Cat falling in love | ナノ



見つめられる
2/2




その日は新学期が始まって1週間程経った時だった。

私は小さい頃から動物が好きで、犬や猫を飼いたいと十数年両親に訴え続けていた。しかしそれは「お金がかかる」「お世話しきれない」との理由によりことごとく却下。その度私の枕は 持ち主の涙とよだれと鼻水により嫌な思いをしていたに違いない。
私は高校を実家から随分遠くに志望したため、そんな枕とも別れを告げた。今は親戚が管理しているマンションに一人暮らししている。ちゃんとオートロックだよ。ぷりぷりのオトメだからね。

まぁとにかく、私はずーーっとペットが欲しかった訳だ。
じゃあ何故高校3年までずっと飼わなかったかって?お金がないからだよ!!私はこれまでバイトして動物1匹をなんとか飼える分の資金を貯めていた。それももうだいぶ大きな額になり、月に数回バイトをするだけで賄えそうになった。
そう、飼い始めるなら今である。


「ね、土方くん」

「なんだよ、いきなり」


学校の帰り道、私の隣を歩いている土方くんは怪訝そうな顔でこちらを見た。
彼は高校2年の時に同じクラスになり、夏休みが終わってすぐ行われた席替えで隣になって仲良くなった。少しいかつい見た目に反し、何かと私のことを気遣ってくれるめちゃめちゃいい人である。私のつきない動物を飼いたい!という思いをわりと黙って聞いてくれる。わりと。


「ワンコがいいかな、ニャンコがいいかな」

「またペットの話か。お前の家は動物を飼っても大丈夫なのか?」

「……ハッ、どうなんだろ」

「…確認しとけよな」


彼は呆れたようにため息をつき、私は少しオレンジがかった空に向かって「ニャンコ飼えますように!」と合掌して呟いた。土方くんがした「猫に決まってるのかよ」とありきたりでつまらないツッコミには反応しないでおいた。














「あーー、ダメだね」

「ガビーーン」



私の住んでるマンションの経営者こと私の伯父さんは少し眉を下げて言った。土方くんに家に送ってもらった後、私は伯父さんの部屋に来たのである。

私はリビングにおいてある4人が座れるテーブルに手をつき、私の目の前の席についている伯父さんにぐーーっと近づいた。


「どーーーーーーーしてもだめですか?」

「ダメだね」

「どーーーーーーーーーーーーーーしても?」

「どーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーしても」


伯父さんは腕を組み顔を左右に振った。
私は頑なな伯父さんの態度に、どんなにお願いしても受け入れられないだろうと痛感した。私の父も随分頑固であるから、その血はこの人にもきちんと入っているのであろう。この2年間の私の頑張りはあっという間に崩れてしまったのである。私は瞳を潤ませながらテーブルにがっくしと項垂れた。


「まぁこれあげるから、あまり気をおとさないで」


伯父さんは私の目の前に赤い瞳の三毛猫のぬいぐるみをぽんと置いた。












「うおっ暗っ」


次の日の朝、学校にき自分の席でまたも項垂れていた私の回りには黒い渦が漂っていたようである。私よりも少し後に来た土方くんは暗いと言いながら状況を察したようで「だめだったのか」と私の前の席についた。


「ぞうだっだんだよ〜〜よぐわがっだね!」

「あーーーほら鼻水拭け!女だろ!」


私よりも女子力の高い土方くんはポケットティッシュをとりだし、私の鼻をぐりぐり拭いてくれた。ありがたいけど痛い。鼻の骨折れそう。


「ううっ私は今までなんのために汗水垂らして…」

「最初に確認しないお前が悪いだろ」

「ぞうだげどぉぉぉ」

「あーーもう」


土方くんは新しいティッシュを取り出して同じように私の鼻をぐりぐりとする。彼はよく私のお世話をしてくれる。今みたいに鼻をちーんしてくれたり、口元にミートソースがついていたら拭いてくれるし、ブラウスの裾が出ていたら指摘してくれる。まるで私の親のようであった。


「私、土方くんがいなくなったら生きていけないかもしれない」

「なっ!?何言って…」


彼は少し顔を赤らめて「ティッシュ捨ててくる」といってそそくさと立ち去った。彼のことだからどうせ「キモいこと言うな」とか「ガキだな」とか言われると思ったのに、初めて見るピュアな反応に私はちょっとだけキュンとしてしまった。土方くんでもあんな顔するんだ…。


しばらくして席へ戻ってきた彼は、いつも通りの表情でこう言った。


「今日の放課後、あそこいこうぜ」












「おー、集まってきてるね」


私達の帰り道のから少し外れたところにある公園。ここで毎週木曜の黄昏時、近所のニャンコは会議を始める。住宅街のなかにあるためあまり広くないその公園の小高い丘にはいつものニャンコたちが集まり始めていた。落ち込んだとき、この公園に来ると木曜日以外でもニャンコが数匹のんびりとしていてめちゃくいゃ癒されるのだ。


「ボスはまだみたいだな」

「社長出勤ね」


私と土方くんがこの光景を見つけたのは去年の冬にはいる前だった。私がたまには違うルートで帰ろうと言って面倒くさがる彼を引っ張ってきたのである。その時はちょうど会議中でミャアミャアと熱い議論が交わされていたのをよく覚えている。

丘から少し離れたブランコに座ってニャンコ達を眺めていたら、段々と鳴き声が小さくなっていった。


「やっと来たか」


隣のブランコに座っていた土方くんがそういうと、赤い瞳の三毛猫が丘の向こうから姿を現した。頂きに腰を下ろして夕日に赤い瞳を反射させながら部下猫を見渡し、そして私の方に顔を向けた。え?私の方?


