長編 | ナノ
改造人間現る

何処もかけることのないまんまるな月が空に浮かび、月明かりがきらきらと海を照らす夜。
日付が変わった深夜の裏町を、この時間帯には相応しくない年頃の子供が歩いていた。
生乾きの青い髪に薄手のTシャツに短パンと、まるで家出した子供のような格好。
ぼんやりとした表情で月夜を見上げながら、当てもなくふらふらと深夜の路地を歩く少女の名はノエル。
こう見えてもウォーターセブンではそれなりに名の知れた船大工である。

そんな彼女が人通りが少ない路地を真夜中に歩くのは、職人としての性だ。
体育会系の船大工でありながらも、彫刻職人としての芸術家肌も持ち合わせたノエルはどこか奔放なところがあり、創作活動と称してはふらりと散歩に出てしまう。
流石に仕事中に姿を消すなどとということはないが、こうして夜中にふらふらと出歩くので、放任主義なアイスバーグはともかくカリファに怒られる。
だからこそ、風呂に入ってから『お休みなさい』とアイスバーグに挨拶した後、部屋着のまま屋敷を抜け出すようにしている。
そんな風にこっそりと家を抜け出すのは、様々なものを目に焼きつけておきたいからだ。
忘れないように。刻みつけるように。
そうやって多くのものをこの目に映すことが、彫刻をいくつも彫るより成長するというのがノエルの考えだ。

今日は満月なので月明かりで大好きな星が霞んでしまうのが少しだけ残念だったが、美しい満月に照らされた路地を見つめるのも悪くはない。

「―――れ。―――まれって!おい、止まれって言ってんだろ!!」

背後からいきなり大声で怒鳴られ、ノエルはびくっと肩を揺らして振り返る。
きょとんと丸くした目に映るのは、厳つい顔に大柄な見知らぬ男たちが五人ほど。
いつの間にやら囲まれていた。

「何度も何度も無視しやがって!舐めてんのか!?」

「あはっ、ごめんなさい。ちょっと無心になってたもので」

誤魔化すように鼻の頭を掻き、怒り狂う男にぺこりと頭を下げた。

普段はこれだけの殺気を出している人間がいれば声を掛けられる前にすぐに気が付くのだが、今回は何度も声を掛けられたようだがさっぱり気付かなかった。
不思議なことに普段は警戒心も身体能力も人並み以上を誇るノエルだが、少しでも芸術方面のことに意識を寄せると警戒心はもちろん身体能力までが0になってしまうのだ。
どんなメカニズムなのかよく分からないが、カリファたちに夜の散歩を止められるのは実はこのことも関係している。

そのため今回も例に漏れず、とても堅気には見えないガラの悪い男たちに知らない間に囲まれていた。
彼らの目的は何となくは察しがつくけれど、恐怖はなかった。
毎日のように海賊と揉めるガレーラカンパニーにいて、お陰様で大抵のことには動じない根性が出来た。
とりあえず、芸術方面の思考を断ち切って男たちに向き直った。

「お前がアイスバーグの養女か?」

「違うよ」

そう言い捨てて、さっさとその場を後にしようとしたが失敗した。

「しれっと嘘つくんじゃねぇ!お前がノエルだってことは調べがついてんだよ!!」

じゃあ、尋ねるな。
そうは思ったが、口に出してしまえば恐らく面倒臭いことになるので黙っておいた。
まったく、せっかくいい気持ちで散歩をしてたのに台無しだ。
ノエルはふぅ……と一つ溜息をついてから、彼らの勘違いを正すために口を開いた。

「確かにオレはノエルだよ。けど、アイスバーグの養女じゃない」

「なんだと?」

「あんたたち、どうせオレを誘拐してアイスバーグから身代金でもせしめようとしてんだろ?だったら、覚えておきなよ。アイスバーグはオレの後見人で義父じゃない。一緒に住んでるせいで勘違いする奴が多いけど………。下調べは大切だよ?」

「う、うるせぇ!お前が養女じゃなかろうと、アイスバーグに有効な人質には間違いねぇんだ!!」

図星を突かれて騒ぎ出す男たちに、ノエルは再び溜息をつく。
こういうことは初めてではない。
ノエルがアイスバーグの庇護を受けるようになってから、何度か起こっていることだ。

