「ジェット、耳掃除したげる」
「いらね」

マオの気まぐれな優しさはコンマ2秒で地に還った。
ガタガタと机が鳴る。マオがジェットを引っ掴んで、ジェットが机にしがみついた音だ。

「なんだよいらねぇっての!」
「せっかく人が耳掃除してあげるって言ってるのに!ちょっとそこに座んなさいよ!」

そことは五歩先のソファーである。マオは既に耳掻きを持っているのであとは耳だけだ。

しかしジェットも負けてはいない。あと五分でサッカーの試合が始まるのだ。意地でもここから離れない。

「俺はあいつらの勇姿を見守らなきゃいけねぇんだよ!」
「またサッカー!?フィギュアスケートはちっとも見ない癖に!」
「あんなへなちょこな曲に合わせてダンスする競技の何が面白いんだよ!眠っちまう!」

ジェットは球技が好きだ。弱小チームが強豪に打ち勝った時なんて心が踊る。
対してマオは体操やシンクロといった見た目に華やかな競技。人がぶつかり合う試合は好まない。

つまりは嗜好が噛み合わない二人。毎度言い争いが絶えなかった。

「いいから大人しく来なさいってば!前あんたの耳から埃が出てきたの覚えてるのよ!」

耳垢でないあたりがサイボーグだ。

「いらねぇってば!」
「なによ!そんなに嫌なの、私の膝枕!」
「いっ……ちょっとだけ待て」

一旦マオを落ち着かせ、体を離したジェットは、そのふとももを見た。
ついでに服装もチェックする。シャツの上にセーター、そしてミニスカート。悪くない。

「なによ、どこ見てんの?」
「録画の方法を思い出してたンだよ。よし、痛くすんなよ」

とりあえずは録画だった。ジェットはテレビの下でうっすら白くなっていたデッキを取り出した。





「むむ、おっきいの発見」
「ゴリゴリいってるぜ。早いとこ終わらせろよ」

ジェットの頭を膝に乗せて魅惑の耳穴にかじりつく。
やはり出てくるのは埃なのだが、なかなか取れなかったり、ごっそり取れたりでマオを夢中にさせる。きまぐれの耳掃除が大当たりだった。

「そこ、くすぐってぇ、つの」

執念に奥の一角をつつきまわしていると、ジェットは「ん」と息を詰めだす。ははぁ、ここをこうするとそうなるのね、なんてやっているうちに、ジェットはマオの腹に顔をうずめて呻くばかりとなった。

「おいまだかよ、……ん、」
「ん〜よく見えない」
「おわっ」

耳に息を吹き掛けたらビクリと震えた。

「じっとする!」
「てめ、このやろ!」
「待って、待って、うん見えた…」

あと一息!…のように見える。これで最後だと思い切って耳掻きを突っ込み、ひとむしり。

ネジが採取された。

「あっ…」

マオは浮かされたように呟き、しばし停止。
木製の耳掻きの上にちょこんと乗っているのは、目をこらさないとゴミと間違えそうなほど小さな、mm単位のネジだった。

なんだよ、と不思議に思ってもぞもぞし出したジェットの手にそれを落としてやる。
ジェットは飛び起きた。

「おまっ…!ネジ!?これどこのネジだよ!?」
「ジ、ジェットの耳の」
「ンなこたぁわかってんだよ!博士呼んでこい!」

ネジ抜け男の一喝。マオはギルモアの書斎めがけて駆け出した。凶器の耳掻きを隠し忘れたまま。





「やり過ぎには注意じゃな」

結局、外れたネジはたいして重要なパーツではなかった。
しかし問題はパーツの重要性ではない。マオはすっかりしおらしくなってしまい、「全部私が悪いです」という顔でジェットに謝りにきた。

「ごめんジェット。ジェットだから良かったけど、普通の人ならきっと鼓膜破っちゃってた」

普通の人ならきっと耳からネジなんて出ないが、なにしろマオが面と向かって謝罪してくるのは一年ぶりくらいのことなので、ジェットは反応に困ってしまう。
非常に些細なことで毎日のように口喧嘩をしているが、どちらかが一方的に悪かったことなんて実は数えるほどしかない。そして今回も、マオが悪かっただなんて思わない。

診療代の上で、ジェットは居心地悪そうに頭を掻いた。

「まぁ、その、別によ」

どうしようもなくて、また耳掃除されてやってもいい、とそれだけを呟いた。たまに素直な彼女はとてつもなく可愛いのだ。


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