短編 | ナノ
言い訳2

先ほどのハンバーグがあった場所に戻ると(何も全て口から出任せなわけではない)ノエルの姿は既になかった。
代わりにシルクハットを被り、肩にハトを乗せている男の姿を見つけた。

「ルッチ、ノエルはどこ行った?」

あの生まれたての子鹿のようなノエルをほっぽりだして酒を飲んでいる男に眉を寄せる。
ルッチはパウリーの苛立ちを気にした様子もない。

『どこぞの男に着いていったな』

「ああ!?」

平然とした顔で(いつものことだが)告げられた言葉に唖然とする。
どこぞの男に着いていったということは、ルッチはノエルがその男と何処かに行くのを黙って見ていたということだ。
それが信じられなかった。

船大工たちに囲まれて育ったノエルは、男に対しての危機感というものを欠片も持っていない。
ガレーラカンパニーではマスコット的な存在としてお姫さまのように可愛がられているために、男の欲望や汚さというものが全く分かっていないのだ。
世間の男と船大工たちは違うのだとカクを始めとして全員が言い聞かせているが、やはりどうもよく理解していない。
そんなノエルを、放置するとはいったいルッチはどういうつもりなのか。

「なに考えてんだ、てめェ!?ノエルに何かあったら―――」

『ノエルはもうガキじゃねェ』

「あ……?」

『お前がどう思いたいのかは知らねェが、あいつはお前よりも利口だ』

「利口って……。そりゃ、あの年頃のガキにしちゃしっかりしてるとは思うけどよ……」

『あいつは自分の行動に責任を持てるし、その際に生じた結果も受け止められる。だから、軽はずみな事はしねェ』

否定の言葉は出なかった。
脳天気な言動のせいで何も考えていなさそうに見えるノエルだが、実際はとても思慮深い。
そこに慎重が付かないのは、結果が見えていても引けないという頑固な性格のせいである。
軽はずみな行動という意味ならば、パウリーの方がよほど危なっかしい。
更に言えば、アイスバーグの名が全面に出ている今日のような夜会の場所で問題を起こすようなことは皆無だろう。

「………そうかもしれねェが、やっぱりアイツはまだガキだ。なんかありそうなら放っておく訳にはいかねェよ」

妙に言い訳じみていると自分でも思う。
けれど、これはパウリーだけの意見ではない。
カクたちもこの場に入れば、パウリーと同じことを言ったはずだ。

ルッチが笑う。
表情自体は変わらないが、長年の付き合いだ。空気で分かる。


『ガキだと思ってりゃ安心か?』


吐き出された言葉に息が詰まる。
全てを見透かされた気がした。

『そうやって死ぬまで自分に言い訳してろ』

言い捨てて背を向けるルッチ。
『なんだと、てめェ!?』と喉元まで出掛かった台詞を呑み込んだ。
それこそ言い訳しか出てこなさそうだった。
結局、パウリーは何も言い返せないまま離れて行くルッチの背中を見送った。

分かっている。
言い返せないのも腹が立つのも、全てはルッチの言葉が図星だからだ。

小さな舌打ちをしてから顔を上げて周囲を見渡すが、ノエルの姿はどこにも見当たらない。
当たり前だ。
あの小柄な少女をこの人混みの中から見つけるのは至難の業だ。
探してみようかと歩みかけて、パウリーは自虐的な笑みを浮かべた。

ルッチの言う通り、彼女が危ない目に合うようなことはないだろう。
確かにノエルは男の怖さを分かっていないが、それでも船大工以外の男にはそこまで不用意な態度はとらない。
それに、この夜会にそこまで質の悪い人間がいるとは思えない。

何より本気で心配するほど、彼女は浅はかな子供ではなかった。

スーツのポケットに手を突っ込んで、喧騒から離れるように会場を後にする。
どこかに行こうなどと言う明確な意思はない。
ただ少し、頭を冷やしたかった。

会場から離れたところで癖のように胸ポケットを探る。
けれど、いつもの作業着ではないスーツの胸元には探していた葉巻はない。
禁煙だということで全て家に置いてきたのを忘れていた。
吸えないと思うとますます苛立ちが募る。

がりがりと乱暴に頭を掻きながら顔を上げると、


「ノエル……?」


探していた少女の姿があった。

噴水の縁に座って足を投げ出しているが、何故かピンヒールは地面に転がっている。
ぼんやりと宙を見つめている表情に、どきりと心臓が鳴る。
普段はころころ変わる表情で気付かないが、表情を消した時のノエルは驚くほど大人びて見える。
それこそ……子供だと言い訳できないほどに。


