私には現在、大いなる目的がある。

少し前までは体重5キロ減を第一の目標に掲げていたが、食べ盛りの女子高生である自分は二日で諦めてしまった。お菓子が美味しすぎるのがいけない。特に先月発売したスナックが「試しにひとつ!」と買ったらあまりに美味しかったのでハマってしまい、毎日のように買い食いを繰り返してしまいその結果――

…話が逸れた。
過去はいい。そう、今私は、大いなる目的を抱えているのである!

「きたきた!よーし…」

ささっと髪型を手鏡でチェックをする。完璧。

自分が隠れている看板の前をターゲットが通り過ぎた。そのまま離れる背中を見つめる……5M……10M……孔明いまです!

「ハインリヒさーん!」

奇遇ですね、を装い駆け寄る。ん、と振り返った彼の美しい銀髪が夕日を反射していた。うおっまぶしっ

「よう」
「チィーッス!今日も寒いですね!私肉まんとか食べたいなぁ、どうですかそこに売ってるんですけど奢ってくれたりとか!」
「お前さんは今日も元気だな」

あと肉まんは自分で買え、といわれてしぶしぶ財布を取り出す。ああまた買い食いをしてしまった。
なるべく急いで会計を済ませたが、ハインリヒさんはなんと私が戻ってくるのを待っていてくれた!
これってフラグでしょ知ってる

にやにやと笑いながら横に並ぶ。せっかくなので半分に割って、片方をハインリヒさんに差し出した。

「お、いいのか。悪いな」
「ほんとですよ!今度は奢ってくださいね!」
「そうだな」

よっしゃ、奢りの約束ゲット。
なかなか進歩したものである。

思えば三カ月前、この商店街でたまたま彼とぶつかってしまい一目惚れをしたのだ。
次の日、また会えるかなと期待して同じ時間に来てみればドンピシャリ。あのとき思い切って話しかけた私GJ。ほんと褒めたい。おかげで彼は商店街の端にある本屋に頻繁に足を運んでいることが分かった。

それ以来、本屋の近くで待ち伏せしては偶然を装って話しかけ続け、現在の関係を築いている。
といっても、商店街を抜けるまでの間、隣を歩いて話すだけ。

だからそう、今日こそは目的を達成し一歩踏み出した関係になるのだ!

「は、ハインリヒさん!あのですね」
「ん?」
「ば、ば…」
「ば?」

ハインリヒさんがこっちを見て……いや見てるんだよなこれ。この人瞳が薄すぎて一瞬どこみてるかわかんない。
でもカッコイイ。やばい体温あがってきた。

「バッ……クダンサーって凄いですよね!!年末の紅白見ました?!」

あっ違う違うんです

「…いや、年末は国に帰っていたな」
「あっドイツでしたっけ!私もドイツ行ってみたいなぁ〜!ビール常温なんでしょ?」

違う!ビールはどうでもいい!未成年だし飲めない!

「ああ、日本じゃぬるいビールなんてあり得ないんだろ?ま俺はビールよりワインだな」
「ひょう!ワイン飲むハインリヒさんテラカッケェ!あっ違う違うってば!」
「…?何が違うんだ」

クソッ!クソッ!この口か!この口が言うことを聞かないのか!お前は食べることしか能がないのか!

あああ、と食べかけの肉まんを握りつぶす私を、ハインリヒさんが変なものを見る目で見ていた。

――私が知りたいのは彼の携帯番号なのだ。

知り合って三カ月、他愛ない会話も交わすようになって、そろそろ「番号を…」と切り出しても不自然ではない頃だろう…と、思う。

私の携帯の赤外線通信口はもはや彼のためにあると言っても良い。通信する時に備えて恥ずかしいシールやストラップは全部外した。念には念を入れて、待ち受けもアイドルグループの画像から爽やかな風景画に切り替えた。

こんなにも準備が万端なのに、「番号教えてください」の一言が言えない。

「違うけど違くなくなくもないです!」
「日本語しゃべれ」
「あっサーセン!若気の至りってやつで!そういやハインリヒさん日本語お上手ですよね!」

ああもう駄目だ口が止まらぬ。

べらべらと喋り続ける私。だが、そんな私を見てハインリヒさんは「クッ」と笑みをこぼした。やばいかっこいい。

「お前さんは見てて飽きないな」


 は  ぅ
       ん


あ。だめ。いま昇天しかけた。
惚れてまうやろ!惚れてた

「最高の褒め言葉です!バカやっててよかった!」
「わざとやってたのか」
「いや本当に馬鹿なんですけどね。この前数学で2点取っちゃってテヘへ状態です!」
「……10点満点で?」
「100点満点です」
「………」
「テヘへ」

ため息つかれた。
なんだろうこの人って呆れる顔がすごく似合う気がする!

しかしそこで商店街の出口が近付いていることに気がついた。そこから彼は右へ、私は左へ。

ああ今日も番号聞けなかったなぁ、なんて思っていたら、彼が手帳にサラサラと何かを走り書きし、破いて私によこした。

「えっ」

差し出された紙と彼の顔を交互に見る。

「今度はこそこそ待ち伏せしてないで遊びに来い」
「えっ…えっ」

ぶるぶると震える手で紙を受け取る。日本語でも英語でもない文字が並んでいた。恐らくドイツ語だ。

「今住んでる家までの道順だ。自力で解読しろよ」
「家!?嘘っえっ!」
「俺の後をつけるのもナシだ。じゃあな」

最後に、彼は「待ってるぞ」と言い残して去って行ってしまった。

「嘘…え…えーー」

私は待ち伏せがバレていたことに気付かないほど興奮していた。番号どころか、彼の自宅への招待状が手の中にあった。

「…辞書、買おう」

数学2点の私が初めて自主的に買う教材であろう。親が泣いて喜ぶかも知れない。

彼は私が解読に何日かかると踏んでこれを渡したのだろう。3日か。一週間か。ひと月か。

絶対に短期間で解読して家に突撃して、彼をあっと言わせてやる。
新たな目標が掲げられた瞬間だった。

とにかく辞書を手に入れるために、私は商店街を逆走した。




◆BGM:ゴール/デンボン/バー『また君に番号を聞けなかった』


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