「なんかアイツ、お前の方みてるな」

「そうだね…?」


ここにはたまにしか来ないため彼らの会議を傍聴するのは数回目だが、こんなことは初めてである。夕焼けのオレンジ色が混ざって朱色に輝く瞳は私の顔を何十秒か見続けた。もしかしたら短かったかもしれないけど、私には随分と長く感じて時が止まってるかのようにも思えた。私は彼の瞳から目が離せないままでいたが、その後ろで彼はしばらくしっぽを大きくゆっくり動かし、やがて先だけを小さく振っていたのが見えた。

どのくらいたったか、彼は視線を私から外し仲間たちへと話しかけた。


「…いつも通りになったな」

「何だったんだろうね」

「何だろうな」


時々雑談しながらニャンコ達の会議を眺めていた。何の話だろうとか、今アイツはきっとこういっていたとか。そんな他愛もない会話は私の悲しみを、一時的かもしれないが忘れさせてくれた。


「土方くんてなんで私にだけ優しいの?」

「…何だよ急に」

「だって神楽ちゃんとか妙ちゃんとか、ほかの女の子にはこういうことしないじゃない」

「お前そこまでわかっててそれ聞くのか」


自分はそんなに鈍感ではないと思う。けれどもあくまで予想でしかないから、先に進むのには少し勇気がいる。違っていたら今のままの関係じゃいられなくなるだろう。


「ちゃんと言ってくれなきゃ、わからないし」


私がそういうと、彼はため息をひとつついて私の顔を見た。夕日のせいなのか照れなのか土方くんのほっぺたは赤く見えて、どこからか生唾をごくりと飲む音が聞こえた。私たちの周りには何だか少し甘い雰囲気が漂っている。


「1回しか言わないからな」

「…うん」

「俺は、俺はお前のことが……」


そのとき、ミャアアアと何匹ものニャンコの鳴き声が響いた。どうやら会議が終わったらしい。私たちは向かい合っていた顔を会議の会場へと反射的に向け、ぞろぞろと家路へつくニャンコを見つめていた。隣からはチッと舌打ちが聞こえた。


「…俺たちも帰るか」

「…そうだね」


そういってブランコからたちがった時だった。


「ミャア」

「わっ」


私の足元に、あの赤い瞳の三毛猫がすり寄っていた。さっきまであの丘にいなかったっけ…。いつの間に。
三毛猫は甘えたような声をして私のもとから離れなかった。ニャンコを取りまとめてるときはどっしとしていたから、こんな甘えるような姿は意外である。



「ひええ、かわいい…。どうしたのかな」

「ミャアミャア」



何かを私に訴えているようである。


「なんか、こいつムカつくな」


土方くんは眉間にシワを寄せて三毛猫を見つめた。しかし、このニャンコはちっとも土方くんには目もくれず私の目を見ながら鳴き声をあげていた。


「春菜、遅くなるぞ」

「うん…そうだね」


気候は暖かくなってきたとはいえ、まだ初春だから日が暮れるのも早いし少し肌寒い。私はしゃがんで足元のにゃんこに視線を合わせ、きゅるきゅるな目を見つめながら頭を撫でた。


「ごめんね、もう帰らなきゃ。また来るから」


そう告げて立ち上がり、私達は振り返ることなく公園を後にした。
この時、彼はどんな顔をしていたのだろうか。













10分くらい歩くと、私の家が見えてくる。土方くんはここより少し先の家に住んでいるらしい。行ったことないけれど、彼のことだからきっときれいに片付いた部屋なのだろうと思う。



「ありがとう。送ってくれて」

「いつものことだろ」

「そうだけど、フフ。ニャンコかわいかったね」

「…そうだな。またいくか」

「うん」



公園の話の続きはないのかな、なんてちょっとした期待を持っていたが、土方くんは奥手な性格だから私の方をちらっと見て「じゃあな」と言った。わかってるわかってる。また今度ちゃんと言ってね。はやくいい返事を返したいな。

マンションの入り口前で土方くんの帰っていく背中を見つめていたときだった。



「ミャア」



さっきまで聞こえていた声がまた聞こえてきた。それは土方くんの耳にも入ったようで、私の方を振り返ってれ切れ長の目を大きく見開いていた。そして同時に私の足元を見ると…。



「ミャ?」








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -