口づけの魔法
おいしいアイスクリーム
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「よっそこの別嬪ちゃん!うんまいいちごソフトくいたくねぇかい?」
「えっ普通に食べたいんだけど」
「安くしとくぜ」
「やったぁ!おじさんありがとう!!」
ことの始まりは初夏の学校帰り。
私の家の近くの公園に、今まで見たことのないアイスクリーム屋さんのワゴンが来ていた。その回りには子供たちが賑わっていて、みんなアイスクリームがほしいみたい。
公園自体は結構広くて、住宅街だし夕方に迫る時間帯だからか学校帰りの小学生やお母さんと一緒に来た幼稚園くらいの小さい子が多くいた。私は帰宅部だから夕方前には帰ってしまうのである。
「そら、溶けねぇうちに食べな」
「はーい。うーーーんおいしい!!」
「ははは。そりゃよかった」
「おじさん、また来てね!」
その時食べたいちごソフトは、甘すぎなくて冷たくて、いちごソフト独特の風味が身体中に広がった。じめじめし始めた今のこの季節には調度よくて、私を唸らせた。普通に、普通に美味しかったのである。何も変わった味ではなかった。綺麗にとぐろを巻いたピンク色のソフトクリームもクッキー生地でパリパリのワッフルコーンも私の好みだ。私はぽたぽたと地面に溶けて落ちないように、工夫して食べながら家路についた。
私は、その味が忘れられない。
忘れることができない。
「んー?あれ?」
その次の日の朝、私の視界はぼんやりと霧がかっていた。見えるは見えるのだか、端々が白いもやに隠れている。少し目を擦ったり、顔も洗ってみたけど変わることはなかった。
「まぁ寝ればなおるかな。いってきます」
まだ見える範囲はだいぶ広かったため、私はこのことの重大さに気づいていなかった。現に、この日は普通に暮らすことができたのである。誰かに言うほどでもないと思っていた。目の調子が悪かったとか、少し寝不足だったか程度の考えであった。平和ボケした私の脳みそには、危険信号が届いていなかっのだ。
いちごソフトを食べた日から2日目。
「…なにこれ」
白いもやは大きくなっていて、私の視界の端は完全に見えなくなっていた。中央に丸く目の前の風景が広がっているが、これでは首を動かさないと後ろから車や自転車が来ても気づけないかもしれない。
私は本当に目前のものしか見ることができなくなっていた。
それでも日常生活はなんとか送れるが、大きな不安に襲われた私は親に相談してみることにした。
「ねぇお母さん、何だか私の目がおかしくて…」
「大丈夫!?どういう風におかしいの?」
「視界が白くなっていってて、まわりがよく見えないの」
「…バカなこといってないで早く学校いきなさい」
「ちょ、ほんとだって!!おかあさぁぁぁぁん!!!!」
自分だけにしかわからないことだから、周りに訴えてもなかなか聞き入れてはもらえなかった。それは私の母だけでなく…
「なに言ってるネめい、まだ夢の中アルカ?」
「風邪でも引いたんじゃないかしら。めいちゃん、私のお弁当わけてあげましょうか?」
「ちゃんと起きてるよ〜。本当のことなんだから!妙ちゃんありがとう。でも元気だから大丈夫だよ」
「そう、本当に?今日は早く寝るといいわ」
「はよ元気になるネ。スマブラするアル!」
暗黒物質はなんとか回避したものの、一番の友達でもまともに聞き入れてはくれなかった。そりゃそうだ。こんな話、現実味が無さすぎる。漫画でもあるまいし。
しかし症状は確実に進行していて、視野は朝より少し狭まり何故か体が息苦しくなっていた。咳で息を整えようとしてもすぐに胸が圧迫される。妙ちゃんの言った通り本当に風邪を引いたのかもしれないと思っていた。不思議と喉は痛くなかったが。
この日も私はあの公園の前を通って帰宅しようとしていた。
「よぉ、あの時の別嬪ちゃんじゃねぇか」
「…いちごソフトの……」
アイスクリーム屋さんのおじさんがいた。この前と同じ位置にワゴンを停めていたが、その周辺は不気味なほどに静かだった。
以前と同じ時間帯のはずなのに、下校中に寄り道している小学生も砂場でお城をつくっている小さな子供たちもいなかった。公園には、私とおじさんを2人きりである。
「今日もあるぜ。食べてくかい?」
「いえ、今日は少し体調が悪いから…」
「あー、そうかい。また食べたら促進させちゃうしな」
「………え?」
「お前さんの視界と命の時間、奪う速さを加速させちまう。若いんだからそれは可愛そうだよな」
この人はなにをいっているのだろう、と思った。何で私の視界が奪われていることを知っているのか。命を奪うとはどういうことか。頭がごちゃごちゃして、なにか考えようとしても真っ白になっていった。
「私をこうさせたのって…」
「俺が売ったいちごソフトが原因だ。うまさの代わりの副作用、てきな」
「てきなって……私これからどうなるのよ!!!どんどん周りが見えなくなってて、でもみんなわかってくれなくて」
言葉で言い表せない不安が私のからだの中を巡った。恐怖に震えた私の叫び声は胸の真ん中にずんと突き刺さり、しばらく咳が止まらなかった。おじさんは、そんな私を見つめているだけだった。その目の奥は、夕刻だというのに光が全くない黒い闇に染まっていた。
「別嬪ちゃんがいちごソフト食べてから今日で2日だよな」
私の咳が落ち着いたのを見計らって、おじさんが口を開いた。
「…それがなによ」
「あと5日で死ぬぜ、お前」
あと5日…?
私はあとたった5日しか生きられないの?
体の力が一気に抜けて、私は公園の地面にへたりこんでしまった。靴のなかに砂と石が入ったことも気づかなかった。おじさんはそんな私の様子をちらりと見て、だんだんオレンジがかってきた空に顔を向けて再度口を開いた。
「ま、解決方法はあるにはあるぜ」
「…え」
まだ私は助かることができるのか。
私にはまだまだやりたいことがあるし夢だって持っている。
一筋の希望が見えてきて、あまりの高揚感に焦って「教えて!教えて!」と叫んでいた私をおじさんはたしなめ、さらに言葉を続けた。
「落ち着けって。なぁに、簡単だぜ」
「なにすればいいの!?私まだ死ぬわけには―」
「沖田総悟とキスをしろ」
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