短編 | ナノ
愛情表現

ノエルの好きな人はなんだか難しい。
気難しいという意味だけではなく………ともかく何か難しい。

ノエルとルッチは一般的には恋人と呼ばれる関係………だと思われる。
悲しいというよりは呆れることに、好きや愛しているなどという言葉をもらったことは一度もない。
何にも対しても拘らないルッチがノエルには執着を持っているようなので………好きなのだろうと言うこと自己完結することにした。

で。
こういうちょっと複雑な関係になってから、色々と分かったことがある。
とりあえず………優しいルッチは幻だったということだ。
甘い言葉は何一つくれないし、手も足もけっこう容赦なく出す。
いくらノエルの寝起きが悪いからといえ、ベッドから蹴り落とさなくてもいいと思う。
まあ、考え方によっては素の自分を見せてくれるようになった………のだと思いたい。

でも……それでも、完全に心は開いてくれていないというのを肌に感じる時がある。
昔はそんなものは分からなかった。
けれど、確かにノエルとルッチの間には見えない壁があるのだ。
どうも彼の壁は近付けば近付くほど、厚くなる傾向にあるらしい。
すぐ傍にいるのに、遠くに感じることがある。
それが時折、少し辛い。

まあ、それでも好きな気持ちに変わりはないが。


※※※※※※

「………ノエル」

二人きりの時にしか聞けない声で名前を呼ばれ、頬を緩く叩かれる。
まだ眠かったが、仕事がある。
それに起きないとベッドから蹴り落とされると大変酷いことをされるので、ノエルは重い瞼を無理やり開けた。

「大丈夫か」

ベッドに座ってノエルを見下ろし、手の甲でノエルの頬に触れるルッチに顔が緩む。
よく分からないけど、今日のルッチはとても優しい。
いつもは気を失わせるほど無茶苦茶に抱いても素っ気なくて、こんな風にノエルを心配してくれるのは貴重だ。
ノエルは嬉しくなって手を伸ばそうとしたが、何故か腕が持ち上がらない。
そういえば、なんだか身体が重い。

「湯は溜めておいた」

「んー……ぅん………」

ルッチに促され、ノエルは不思議に思いながらも鈍い返事をして身体を起こす。
身体は重いものの、力を籠めれば動かないということはなかった。

目を擦るノエルは何も身に着けることなく、ふらふらとした足取りでバスルームに向かう。
体力差と経験値の違いから常にルッチに翻弄されてほとんど記憶の残らないノエルだが、それにしても昨日のことが思い出せない。

………いや、何となく思い出してきた。

ルッチが酒場でいつもよりも大量にアルコールを摂取してたのを注意して、家まで送ったのだ。
で、家に着いた途端に押し倒された。
嫌だと言っても聞いてくれなくて、抵抗出来ないように両手首を拘束されて………。
訴えれば勝つレベルのことをされたが、それでもルッチが好きなノエルはその辺はあまり気にしていない。
ただ気になるのは………。

「なんか余裕なさそうだったなぁ……」

昨日のルッチをぼんやりと思い出しながら顔を上げると、洗面所の鏡に映った自分の姿と目が合う。
目の隈すっげーとも思ったが、それよりも鏡に映った身体に目を瞠った。
首から胸に散らばっている『それ』に、慌てて視線を鏡に映っていない部分にも向ける。


「うぇぇええええええぇぇっ!?」


ノエルはバスルームで絶叫した。
そして、バスルームから飛び出して部屋に戻ると、ベッドに座るルッチに詰め寄った。

「ルッチ………。あんた、あたしに何の恨みがあるんだよ!」

涙目でルッチを睨み付けるノエル。
彼女の日に焼けた健康的な肌には、いくつもの噛み痕があった。
皮膚こそ裂けてはいないものの、一日二日で消えるような痕でもない。
それが身体中に散らばっているのだ。
二の腕や腿、肩。果ては大きさ控えめな胸にまで。
明るいところで見ると、いっそう哀れさを誘う。
自分が仕出かしたことだというのに、ルッチはノエルから目を逸らした。

「キスマークなら分かるけど、なんで歯形っ!?」

これは酷い。酷すぎる。
最中は鬼か悪魔だと常々思ってきたが、それにしたってこれはあんまりだ。
今までにどこぞの男と浮気したとか有らぬ疑いをかけられてお仕置きされた時も酷いと思ったが、今回のことは物理的すぎて泣けてくる。
乙女の柔肌に歯形がくっきりって……。
何の恨みがあるというのだ。

