寒い冬のある日、恋人のアルベルトが母国へ帰ってしまった。 彼は初夏には戻ると言っていたから、私は待っている。 ギルモア邸で、博士と一緒に。 しかし彼は戻らない。 夏などとうに過ぎてしまった。 半年どころか、一年がたった。彼はもうここへは戻らないのかもしれない。 そんな考えが頭を占領するようになったある日、私はアルベルトの部屋に入ってみた。 鍵は彼が出国する前に私に預けていった。 私はそれにチェーンを通して、いつも首から提げている。 ドアを開けると、主の不在により閑散としたその部屋は、廊下よりも寒く感じた。 吐く息は熱く、白い。 私はクローゼットを開けて、彼が置いていった服の中から黒いタートルネックを手にとった。 それを持って、彼のベッドに飛び込む。 寝転がりながら服を抱きしめてみるが、彼の匂いなどしなかった。 そのかわり、洗濯洗剤の石鹸のような香りがする。 私は服をその辺に放り投げて、天井を仰ぎ、ため息をついた。 この行動が一体何になるというのだろう。 アルベルトは戻って来ないというのに。 彼の影を追っても、ただ虚しいだけなのに。 私は再びため息をついた。 やげて強烈な睡魔が襲ってきたので、私はベッドの中に入りこんだ。 布団はすぐに温まる。 その温かさゆえにベッドから出るのが億劫になった。 私はそのまま、目を閉じた。 「……、」 私の名前を呼ぶ声が聞こえる。 誰だろう。 うるさいな。 もう少し、眠りたい。 ああ、そうか。 これはアルベルトの声だ。 …アルベルト? 私は布団を跳ね退け、がばっと飛び起きた。 ベッドサイドにはあのシニカルな微笑みを浮かべる、彼。 コートを着たままで、背後には大きなトランクが見える。 「……おかえりなさい」 「ああ、ただいま」 約一年振りの突然の再会に未だ目を丸くしている私に、「酷い寝癖だな」と笑いかけながら、彼は私の髪を指先ですいた。 私はその白い手を払いのける。 「気に障ったか?」 私は首を横に振った。 何故か胸の奥が苦しい。 「…初夏には、」 「ん?」 「初夏には戻ると言っていたのに」 「…悪かったな。仕事の関係で色々あったんだ」 色々、とは一体、なに。 そこまで立ち入ったことを聞く権利が、果たして自分にはあるだろうか。 わからないから、私は彼の言葉にただ頷いた。 ならばしょうがない、と。 実際、海の向こうの異国からこちらへ行き来するのは、そう容易なことではないだろう。 「ところでお前さんは俺の部屋で何してたんだ」 「……貴方の服を探してた」 私は部屋を見渡し、眠る前に放り投げた服が床に落ちているのを見つけると、それを指さして示した。 「貴方の匂いが残ってるんじゃないかと思った。勝手なことをしたのは謝る」 私は目を伏せた。 「そのうち、思い出せなくなってしまいそうで。貴方のことも、今までの思い出も、何もかも」 貴方が私に唯一残してくれたのは、この部屋の鍵。 だけどこの部屋に、貴方の影など見当たらなくて。 貴方の居ないこの部屋には、何も無かった。 「…淋しい思いをさせて悪かったな」 彼が言った一言に、私は驚きをもって聞き返した。 「淋しい?私が?」 「ああ。違うのか」 「……違わない」 いま、やっと一連の行動理由がわかった。 我ながらなんと自分の感情に疎いことだろう。 私は淋しさを紛わせようとしてここに来たんだ。 淋しかったのだ。 彼が居なかった間、ずっと。 私は彼に抱き着いた。 彼は私の突然の行動に驚いて、固まってしまった。 「……急にどうした」 「実感が湧いてきた。また貴方に逢えたんだって」 「そうか」 アルベルトは再び左手で私の髪をすいた。 彼もまた、私と居るという実感を得ているのだろう。 今度はその白い手を払い退けたりなどしない。 私は背中に回した両手に、ぎゅっと力を込めた。 伝わるのは、彼の熱。 ずっとずっと、逢いたかった。 海の向こうの貴方に。 できればもう少し、このままでいさせて。 ◆緑川さまのサイトにてリクエストさせて頂きました。「004相手の淡泊ヒロイン」です。涼宮ハルヒの長門のようなイメージで、とお願いさせて頂きました。わざわざ長門について調べて頂きまして、本当にお世話になりました。これからヒロインちゃんは004と一緒にいろんな感情を学んでいくのでしょうね(^^) 緑川さま、ありがとうございました。 back |