短編 | ナノ
お裾分け

「あー………エニエス・ロビー、爆発しないかなぁ」

「何を朝っぱらから革命軍も真っ青なことを言っとるんじゃ」


いつも通り真っ赤なベルベッドのソファーに寝そべり、煙管を吹かすアイリス。
彼女の部屋に遊びに来ていたカクは、投げやりな彼女の言葉に胡乱な視線を送る。
普段から戯言ばかりの女ではあるが、今の発言を聞かれたら反逆者として捕まってもおかしくない。

アイリスは煙管を銜えたまま上半身を起こすと、ソファーの上に胡座を掻いて膝を叩いた。
完全におっさんの仕草である。


「それじゃ、訂正!………ホワイトデーを満喫してる男女は全員、爆発しないかなぁ」

「…………そういうことじゃったか」


これ以上ない笑顔を浮かべて呟くアイリスに、ようやくカクは彼女の心境を悟った。


本日、3月14日はホワイトデーだ。
つまりはバレンタインデーのお返しがもらえる日なのだ。
もちろんカクも、チョコをくれた女性たちにはお礼としてキャンディーを渡してある。
そういえば、ジャブラも可愛らしい包装紙の入った紙袋を持って歩いているのを見かけた。
見かけによらず律儀な彼は、ちゃんとお返しを用意してあったのだろう。
そうなると、アイリスの機嫌が最高潮に悪いのも理解が出来る。

今年のバレンタインデーに初めてジャブラにチョコをあげたとはいえ、自分からだと言うことを伏せたアイリス。
そうなればもちろん、お返しなどという物が貰えるはずもない。


「ホワイトデー?ナニソレ。おいしいんですか?っていうか、そもそもバレンタインデーに女から告白させるとかどんだけ?男尊女卑かなんか?そりゃ男が渡すこともあるらしいけど、そんなのほんの何割の話でしょ?どんだけ草食系男子に優しい世の中だよ」


遠い目をしながら、ぶつぶつと呪いのように不満を呟き続けるアイリスは不気味の一言に尽きる。
幼馴染みではなければ、間違いなく放って置きたい光景だ。

「しょうがないじゃろうが。わしだって匿名で貰ったチョコにはお返しできんかったぞ」

カクが貰ったチョコは手渡しが多かったが、中にはこっそりと部屋の前に置いてあったものも幾つかある。
メッセージカードにも名前が残されていなかったので、どこの誰なのか特定が出来なかった。


「じゃあ、誰にもお返しあげなきゃいいじゃない!それが平等ってもんでしょうよ!!」

ソファーにうつ伏せになると、玩具を買ってもらえない子供のようにばたばたと手足を暴れさせるアイリス。
いい歳をした女性のやることではない。
注意しようとしたカクだが、その目にうっすらと涙の膜が張っているのを見て口を閉じた。

ジャブラがライバルたちにお菓子を返しているというのに、自分は何ももらえないというのはアイリスからしてみればとても辛いことだろう。
普段はやりたい放題の彼女だが、こと恋愛事に関してはとても不器用なのだ。
カクは小さく溜息を吐くと、クッションに顔を埋めているアイリスの頭を宥めるように撫でた。


「……………ありがと」


小さな声での御礼。
クッションから顔を上げたアイリスが、真っ赤になった目でカクを見上げている。


「いつものことじゃろうが」


いつになく殊勝な態度のアイリスに、カクは彼女の頭を撫でたまま笑みを浮かべた。
今更である。
この一つ上の幼馴染みに振り回されるのは故郷の頃から…………出逢った時からずっとだ。


「カクが振られた時は思う存分慰めてあげるわね」

「…………本当に一言多い奴じゃのう」

おそらく本人は善意で言っていて悪気はないと思うのだが、どうしてこう一言余計なのだろうか。
だいたい振られることが前提ってどういうことだ。
文句を言ってやろうとした時、いきなりドアが開いた。


「アイリス、いるか」

入ってきたのはジャブラだ。
先ほど見たときよりも薄くなった紙袋を持って部屋の前に立っている。
どうやらお返しを配ってきた帰りらしい。
何というタイミングで来るのだろうかと内心で毒づいているカクの隣からは、おどろおどろしいほどの殺気が漂っている。
ソファーから立ち上がったアイリスが発しているものだ。