ぎゃんぎゃんと責めるノエルに、ルッチは目を逸らしたまま答えない。
黙り込むルッチにノエルは小さく溜息をついた。
こうなれば絶対に理由は言わない。
長い付き合いでそれくらいは知ってる。
それに起きた時の優しさを考えれば、悪いとは思ってはいるのだろう。

理由を聞くことは諦めてルッチの隣に座ると、首筋につけられた一番深い噛み痕を手で押さえた。

「手足は服を変えればいいとして、首は髪の毛で隠れるかなぁ……」

ぽつりと呟いて、首に巻くように髪を下ろす。
髪で覆うことは出来そうだが、仕事中は常に動き回っているので隠し通すことは難しいだろう。
船大工に見つかれば、からかわれるのではなく本気で心配されてしまう。
原因がルッチだとばれようものなら、過保護な職長たちとルッチの間で戦闘になる。
ルッチの心配よりも1番ドックが心配だ。
(物理的に)崩壊する1番ドックの被害を考えると、それだけは避けなければ……。

「湿布……いや、包帯?」

どうやって隠そうかとぶつぶつ呟きながら考え込んでいると、噛み痕に冷たい手が触れる。

「ルッチ?」

「……悪かったな」

耳元での小さな謝罪に、呆れて溜息をついた。
謝るなら最初からしないでほしい。
けど、反省はしているみたいなのでルッチを責める気はなかった。
ノエルがルッチに甘いのはいつものことだ。
しかし、今回はすんなりと許すには少しやり過ぎである。
やられっ放しというのは性に合わないし、たまには意趣返しだってしてやりたい。

ノエルはゆっくりと振り返り、ルッチと向き合った。


「あたしはルッチが好きだよ」


ルッチの顔を見つめ、極上の笑顔を浮かべる。
大きく口を開けると、ルッチの首にがぶりと噛みついた。

「…………っ!?」

ルッチは少し驚いたようだが、抵抗はしなかった。

皮膚が裂けないように気をつけながら、ある程度の力を込めてから口を離す。
ノエルがつけられたものより小さな歯形がルッチの首に残った。
くっきりと残った痕は、二、三日は残るだろう。
まるで自分の印みたいで少しだけ嬉しくなる。

「だから、これでおあいこにしてあげる」

悪戯っ子のように笑って、ルッチに抱き着いた。


※※※※※※


抱き着いてきたノエルを受け止めながら、ルッチは昨日のことを思い出す。

悪魔の実の影響か、もともと持っている性質かは分からないが、どうしようもなく血に餓える時がある。
そんな時にノエルが現れたせいで、餓えの全てがノエルに向かった。
嫌がる彼女を組み敷いて犯し、それでも足りずに身体中に噛みついた。
どうしてそんなことをしたのかは自分でも分からないが、もしかすると食い殺したかったのかもしれない。
そんな理由をノエルに言えるはずもないので無言を貫くつもりだが。

首筋に触れると、指先におうとつを感じる。
自分がノエルにつけたものよりは浅く、一つだけの噛み痕。
それだけを残し、笑ってルッチを許した。
心を許した相手にはどこまでも甘い少女。
そう遠くない未来、その性質が彼女自身を傷つけ、裏切ることになる。
それでも、彼女は後悔することもなく相手を恨むこともなく、人を信じ続けていくのだろう。
それが、ルッチの知るノエルという少女だった。

機嫌が良さそうに身体を預けていたノエルは、ルッチ見上げて口を開いた。

「反省してる?」

「ああ」

「もう二度とするなよ」

「分かってる」

「今度したら、パウリーたちに言いつけるからな」

「………………」

嫌そうな空気を出すルッチにノエルはくすくすと笑った。

腕の中に収まる華奢な体躯。
悪魔の実の力を解放することもなく、武器を使うこともなく………強く抱き締めるだけで殺せる少女。
どうしてこだわるのかは分からないが、それでも食い殺さずにすんで良かったと安堵した。


※※※※※※


「ノエル、ルッチと喧嘩でもしたのか」

「へ?なんで?」

「お前は首に包帯巻いて、あっちは湿布だろ?よっぽど凄い喧嘩したんじゃねェかってみんな心配してんぞ」

「あは……ちょっとね」

10/01/24



飢餓の恋人同士だったらバージョン。

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