短編 | ナノ
悲しみの行方

私の仕事は、処刑された犯罪者たちの家族に遺品を渡すことだった。

憎むべき犯罪者といえど家族もいる。
犯罪者の遺体を引き渡すことは出来ないが、それでもせめて遺品だけでも渡したい。
人々の心の中にある犯罪者への僅かな憐れみが、私の仕事を生んだ。
仕事内容は公に出来るものではないので、私はインペルダウンで雑用として働きながら、犯罪者が処刑された時だけ本来の仕事をこなした。

ある家族は私を罵倒し、またある家族は泣き崩れ、ある家族は遺品を受け取ることを拒否した。
それでも私は処刑された者たちの遺品を届け続けた。
それが、私の仕事だったからだ。


ある日、稀代の彫刻家と呼ばれていた世界的にも有名な彫刻家が処刑された。
罪状は海賊王ゴールド・ロジャーの彫像を造ったというものだ。
なぜ彼がそんなことをしたのかは分からない。
インペルダウンの地下2階で何度か遠目に姿を見たことがあったが、わざわざそんなものを造って何かを訴えるほど反骨精神の強い人間には見えなかった。
むしろ、穏やかで優しげな顔立ちはインペルダウンにいることにひどく違和感を受けた。

彼の処刑に、私は僅かに疑問を抱いていた。
海賊王の彫像を造ったのは、処刑までしなければいけないほどの罪なのだろうかと。
その昔、海賊王の船を造った罪で裁かれた一人の船大工のようだと思った。

船を造ったこと。彫像を造ったこと。
それは命を奪われなければいけないほどの大罪なのだろうかと。

そのせいだろうか。
遺品だけしか届けることが出来ない自分に負い目を感じていたのは………。



※※※※※※



彫刻家の家族がいるという家は、汚い裏路地の先にあった。
徐々に復興しつつあるこの島の膿みが溜まったかのような場所に眉を顰めながら、家の戸を叩いた。
返事がないので留守なのだろうかと訝しく思いながら、何度か戸を叩いていると中から怒鳴り声が聞こえた。
しつこかっただろうかと戸を叩くのを止めると、ゆっくりと戸が開いた。

「待たせてごめんなさい」

家の中から出てきたのは、件の彫刻家によく似た青色の髪をした子供だった。
サイズが大きすぎる薄汚れた服を着ているせいで、薄い肩がむき出しなっている。
確か彫刻家の家族は娘だったはずだが、何故か男物の服を着ている上に短い髪をしているので少年かと見紛う。
貧相で見るからに哀れなこの子供が、彫刻家の家族で間違いないはずだ。

「リューグ・ノエルか?」

私の問い掛けに子供は素直に頷く。
何処にでもいそうな平凡な顔立ちは父親には似ていないようだが、鮮やかな青色の髪が彼らの親子関係を証明している。

「お前の父親が………」

「ちょっと待って」

私の言葉が終わらないうちに、子供が口を挟む。

「ここで父ちゃんの話をすると、伯父さんの耳に入る。場所を変えてもらってもいい?」

そう言って家から出た子供は私を追い越して先を歩く。
私は慌てて子供の後を着いて行った。

淡々とした様子の子供だが、少女は父親が処刑されたことを知っているのだろうか。
犯罪者となった稀代の彫刻家が処刑されたというニュースは新聞の一面に掲載された。
しかも、ここは彼の生まれ故郷でもあるのだから、話題に上がらないはずがない。
それでも、少女の様子は肉親を………父親を亡くしたばかりの子供には思えなかった。


しばらく歩いた子供は足を止めると、申し訳なさそうに私を振り返った。

「ごめんな、こんなとこまで歩かせて。伯父さん、父ちゃんの話が出ると機嫌が悪くなるから」

先ほどの怒鳴り声はどうやら少女の伯父のものだったらしい。
私はインペルダウンを出る前に見た彫刻家に関する資料を思い出す。
彫刻家の亡くなった妻には身寄りがなかったので、少女がいう伯父というのは彫刻家の兄のはずだ。
それなのに、機嫌が悪くなるとはどういうことなのだろうか。

