短編 | ナノ
意地っ張り

ばりぼり、ばりぼり。
もぎゅもぎゅ、ごっきゅん。

何かを咀嚼する凄まじい音が部屋に響いている。


「アイリス、何をしとるんじゃ?」

司法の塔にあるアイリスの私室に来たカクは、恐る恐る部屋の中に入りながら家主に声を掛けた。
アイリスはいつものようにお気に入りの真っ赤なベルベットのソファーにだらしなく寝そべり、片腕を机の上に伸ばして黒い塊を掴むと口に放り込む。
そして、また激しい咀嚼音。
甘ったるい匂いが鼻に届き、その塊がチョコレートだと分かった。

「……甘っ」

吐き捨てるように呟くと、今度は机から別の箱を掴む。
綺麗に包装されたそれを惜しむことなく破り捨てた。
これを何度も繰り返しているのか、机の周辺にはびりびりに破られた包み紙や空き箱が散乱している。

「カクも食べる?」

てっきり存在を無視しているのかと思ったが、そうではなかったらしい。
相変わらずソファーに寝転がったまま、チョコレートの入った箱をカクに差し出すアイリス。
甘い物はどちらかというと好物だ。
断る理由もないので受け取り、ソファーはアイリスに占領されているので手摺りの部分に腰を下ろした。

「で、何をしとるんじゃ?」

チョコレートを頬張りながらアイリスに尋ねる。

今日は2月14日。
バレンタインデーである。
チョコレートがあることは不思議ではないが、それを渡す側であるアイリスが食べていることが謎だ。
しかも、彼女は甘いものが好きではないのに、どうしてこんなに大量に食べているのか。

「カクもチョコレートは貰ったの?」

「………まあ、多少は」

エニエス・ロビーには男よりは人数は少ないと言えど、女性もいるのでチョコレートを貰う機会はある。
流石にルッチには負けるが、カクもそれなりに貰っている。
甘い物は好きだし、好意を向けられて悪い気はしない。

「意外に貰えるものなのね。義理なのか本命なのか分からないけど」

「?」

吐き捨てるように言って、またチョコレートを口に運ぶアイリス。
今のはカクのことを言ったのではない。
誰か別の人間の話だ。
その別の人間がすぐに思い当たり、カクはチョコレートを食べる手を止めた。

「まさかこのチョコ………」

「アイリス!!てめェ、俺が貰ったチョコレートどこにやった!?」

噂をすれば影だ。
カクが思い当たった人間……ジャブラが部屋の中に飛び込んできた。
彼はすぐに散らばるチョコレートの残骸を目に止めて、頭を抱えた。

「お前、なに考えてんだ!?全部食っちまったのかよ!!」

「ごちそう様」

アイリスはようやく身体を起こすと、そう言ってジャブラに向けて手を合わせた。
悪びれる様子のないアイリスに、ジャブラは深々と溜息をつく。

「欲しいなら言えよ。好きなのくれてやったわ!つーか、お前は甘いもの嫌いだろ!?」

「嫌いに決まってるじゃない」

「だったら、なんで食った!?」

「知らないの?チョコレートは犬に毒なのよ。狼もイヌ科でしょ。中毒症状を起こして死ぬわよ」

「なに!?そうなのか!?」

「だから、あたしはジャブラのためを思って食べてあげたんじゃない」

しれっとした顔で嘘をつく女。
ジャブラは『そうだったのかっ……』と感動しているが、そんな訳はない。
確かに犬にチョコレート中毒があるというのは本当だが、いくらイヌイヌの実を食べたとはいえ能力者がそれに当てはまる訳がない。
だいたい……。

「アイリスもイヌイヌの実じゃろうが」

モデルは『狐(フォックス)』だが、イヌ科に違いはない。
その彼女が平気でチョコレートを食べているのだから、能力者には何の影響もないことになる。

「この女狐!やっぱり嘘か!!チョコレート返せ!!」

つい口に出してしまった呟きを、ジャブラに拾われてしまった。
怒って詰め寄るジャブラに、アイリスはひどくあっさりとチョコレートを押し付けた。

「はい。一個だけ残ってたから返すわ」

顔を向けないアイリスに綺麗にラッピングされた包みを胸に押し付けられ、ジャブラは戸惑いながらも受け取った。
いつも通り喧嘩になると思ったら、あっさりとチョコレートを渡したので拍子抜けしたのだろう。