「ノックもしないで勝手に人間様の部屋に入ってくんじゃないわよ、野良犬」


ぎらぎらと殺気に満ちた目をジャブラに送るアイリスは、もはや恋する乙女なんてものじゃない。
獲物を見つけた獣である。
苛立っているのは分かるが、どう好意的に見ても嫉妬などと言う生易しい感情ではなさそうだ。

普段よりも数倍はきつい毒舌も、ジャブラは気にした様子もない。
紙袋の中に手を突っ込むと、アイリスに向かって何かを投げた。
反射的にそれを受け取ったアイリスは、訝しげに手の中の物を見つめて動きを止めた。
彼女の手の中には可愛らしいラッピングをされた箱があった。


「やる」

「へっ?」


にっ…と悪戯が成功した子供のように笑うジャブラの言葉に、間の抜けた声がアイリスから漏れる。
すっかり牙を抜かれた女狐は惚けた表情でジャブラを見つめるしかない。

「おめェが一つだけ残したチョコあるだろ。あの送り主だけが見つからなくてよ。余ったからやる」

見つからなくて当然だ。
そのチョコレートはアイリスからのものなのだから。
ライバルのチョコを食い尽くしたアイリスが、残っていたと嘘をついて自分のチョコを渡したのだ。

「捨てんのももったいねェだろ」

そう言うジャブラに、お返しの箱を抱き締めたアイリスは『そうね。捨てるのはもったいないわよね』と魂の抜けたように鸚鵡返ししている。
もはや瞳はどこを見つめているのかも定かではない。


「俺好みで旨かったんだけどな」

『渡せなくて残念だ』
そう言って、ジャブラはアイリスの部屋を後にする。



部屋に残されたアイリスとカク。
アイリスはジャブラからのお返しを胸に抱いたまま身動きしない。
よほど嬉しかったのだろう。
ジャブラが余ったお返しをアイリスに渡したのが意外だったが、今回はグッジョブとしか言いようがない。
これで周囲の人間もアイリスの八つ当たりを受けずに済むだろう。


「アイリス、よかったの―――」


―――ゴッ!!


アイリスに視線を移したカクは、そのまま言葉を失った。
ふらふらと壁に近寄ったかと思った彼女が、激しく額を壁に叩きつけていたからである。


「なにをしとるんじゃ!?」

「…………痛くない」

「は?」

「痛くないから夢よね」


赤くなった額のままぽつりと呟くアイリス。
あまりの自分に都合の良い出来事に、今起こったことは夢ではないのかと疑っているらしい。
しかし、カクが断言するがこれは間違いなく現実だ。
痛くないと言うことは、どうやら興奮のあまり痛覚が麻痺しているらしい。

「ちょっ、アイリス……!これは夢じゃなくて現実じゃぞ!?」

「現実、なの?痛くないのに」


アイリスは赤くなって痛々しい額を晒しながら首を傾げる。
驚きのあまり無表情になっている彼女がそうすると、まるで精巧なロボットのようで少し怖い。

「夢じゃないなら痛いのに……。ああ、きっと痛みが足りないのね」

そう言ったアイリスはすたすたとカクの前を横切ると、ドアに手を掛ける。
そして、カクが止める暇もなく部屋を出て行ってしまった。

「アイリス、待つんじゃ!!」

今のアイリスを一人にするのは大変まずい。
慌ててカクも部屋を出るが、アイリスは剃を使って移動したらしい。
すでに廊下にその姿はなかった。


※※※※※※


「………………………」

「人間ってあんまり興奮すると痛覚が麻痺するのねぇー」

「………………………」

「いやー、次からは気をつけなくちゃだわ」

「………………………」


あの後、部屋を飛び出したアイリスは何をとち狂ったのかルッチに奇襲を仕掛けたのである。
もちろん返り討ちにあったアイリスは、現在療養中である。
全身包帯まみれで足を吊っている彼女に、ルッチの容赦のなさと彼女の浅はかさに溜息しかでなかった。


「ちょっと、カク。なんか言いなさいよ」

「…………………馬鹿じゃろ」

11/03/21

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