疑問を抱いたものの、そんなことよりも職務が大事だ。
私は再び少女の顔を見つめた。

「リューグ・エストが処刑されたことは知っているな」

感情を籠めないよう淡々と言葉を紡ぐ。
我ながら冷たい物言いだとは思うが、わざわざ回りくどい言い方をするつもりはない。

「うん、知ってる」

少女は私の目を逸らさずに見つめ、首を縦に動かした。

「この島でそのことを知らない人はいないよ」

そう告げる少女の目には、どこにも悲しみが見当たらない。
だからと言って、他の犯罪者の家族のように怯えも憎しみも何もなかった。
ただ事実をありのままに受け止めていた。

「どうかした?」

不思議そうに尋ねられ、少女を凝視していたことに気付く。

遺族との深い接触は禁止されている。
遺品を返して帰ればいい。
今までもそうしてきた。
それなのにどうして私は………。

「何故、平気でいられる?」

気が付くと、少女に尋ねていた。

「父親を憎んでいたのか?」

犯罪者となった者を憎む家族は少なくない。
置きに行った遺品を突き返されるのもまたよくあることだ。
けれど、少女は私の質問に大きな目を更にまん丸にさせて私を見上げた。

「何でオレが父ちゃんを憎むの?」

「憎んでいないのか?」

「だから、どうして憎まなきゃいけないの?オレは誰よりも父ちゃんを愛してるし、尊敬してる。憎む理由がない」

少女の瞳には嘘がなかった。
本当に父親を愛しているのだろう。

少女の腕や足に紫に変色した痣が残っている。
おそらく父の話を嫌うという伯父から虐待を受けているのだろう。
父親が犯罪者であるばかりに。

「父親が犯罪者じゃなければそんな目には遭わなかっただろう」

私が思わず漏らした言葉に、少女は私の目を真っ直ぐと見つめる。
憎しみも悲しみも憂いもない透明で、こちらが息を詰めるほどに真っ直ぐな瞳だった。


「……………美しいものを美しいと言えない世界は正しい?」


「え?」


「オレの父親は偉大で美しいものを彫刻しただけだよ」


それは………それは犯罪なのだろうか?
いや、政府がそれを悪だと見なしたのだから、少女の父親は間違いなく悪なのだ。
悪である海賊王の彫像を作り、人々の心を惑わした。
………人々の心を惑わすほどに、その彫像は美しかったのだ。


「で、用件はそれだけ?」

今日、リューグ・エストが処刑される前、彼の目の前で破壊された彫刻を思い出していた私は少女の声で我に返る。


そうだ。
私は別に少女と話をするために来たわけではない。
ただ仕事を果たしに来ただけだ。


「これを」


少女の小さな手を取り、その上に彼の遺品を乗せる。
このようなものをどうして持っていられたのかは知らない。
けれど、たった一つの彼の遺品だ。

その品に覚えがあったのだろう。
少女が目を瞠る。
小さな手のひらの上には、使い込まれた小刀。


「…………ありがとう」


どうして、私がこれを持っているのか。
どうして、これを彼女に渡したのか。

聞きたいことはあっただろうに少女は何も聞かず、私に礼を言った。
小刀を大事そうに小さな手に握り締めて。
そうして、幸せそうに微笑んだ。

これで私の仕事は終わった。
少女に背を向けてその場から去ろうとしたが、私は足を止めて振り返った。


「悲しくはないのか?」


不思議だった。
少女は間違いなく父親を愛している。
その父親が処刑されたというのに、少女は全く悲しむ様子がなかった。
私の質問に少女は困ったように眉を寄せるだけで何かを答える様子はなかった。

私は唇を引き結び、再び少女に背を向ける。
どうしてこんな質問をしたのか、自分自身も分からなかった。


「悲しいし、辛いけど………泣いても父ちゃんは帰ってこないから」


背後から聞こえた小さな声。
それから、ぱたぱたと離れていく小さな足音。


泣いても何も変わりはしない。
それは確かなことだ。
泣いて何かが変わるならば、彼女の父親が死ぬことはなかっただろう。
少女の言葉は間違っていない。
けれど…………。


それでは彼女の悲しみは何処に行くのだろうか。

11/04/02



ワンピキャラなんて出てきませんよ。
だから、JUNKなんですよ!!

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