短編 | ナノ
ポジション

雨音がベッドで眠るカクの耳を打つ。
急に降ってきた雨のせいか、やけに肌寒い。
鍛えているカクにすれば大したことはない。
しかし、リビングで寝ているノエルには堪えるのではないだろうか。
掛布を持って行こうかとベッドから身を起こしたところで、カクの部屋のドアが開く。

「寒い……」

身を縮めながら枕を抱き締めたノエルが、カクの上着を着て立っていた。
カクのTシャツは身体が小さいノエルにはぶかぶかだ。
裾は膝下ほどの長さがあり、袖も3回折らなければ手が出てこなかったほどだ。
隙間があるせいで余計に寒いのだろう。

「ああ、分かっとる。今、掛布を……」

「寒いからカクと一緒に寝ていい?」

枕を抱き締め、上目遣いに小首を傾げるノエル。

「は?」

聞こえてはいたが、理解出来ない台詞に聞き直す。
エニエス・ロビーに残してきた幼馴染みがここにいれば『エロゲフラグキター!!』と叫びそうだなと思った。


※※※※※※


仕事終わりにブルーノズ・バーに行き、いつもの如くノエルと飲んでいた。
ほろ酔い気分のノエルをアパートまで送る帰り道、大雨が降ってきたのでカクの家に避難することになった。
傘など持っていなかった二人はびしょ濡れになってしまったので、ノエルに自分の上着を貸すことにした。
そして、雨が止まないのでカクの家にノエルが泊まることになったのである。
例え船大工の仲間でも男の家には泊まらないようにと釘を差しているカク。
今回は緊急自体なので目を瞑ったのだが……。

「はぁ〜。ぬくい、ぬくい」

(なんでこんな事態になっとるんじゃ!?)

ノエルはカクのベッドの中で幸せそうに暖を取っている。
隣にはもちろんカクが寝ている。

寒いから一緒に寝ようと誘ってきたノエル。
そりゃ、子供の頃は一緒に寝ていたこと(主に雑魚寝)もあったが17歳にもなっては流石にまずい。
しかし、カクが固まっているうちにノエルはとっととベッドの中に入ってきてしまった。
で、今に至る。

「ちょ、ノエル。あの、あれじゃ……わし、もう23歳……いや、ノエルが17歳じゃから」

混乱しすぎて訳の分からないことを言っていると、背中を向けていたノエルが振り返った。
大きな瞳が至近距離でカクを見上げる。

「狭い?」

「いや、そんなことはないんじゃが……」

小さなノエルはさほど場所を取ることもないので、狭いかと聞かれればそうでもない。
否定をすると、ノエルは『じゃあ、問題ないよね』と首を傾げる。
いやいや、問題は多大にあるだろう。
ここまで一切の恥じらいがない反応を返されると、逆に泣けてきた。

小さい時から傍にいて、妹のように思ってきた彼女を愛するようになったのはいつだったか。
いつも元気で素直な可愛いノエル。
まだ精神的に幼い彼女に対しては傍にいられるだけで嬉しく想いを告げる気はない。
真綿で包むように大切にしたいので、今の関係でも居心地はいいし満足している。
……が、この仕打ちは酷すぎる。
男として意識されないのはいつものことなので気にしてはいないが、同じベッドに平気で潜り込んでくるノエルに泣きそうになる。
そして、保護者として心配になってきた。

「ノエル、まさかパウリーたちにもこんなことをしとらんじゃろうな?」

「しないって。あたし、もう17歳だよ?」

なに言ってんの?とばかりに呆れた顔でカクを見つめるノエル。
その反応はどう考えても今の状態から矛盾している。

「今は?」

「………だって、カクだから」

そう言って可愛らしく微笑むノエル。
最早、意識する自分の方が馬鹿らしくなってきた。
ノエルにとってカクは家族と変わらないのだ(この年になれば同性の家族とも一緒にベッドで寝るようなことはないだろうが)。
ここまで信頼されているなら、いっそのこと嬉しいではないか。
開き直ったカクは心の中で乾いた笑いを零しながら、動いたせいでずり落ちた布団をノエルに被せる。