ガレーラカンパニーの社長であり、つい先日ウォーターセブンの市長になったアイスバーグ。
この都市で一番の権力と財力を持つ彼が、悪人たちの標的になるのは必然とも言える。
けれど、ああ見えて用心深いアイスバーグ自身を狙うことはとても難しい。
そうなると家族や恋人を狙うのがセオリーなのだが、アイスバーグには家族はもちろんのこと恋人の影さえない。
彼に繋がる唯一の縁者が、後見人という形で引き取ったノエルだけなのである。
アイスバーグやカリファたちにはバレないようにしているが、実は身代金目当ての誘拐事件に巻き込まれることすでに二桁を記録していたりする。
つまりは………これもノエルの日常の一つでしかないのだ。

「一緒に来てもらうぞ!!」

「やだ」

腕を掴もうと伸ばされた男の手を、べしりと叩き落した。
どこの世界に自分を誘拐しようとしている人間に素直についていく者がいるというのか。
ただでさえ散歩の邪魔をされて憤慨しているノエルは、相手が不穏な空気を纏っていくのにもお構いなしに男たちを睨みつけた。

「この三流。お前ら、今までの誘拐犯たちの中でも最低だ。脅しもなってないし、下調べも中途半端。そんな心構えで誘拐なんて大それたことしようなんて甘いんだよ!」

散歩を邪魔された以上に苛々した。
ノエルは中途半端というのが嫌いだ。
善いことでも悪いことでも、そこに揺るがない信念があれば認められるが(許すかどうかは置いておいて)、目の前の男たちのだらしなさには苛立ちしか募らない。
やるならやるで、緻密な計画を立ててからやれというのだ。

「このガキ!!」

辛辣な一言に激昂した男の一人が、ノエルの頭を目掛けて木の棒を振り下ろす。
人質は出来るだけ傷付けてはいけないという暗黙の了解を知らないらしい。
ノエルはむぅと不機嫌そうに眉を寄せたまま、グローブを装着した手の甲で打撃を受け止めた。

ガコォン!!

手の甲で受け止めたにしては、鉄にでも当たったかのような硬い音。

「なっ!?」

ノエルが両手に嵌めた革のグローブは特別製で、甲の部分に薄いが強度のある特別製の鉄板が仕込んである。
もちろんこういう時のためにだ。

「手袋に何か仕込んでやがる!」

言いながら各々、武器を構える男たち。
ノエルも腰のポーチから取り出した短剣を両手に握る。
見た目はただのガキにしか見えないだろうが、こちとら賞金付きの海賊相手に戦っているのだ。
舐めてもらっちゃ困る。
先手必勝とばかりに駆けようとした瞬間、


「アウ!俺に無断で何やってんだ、てめェら!!」


裏町中に響き渡るような大きな声に足を止められる。
ノエルも真夜中ということに配慮してはいなかったが、それでもここまでじゃない。
声の出どころを探すと、近くの建物の屋根に人影が見えた。
素肌にアロハシャツを羽織り、下半身に海パンだけ身に付けたリーゼントの男が妙なポーズを決めてこちらを見下ろしている。
海水浴にピッタリな格好をしているが………今は暦の上ではようやく春を迎えたところである。

「だれだ、あれ……?」

奇妙な出で立ちの男の出現に、大抵のことには動じないノエルも目を丸くするしかなかった。
誘拐犯たちの仲間かとも思ったが、ざわついている彼らを見る限りではどうもそうではないらしい。
男たちの動揺した様子の中で『フランキー』という単語だけが聞き取れた。

「フランキー?」

「おう!俺の名を呼んだか!!」

「テンション高いなぁー……」

思わずオウム返しに呟いた言葉に反応して振り返ってポーズを決める男を、ノエルはなんとも言えない表情で見つめる。
変人が多い船大工連中にもいない、新しいタイプの変人だ。

「俺はウォーターセブンの裏の顔、フランキーだぜ!!」

ウォーターセブンの裏の顔と言われても……。
ウォーターセブンには生まれてから13年も住んでいるが、こんな男は見掛けたことがないのだが。

にやにやと笑いながら、ノエルたちを見下ろす男。
こんな夜中にサングラスを掛けているが、果たして周囲が見えているのかが疑問だ。
ノエルは首を傾げつつも、男の目的が分からないので隙を見せないよう様子を窺う。