「あれ、パウリー。どうしたのー?」

立ち尽くしているパウリーに気付いたらしい。
ノエルは笑顔を浮かべ、ひらひらとこちらに向かって手を振った。
途端に纏う雰囲気が子供に戻ってしまったノエルにどこかで安堵する。


『ガキだと思ってりゃ安心か?』

ルッチの言葉が耳に蘇るが、それを振り払って何事もなかったようにノエルに近付いた。
確か男に着いていったとルッチは言っていたが、どうしてこんなところに一人でいるのだろうか。


「こんなとこで何やってんだ?」

「いやぁ……慣れないことはするもんじゃないなと反省中」

あはっ、といつもよりも乾いた笑みを浮かべるノエルに眉を寄せる。
どういう意味かと聞き返そうとしたところでノエルの足が目に入った。
恐らく慣れない靴をはいて肉刺が出来たのだろう。
小指には血が滲んでいた。

「まさか履いてから一時間もしないうちに肉刺が出来て潰れるなんて……。世の女性たちを尊敬したよ。こんなもん履けるなんてすげーな」

淡々と語るノエルだが、肉刺が爆ぜた跡は見ているだけで痛そうだ。
それに我慢強いノエルは大抵の痛みなら耐え抜く。
会場を抜け出し、靴を脱いで座り込んでいるということはかなり痛いのだろう。

「あほ!慣れねェ格好なんかするんじゃねェよ!!」

「うん、ごめんな」

パウリーがスーツのネクタイを緩めながら怒鳴ると、ノエルは目を伏せて謝った。
なんでそんな殊勝な態度を取るのかと訝しく思いながらノエルの傷付いた足を取る。

「ちょ、パウリー!?」

「いいから動くな」

慌てるノエルにぴしゃりと言い放ち、噴水の水を汲んで足にかけた。

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

ぎゅっと口を引き結び、爪先を丸めて痛みを堪えるノエル。
やはり相当痛いらしい。
パウリーは緩めたネクタイを解くと、それを包帯代わりにノエルの足を包んだ。
ノエルが『何してるの』だの『勿体ない』だの言っているが無視する。
ネクタイ如き、どうなろうが問題ない。

「ありがと……」

手当てというほどでもない応急処置が終わると、ノエルが小声で礼を言った。

「ネクタイごめんね。あたしが無理して似合いもしない格好なんかしたから……」

誰も『似合いもしない』などとは言ってない。
どうしてこうもネガティブな方向に物事を考えるのか。
そう思いながらも、自分の態度がそうさせてしまったのだと気付く。
服装どころかハンバーグのことにしか触れなくて、慣れない格好をするなとまで言った。
そりゃ、落ち込むなという方が無理なのかもしれない。

カクのように素直にノエルのことを褒めることは性格上、どうしても出来ない。
そんなものはギャンブルを止めろといわれることと同義語だ。
けれど、ルルの言葉を思い出して気力を振り絞る。


「別に似合ってねェことなかっただろうが」


ノエルに背を向け、ぼそりと呟いた。
カクが聞いたら『もっと気の聞いたことは言えんのか!!』と怒り狂いそうな台詞だ。
褒めているのかどうか分かりにくい台詞だったが、ノエルはどう受け取ったのだろうか。
ちらりと横目でノエルを盗み見る。

大きな目を更に見開いてパウリーを穴が開くほど見つめている。
言い慣れないようなことを言った照れも手伝って『そこまで驚かなくてもいいだろうが』と怒鳴りつけようとした時、ノエルの表情が動いた。


「ありがとー、パウリー」


まるで花が開くような幸せそうな笑顔に何も言えなくなる。
自分の言葉一つでどうしてこうも笑えるのだろうか。

気が付くとノエルの小さな身体を抱き締めていた。

どんなに子供だと思い込もうとしたところで、この愛しさまでが消せるわけではないのだ。


「パウリー……?」

不安そうな声音に、縋るようにパウリーの服を掴む小さな手。
本気になった途端に逃げ腰になる少女。
パウリーは心の中で小さな溜息をつく。
子供ではないかもしれないが、まだ大人でもないのだ。

「ニコチン切れてダリーんだよ」

「……なんだよ、それ。ほんっと葉巻中毒だな」

その言葉にけらけらと笑う、安堵を隠そうともしないノエルの声。
カクじゃあるまいし、だるいからと言って抱きつくような真似をするはずがない。
それでも、安堵するノエルにどこかで自分も安心しているのだ。


まだ、子供だから。

そうやって今は言い訳が出来るから。


※※※※※※


「ところでお前、連れの男はどうした?」

「なにそれ、連れなんかいないよ?誰から聞いたの?」

「へ?」

「ルッチに足が痛いから少し休んでくるとは伝えといたけど……」

「………あの野郎…………」


10/07/04

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