「他の相手にはこんなことするんじゃないぞ。襲われても知らんからな」

「………………」

呆れたようにそう言うが、ノエルからの返事がない。
不思議に思って顔を上げると、彼女はすでに目を閉じていた。
全く警戒心を持たれていないのが、嬉しくもあり悲しくもある。

普段から傍にいるノエルだが、こうしてまじまじと顔を見るということはなかったかもしれない。
綺麗に生え揃った睫毛が思っていたよりも長いことに驚いた。
こうして表情のない静かな寝顔を見ていると、少し大人びて見えた。
起こさないようにそっと手を伸ばして頬に触れる。
相変わらず、ふにふにとした柔らかい感触。
ここだけは昔のままだ。

頬に触れた手はそのままに親指で唇をなぞる。
少しカサついていたが、ここも柔らかい。
ぼんやりとした頭で何度か指を往復させていると、ノエルが不愉快そうに唸り声を上げた。
びくっと肩を震わせ、起きてしまっただろうかと様子を窺うと彼女は寝返りをうっただけだった。
けれど、それは何にも安心できることではなかった。
よりにもよってカクがいる方向に寝返りをうったため、先程よりも密着することになった。
見た目からして華奢で痩せているのに、どうしてこんなに柔らかいのだろうか?

「わし、朝まで堪えられるんじゃろうか………」

掠れた声でポツリと呟く。
とりあえず、一睡も眠れないだろうということは分かった。


※※※※※※


次の日、1番ドックに現れたカクの姿を見た船大工たちに動揺が走る。
流石にこれには、パウリーとルッチも声を掛けないわけにはいかなかった。

「…………カク、お前休んだ方がいいんじゃねェか?」

『隈が半端ないッポー』

目の下に墨でも塗ったかのような濃い隈を作り、背後に負のオーラを背負ったカク。
いつも明るい彼だけに、その姿は心配を通り越して恐怖を感じる。

「一緒に寝ようって、どんなエロゲ展開じゃ!!」

突然そう絶叫してしゃがみ込んでしまったカクに、原因を察した二人は同情の視線を送る。
いろいろと突っ込みどころのある叫びだったが、そこには触れないことにする。
これ以上のダメージを与えてはカクが可哀相だ。


「お兄ちゃんなんてポジションが一番動き辛いんじゃ!!」


カクの叫び声は1番ドック内でとてもよく響いた。


※※※※※※


「「何にもなかったんだわいな!?」」

「うん。モズとキウイのアドバイス通り頑張ったんだけど………。手を出すどころか、優しく布団を掛けられた」

声をそろえて驚愕しているスクエアシスターズに頷きながら、ノエルはズズーッと音を立てながらジュースを啜った。

本日、休暇をとっていたノエルは彼女たちに昨夜の報告をしていた。
カクが好きだが、今の関係を壊したくないノエル。
だからと言って思いを告げないまま終わるのも嫌な彼女は、スクエアシスターズに相談をもちかけたのだ。
そこでもらったアドバイスが責めの一手。
とりあえず、妹という認識をカクから外させようという事になり、昨夜の『一緒に寝ていい?』事件が発生したのである。

「本当に何もなかったんだわいな?少し照れてたとか………」

「いつも通りだよ。いつも通りに優しくって過保護な兄ちゃん。……あたし、据え膳ですらなかったのかなぁ……」

暗い顔で溜息をつくノエル。
年頃の男女が同じベッドで寝て何事も起きなかったって、自分はカクにとって妹以外の何者でもないのだろうか。
しかも、かなり勇気を振り絞ったのに、パウリーたちにも同じ事をしていると思われるなんて心外だ。
カクだけだよと言ったにも関わらずのノーリアクション。
ちょっと泣きたくなってくる。
お陰で不貞寝してしまったではないか。

もちろん、ノエルは昨夜のカクの葛藤を何も知らない。


「妹ってポジション、今更返上できないのかな」


ソファーに身を預けて天井を見つめながら、疲れたように呟いた。


彼と彼女のすれ違いはこの先も周囲を巻き込みながら、もう少し続くこととなる。

10/03/05

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