなカクに釣られてノエルの腕に手を伸ばすパウリーとルル。
確かに彼女の肌は、夏の人間の体温とは思えないくらいにひんやりとしていた。

「本当だな」

「病気じゃねェだろうな」

素直に驚くルルに、心配そうなパウリー。
そういえば冬のノエルは氷かと疑うような冷たさだ。

「病気じゃないよ」

苦笑いを浮かべたノエルは、パウリーの言葉を即座に否定する。

本人曰わく、成長期にちゃんとした栄養がとれなかったせいで体温が上がりにくくなっているのではないかということらしい。
伯父夫婦に受けた仕打ちは、今も彼女の成長を阻害しているようだ。
一度だけ見たことのあるノエルの伯父の顔を思い出してムカムカと腹を立てていると、

「っていうか、暑いから離れろーっ!!」

抱き着かれたり、二の腕をぺたぺた触られていたノエルがついにキレた。
カクを振り払い、ルルとパウリーの手を叩き落とす。

「体温が低くても暑いもんは暑いの!ルッチ以外はあたしに触るなっ!!」

そう言って、ずっと我関せずとばかりに立っていたルッチの腕にしがみついてパウリーたちを睨みつけた。
真夏に男三人に引っ付かれて暑くない方がおかしい。
しかし、暑いと言った直後にどうしてルッチにしがみつくのだろうか。

「なんでルッチはいいんだよ?」

パウリーの質問に明後日の方向に視線を逸らすノエル。
この態度を見ると、ルッチだけがノエルに引っ付かなかったからということが理由ではなさそうだ。

「…………ルッチ、冷たくて気持ちいんだよね」

『クルッポー』

ノエルよりも体温が低い男、ルッチ。
どうりで、夏になると普段よりもルッチに引っ付いている率が高いと思った。


『ノエルは俺の身体目当てだったッポー』

「なんかその言い方、人聞きが悪くない?」


ぺたりとルッチに引っ付きながら、ノエルは小首を傾げる。
そんな二人を羨ましそうに見つめるのは、ノエルに触るなと拒否されたカクだ。
いや、羨ましそうと言うか恨めしそうだ。

「ルッチだけってずるいじゃろ」

「だって、カクって特に暑いし……。っていうか、カクもルッチに引っ付けばいいのに。あたしよりひんやりだよ」

「はぁっ!?」

「ルッチじゃダメなの?」

「いや、そ、それはじゃの……」

ノエルの提案に微妙な顔をするカク。
そりゃ、成人男性が成人男性に引っ付けるはずがない。
そもそも小さくて抱き心地のいいノエルだから抱き着きたいのであり、何が悲しくてルッチに引っ付かなければいけないのだろうか。
けれど、カクは涼を求めていると思っているノエルはより体温の低いルッチを薦めてくる。

「そうだ、そうだ。お前はルッチにでも抱き着いてろ」

「パウリー、面白がっとるじゃろ!」

けらけらと笑うパウリーに、カクはムッとしたように唇を尖らせる。
ルルも面白がってカクを見ている。
ルッチはいつも通りの無表情なので何を考えているのか分からない。

「じゃあ、パウリーが抱き着いたらいいよ」

「へ?」

大笑いしているパウリーの背中を笑顔で押すノエル。
思ってもいなかったことにバランスを崩したパウリーは、前方に向かって勢い良く倒れる。
その先にはルッチがいて………。


その日、船大工たちの休憩時間に差し入れを渡そうと出待ちしていた女性ファンの黄色い悲鳴が、1番ドック前の広場を襲ったのであった。

10/08/11



多分、彫刻家は暑い中を熱い手でベタベタ触られて軽くイラッとしてたんだと思います。

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