雪女とフランケン
「ちょっと、パンダ………じゃなくて、長官!この仮装めっちゃ可愛くないですか!?」
長官室の扉をノックもなしに蹴り開けたのは、いつもの如くアイリスだ。
「だから、なんでパンダって言うんだよっ!もう、その枕詞付けなくてもよくない!?」
「いや、お前の呼び方とかどうでもいいから。あたしが可愛いかって聞いてんだよ」
絶対零度の視線を向けられ、スパンダムは慌ててアイリスを見つめる。
確かに、その姿はいつもとは違った。
燃えるような赤髪は、白髪というよりは銀に近い色に染まっていた。
そして、腹出し腿出しの勝手なアレンジを加えた派手な着物ではなく、ワノ国通りの真っ白な着物を着ている。
いつもの派手さはなく、控え目な印象を与える姿だった。
………今現在、スパンダムの胸倉さえ掴んでいなければ。
「え、なに、髪の毛染めちまったのか!?」
「染めませんよ。んなことしたら、あたしのキューティクルヘアが傷むじゃないですか。ヅラです、ヅラ。長官が将来的にお世話になるアレですよ」
「ならねェよ!」
「………あと、二年ぐらい」
「具体的な数字を出すな!―――つーか、それハロウィンの仮装なのか?」
「そうですよ。ワノ国のオバケで『雪女』って言うんです。何でも自分好みの男を手当たり次第に氷漬けにしてコレクションするオバケだとか」
「怖っ!?」
「でも、綺麗でしょ?」
その場でくるりと回るアイリス。
性格はどうあれ、見た目は群を抜いているアイリスは惚れた欲目だけではなく綺麗だ。
いつもの露出の高い着物もいいが、ちゃんとした着物姿もなかなかいい。
そこまで考えて、ふと思い出した。
二、三日前に残念な仮装を自信満々に見せに来たが、あれはどうなったのだろうか。
「そういや、あのシーツはどうなったんだ?」
「なんか知らんけど気が付くと、ズタズタになってたんですよ。そしたら、ジャブラがこの仮装にしとけって………。あのシーツもかなりいい出来栄えだったんで、惜しかったけど」
残念そうに呟くアイリスは、本気であの痛々しい仮装を気に入っていたらしい。
いつものことだが、彼女の思考は本当に謎だ。
「ってことで、ハロウィン当日はあたしのために大量のお菓子を用意しといてくださいね」
「分かった、分かった。なんか食べたいのとかあんのか?」
「山吹色のお菓子がいいです」
「結局、金かよっ!?」
どこぞの悪代官のような台詞でにやりと悪人面で笑みを浮かべるアイリスに突っ込みを入れる。
けれど、用意しとかないとシャレにならない悪戯を仕掛けてくるのは間違いない。
どう対処すべきかと考えていると、滑らかな指先がそっと頬に触れた。
俯いていた顔を上げさせられると、目の前にはアイリスの綺麗な笑顔。
「長官もお似合いですよ、そのフランケンシュタインの仮装」
細くたおやかな指先がスパンダムの頬を緩やかになぞる。
その感触に思わず相好を崩しそうになるスパンダムだが、重大なことに気付いた。
「フランケンシュタインって何!?完璧に顔のことだよな!?つーか、俺が仮装してないの分かってて言ってるだろっ!!」
「あら、やだ。その顔は素でしたね。それじゃあ………本番はワノ国の妖怪、首が伸びる『ろくろ首』とかどうですか?首を伸ばすの手伝いますよ」
腕まくりをしながら、んふふと楽しげに笑うアイリスは今日も変わらずにスパンダムを凍りつかせるのに充分だった。
11/10/17