「おうおう、俺を無視して楽しそうなことやってるじゃないの」

「う、うるせぇ!てめぇには関係ねぇ!!」

「いいじゃねェか。俺も混ぜろよ!」

慌てる男たちの様子を見ると、やはりフランキーとやらは彼らの味方ではないらしい。
となると、フランキーがこの場に顔を出した目的は何なのだろう。
もしかすると、彼も男たちと同じようにノエルの誘拐を企てているのか。
男たちに先を越されたので、邪魔をしに入ったとでもいうのだろうか。

「くそっ、面倒臭いことに……。さっさとガキを何とかしろ!!」

リーダー格の男の号令に、一斉にこちらに向かってくる男たち。
ノエルも短剣を握り直し、男たちに向き直ると、

「俺も混ぜろって言ってんだろうがぁ!!」

叫ぶフランキーが屋根から飛ぶ。
衝撃をものともしないで着地したフランキーの足は裸足だ。痛くないのだろうか。
フランキーは男たちを睨みつけると、右腕を突き出す。

「ストロング右(ライト)!!」

その声と共に、拳が飛んだ。
いや、比喩ではなくて物理的に。
フランキーの拳が腕から離れて男の一人を殴る……というよりは勢い良くぶつかった。

「うえぇっ!?び、びっくり人間っ!?」

「ノーノー!改造人間(サイボーグ)だ!!」

吹っ飛んでいく男を見つめ、思わず叫んだ言葉を拾われた。
改造人間(サイボーグ)
本来ならばそんな胡散臭いものがいるのか?と胡乱な目で見るところだが、目の前で拳を飛ばされたら信じるしかない。

「すっげー!カッコイイ!!」

キラキラと目を輝かせてフランキーを見つめるノエル。
改造人間だなんて、そんな男の子の夢を詰め込んだような存在がいるなんて。
どういう構造になっているのか、是非とも聞いてみたい。

「ねぇねぇ、他にも何かすごいの出来る?」

「おう、いくらでもあるぜ!見てェなら、危ねェからちょっと離れてろ」

「了解!」

興奮してすっかり年相応の子供に戻ってしまったノエルはフランキーの言葉に親指を立てて頷く。
しかし、誘拐犯たちがそう簡単に彼女を逃がす訳がない。

「逃がすかぁ!!」

その場から離れようとするノエルにナイフで斬りかかる男。
ノエルは向かってくる相手のナイフを最小限の移動で軽々と避けると、タンッと地面を蹴って跳躍する。
そして、男の頭をぐしゃりと踏みつけると、後はまるで曲芸のように建物と建物の壁を交互に蹴りながら壁を登って行く。
カクと鬼ごっこをして遊ぶ時、彼のほどに身軽ではないノエルが、屋根を渡って逃げるカクを追うために編み出した技だ。

あっという間に屋根の上に避難したノエルは離れたことを知らせるために、笑顔でフランキーに手を振る。
フランキーは少し呆気に取られたように動きを止めていたが、すぐにニヤリとノエルに笑みを向けた。

「よぉーく見とけよ、チビ助!!」

そう言って、フランキーは男たち目掛けて口から火を吹いた。


※※※※※※


「すっげー!かっくいーっ!!」

フランキーの人間離れした技の数々に、すっかり興奮したノエルは頬を紅潮させながら手を叩く。
そして、屋根から飛び降りると、先ほどのように壁を蹴りながら落下の速度を落として死屍累々の地面に降り立った。
死屍累々とは言っても、倒れた誘拐犯たちは誰もが僅かに痙攣しているので死んではいないが。

「あんた強いな!すげーカッコ良かった!!」

すっかり感激したノエルはきらきらと輝く瞳でフランキーを見上げる。
子供の素直な尊敬の眼差しにフランキーも満更ではないようだ。
得意気に胸を張っている。

「助けてくれてありがとー」

「おう、気にすんな」

サングラスを頭の上に乗せたフランキーは、豪快にノエルの頭をわしわしと撫でる。
手が大きいので髪の毛がぼさぼさになるがノエルは笑顔でされるがままになっている。
強い人には憧れるし、誘拐犯から自分を助けてくれたのだから悪い人でもないだろう。
それに………。

