傍若無人
今日も今日とて長官室のソファーに我が物顔で寝そべり、煙管を吹かすアイリス。
そんな彼女を見つめる男が一人。
この部屋の主であるスパンダムである。
そわそわと落ち着きなく身体を動かし、ちらちらとアイリスに視線を送っている。
「あーえー、ごほん。アイリス、今日は何日だ?」
「今日ですか?」
裏返った声で日にちを聞くスパンダムに胡乱そうな目を向けるアイリス。
『そんなもん面倒くせェから、てめェでカレンダー調べろや』と目だけで語るアイリスに怯みそうになりながらもスパンダムは頑張った。
「報告書に書かなくちゃいけねェんだ。いや、本当それだけで深い意味なんかねェんだけどな。で、何日だ?」
アイリスは(長官を目の前にして)ちっと舌打ちすると、煙管の煙を吐き出して答えた。
「2月のぉ……10日前後です」
「いやいやいや。前後って何だ?もうちょっと、はっきりした日にちが欲しいんだけどなー」
「じゃあ、13日でお願いします」
「惜しい!1日遅い!!」
「じゃあ、12日?」
「だから、遅いって言ってんだろ!さっきより、遠くなってるじゃねェか!?」
頭を抱えて叫ぶスパンダムを見て、アイリスはふぅと溜息をつく。
そして、ソファーから立ち上がるとスパンダムの元へと来た。
「分かってますよ。今日は2月14日。バレンタインデーですよね?」
そう言うと、淡い微笑を浮かべて懐から何かを取り出した。
可愛らしくラッピングされたチョコレートの箱。
普段の扱いは酷くとも、スパンダムのチョコレートを用意していたアイリスに感激する。
手を伸ばしてそれを受け取ろうとすると、アイリスはチョコレートを持った手を引っ込める。
不思議な顔で見上げると、アイリスはこれ以上ないほどの輝かしい笑顔で告げた。
「1粒10万ベリーです。12粒入りなので、全部食べたかったら120万ベリーになりますけど。パンダ……じゃなくて、長官は何粒にします?」
「……………有料?」
「世の中そんなに甘くねェっつの」
底冷えする視線を向けるアイリスに、スパンダムは激しく葛藤した。
スパンダムにしてみれば、120万ベリーは大金というほどでもない。
しかし、いくらアイリスからといえど、市販のチョコレートに120万ベリーを払って受け取ると言うのは………。
「長官、お酒好きでしょ?だから、ウィスキーボンボンにしたんですよ」
「全粒もらおう」
上目遣いに見つめるアイリスに葛藤も吹っ飛んだ。
120万ベリーがどうした。
どうせ金なら有り余るほどあるのだから、悩む必要もない。
アイリスは『んふふ』と妖艶に微笑むと、スパンダムに渡すのではなく自分でチョコレートの包みをベリベリと破り捨てる。
何事かと目を丸くしていると、綺麗に爪を整えた指先がチョコレートを1粒つまんだ。
「はい、あーんしてください」
もはや思考回路は全て止まり、スパンダムは言われるがままに口を開く。
その口の中に押し込まれるチョコレート。
唇にアイリスの指先が触れ、驚いたスパンダムはごっくんとチョコレートを丸呑みした。
「おいしいですか?」
丸呑みしてしまったので味なんか分からなかったが、こくこくとばね仕掛けの人形のように頷いた。
アイリスは滑らかな指先を伸ばすとスパンダムの頬に触れる。
そして、スパンダムの耳朶に唇を寄せると、そっと囁いた。
「じゃ、追加料金150万ベリーいただきますんで」
甘さの欠片もない声で。
それでも満足している自分は相当末期だと思った。
10/02/14