「ああ、悪ィな……」

何一つ悪くないのに詫びながら、チョコレートを受け取るジャブラ。
しかし、チョコレートの包みを見て不思議そうに首を傾げた。

「こんなチョコなかったぞ」

この包み紙は覚えがないと告げるジャブラに、アイリスは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「やだやだ。貰ったものも忘れてるの?知らないわよ。あのチョコレートの山の中にそれがあったもの」

「そうだったかァ?」

思い出せないのか、ジャブラは首を捻ってチョコレートを見つめている。
カクはアイリスが嘘を言っていることに気付いたが、あえて黙っていることにした。

「さ、用事が済んだなら出て行ってちょうだい」

そう言って犬を追い払うかのように(ある意味、間違っていない)手を振るアイリス。
顔を背けたままのアイリスを怪訝そうに見つめながらも、ジャブラは渡されたチョコレートを持って素直に部屋から出て行った。
普段ならこの後は司法の塔を半壊するほどの大喧嘩に発展するのだが、アイリスがすぐに折れたせいで調子を崩したようだ。


「あれ、手作りか?」

ぱきんとチョコレートを割りながら、カクはソファーに座るアイリスに尋ねた。
アイリスは懐から煙管を取り出して火をつけると、それを口にくわえる。
そして、カクとは視線を会わせないまま、ぼそりと答えた。

「市販よ。作ってみたけど、お湯で溶かしたら固まらなくなった」

この言い方だと、直接お湯をチョコレートに注ぎ込んだのだろう。
どうせレシピも見ないで聞きかじった方法で調理したに違いない。
相変わらずの行き当たりばったりさだ。

「あれじゃ、アイリスからじゃと分からんと思うぞ」

「いいの!だって、どんな顔して渡せばいいのよ!!」

ようやくカクを見上げたアイリスは耳まで真っ赤に染めていた。

「だいたいジャブラのくせに何であんなにチョコ貰ってんの!?ジャブラはあたしのチョコだけ食べてればいいのよ!!」

今の台詞から分かるように、アイリスはジャブラが好きだ。
それは故郷にいるころからのことで、カクを始めとしてジャブラ本人以外のCP9も知っていることだ。
しかし、意地っ張りなのか、ツンデレなのかは知らないが、アイリスは常にジャブラに喧嘩を売っている。
これでは想いが伝わるわけもない。

「ってゆーか、義理よね?本命じゃないわよね?どうしよう、ギャサリンみたいな子だったら勝ち目ないわよう」

悔しさと不安で潤んだアイリスの瞳を見ながら、カクは深々と溜息をついた。
今の素直さを見せれば、少しは前進するかもしれないというのに。

「カク、聞いてるのぉ!?」

ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らすアイリスの頭を、カクは宥めるように撫でた。


※※※※※※


「……そういう訳か」

アイリスの部屋の前で話を聞いていたジャブラは、手の中のチョコレートを見つめて呟いた。
警戒心が強い狐の悪魔の実を食べたアイリスは気配に敏感だが、今はドアの前で堂々と盗み聞きをしているジャブラにも気付いていないようだ。

やはり見覚えのない包み紙に違和感を覚えて、ジャブラは帰った振りをしてドアの前で聞き耳を立てていたのだ。
アイリスのことなのでチョコレートに何か仕込んでいるのかと怪しんでいたが、まさかアイリスからの本命チョコだとは思わなかった。
でもまあ、この回りくどい渡し方が彼女らしいと言えば彼女らしい。

「相変わらず天邪鬼なヤツだぜ」

彼女が自分に好意を寄せていることにジャブラは気付いている。
CP9の誰もがジャブラはアイリスの気持ちに気付いてないと思っているようだが、故郷の頃からの付き合いだ。
彼女が天邪鬼だということが分かっていれば、アイリスは呆れるくらい素直にジャブラに好意を寄せているのだ。

「ホワイトデーはどうすりゃいいんだ?」

回りくどい返し方をしなければいけないことは確かだが、呟くジャブラはどこか嬉しそうだった。

10/02/14

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