「………どっかであったことある?」

こんな特徴的な男を忘れるわけがないと思いつつも、首を傾げて尋ねた。
どうしてなのか分からない。
けれど、豪快に頭を撫でる感触が懐かしいと思ってしまったのだ。

ノエルの質問にフランキーは不思議そうに眉を上げて首を振る。
やはりそうか。
一度目にしたものを鮮明に記憶するノエルが、こんなに変わった男を忘れるわけもない。
気を取り直して、ノエルは改造人間の生態に迫ることにした。

「なんで銃弾が効かないの?」

男たちの一人が拳銃を持っており、それをフランキーに向けて撃った。
しかし、硬い金属音と共に銃弾は跳ね返ったのだ。

「身体に鉄板が仕込んであんだよ。大砲でも跳ね返せるぜ」

「へー、鉄板かぁ。改造人間すげーっ!………でも、なんで背中には仕込まなかったんだ?」

「ああ、そりゃ手が届かねェから―――…………なんでお前、俺が背中に鉄板を仕込んでねェって知ってんだ?」

ノエルの質問に険しい顔をするフランキー。
その反応に、そういえば自分の観察力は一般人よりもとても鋭い(と、いつもパウリーたちが言ってる)のを思い出した。
彫刻を造るために物の細部までを観察するうちに身についた、ノエルにとっては当たり前の能力だ。
けれど、一般的にはあまりない力らしい。

「さっきの戦闘の中で敵に背中を向けなかったから。正面の銃弾は自分から当たりに行ったのに、背中からの攻撃は必ず避けてたからそう思ったんだ。それにシャツがめくれた時に見えたけど、胸にはないのに背中には小さな傷痕がいくつかあったから」

フランキーのシャツがめくれたのは、一瞬のことだ。
ノエルはその刹那を逃さずに見ていた。
問われれば、傷の場所も形も答えられる。

フランキーはノエルの言葉に驚いたようだが、すぐに感心したようにノエルを上から下まで眺め回した。
不躾とも言える視線だが、負のものではないので特に気にはならない。

「流石は………アイスバーグが選んだだけあるな」

「え?」

「お前、アイスバーグのところの秘蔵っ子だろ?12歳で1番ドックに入った奇才の彫刻家、ノエルだろうが」

「なにそれ?世間じゃ、そんなこと言われてんの?」

確かに異例の出世を遂げている自分に世間の注目が集まっていることは知っていたが、まさかそんな呼ばれ方をしているとは知らなかった。
しかし、やはりというか船大工としてよりは彫刻家としての方が名が売れているらしい。
本職は船大工なのでちょっと複雑な気分だ……。

「まあ、噂よりも大したガキだな」

「あはっ、どう致しまして」

誉められるのは嫌いじゃない。
笑顔を浮かべてフランキーにぺこりと頭を下げた。

「けど、ガキがこんな夜中に裏町をウロウロしてんのは感心しねェな。しかも、アイスバーグの関係者なんて悪党にとっちゃ涎が出るほどの獲物だ」

フランキーの注意は杞憂ではない。
何度も誘拐犯に襲われているが、この真夜中の散歩中が一番遭遇率が高い。
現に今も襲われたばかりである。
けれど、危険だと分かっていても譲れないものがある。

「夜の散歩は趣味だから。それに、危ないからって自分のやりたいことを諦めてちゃ、船乗りは海に出ることも出来ないだろ」

「ほお……。チビ助のくせになかなか深いこと言うじゃないのよ」

ノエルを見つめてにやりと笑うフランキー。
ノエルもにしゃりと笑い返す。

「気に入った。暇な時は俺ンとこにきな。誘拐犯の一人や二人は拳で倒せるように鍛えてやるよ」

「え、いいの?」

フランキーのびっくり技は真似出来ないが、それでも彼の強さは1番ドックの職長たちに匹敵する。
学ぶことは沢山ありそうだ。
それに、もっと色々な技も見てみたい。

「暇な時に岬の先にあるフランキーハウスに来いよ。歓迎するぜ」

そう言ってフランキーは、わしわしと豪快にノエルの頭を撫でた。
ぼさぼさになった頭でノエルは元気よく頷いた。


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10/02/04
改訂13/06/30

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