スカール←ヒロイン←モブ


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僕はモブだ。
故に名前はない。

僕は世界を裏で牛耳る闇の大組織、ブラックゴーストの末端で働いている。
友人の友人の友人からコネが降ってきて、親にも言えない仕事だけどとってもお給料が良い。次のお母さんの誕生日には豪華温泉旅行をプレゼントするつもりだ。

さて、親孝行しつつも浮いた話のひとつなく、「あんたいい加減イイヒト見つけなさいよ」なんて心配されてきた僕だけど、晴れて好きな人が出来た。

マオさん。
ブラックゴーストでは珍しい女性社員だ。僕が所属する部署のトップを張っていて、物腰は優雅の一言。東洋人だけど鼻筋がすっと通っていて、赤い口紅が色っぽい。
まさに才色兼備。あのスカール様も一目置いているという噂だ。

「新人くん、これよろしくね」

なんて艶っぽい声で頼まれると、例えコピーを取るだけの仕事も緊張して指が震える。
僕なんかじゃ到底敵わない人だけど、ちょっとでもお近づきになりたいと日々努力しているわけだ。

そんな時、なんとマオさんから交流会のお誘いがかかった。
なんの交流会かは舞い上がって聞き損ねたが、マオさんや主要メンバーの誘いがあって初めて参加できる秘密の会らしい。
「あなた見込みがあるから是非…ね」なんて肩に触れられた。ドキドキする。

しかしなんということだろう。交流会当日、僕は急な仕事を頼まれて遅刻してしまったのだ。

「すみません、遅れ…えっ」

ブラックゴースト基地の奥の奥。会議室の扉をくぐるとそこは不思議の国……もとい空間だった。

『きゃつら正義と名乗る者どもは一体どんな生活を送っている?どんな野心を持っている?平和に甘んじ研究を怠り、常に何かトラブルが起こってから行動を起こす!』

そうだそうだと飛ぶ野次。
マオさんが、語調も荒く演説していた。

ざっと100人はいるだろうか。若者からご老体、実験途中だけど放り出してきましたという体の奴まで見え隠れしている。

一段高い場所にある演説台に手をついて、マオさんの言葉は続く。

『では我らが指導者スカール様は?あらゆる可能性を様々な角度から考慮し研究に勤しむ。諦めない姿勢!陳腐な言い方ではあるが、スカール様はその精神を我らに示してくださる』
「スカール様!」
「スカール様!」
『スカール様は私が女だからといって、甘やかしたり、ましてや軽んじたりなど決してなさらない。全ての者に平等なチャンスをお与えくださる。我らはその御心に応えねばなるまい。励め!スカール様が絶対者である限り、我らの運命はスカール様とともにある!』

割れんばかりの声援に、ああこれはいよいよ危ない宗教団体らしいと冷や汗流した。

輪に入りたくなくてまごまごしていると、ふとマオさんが僕のほうを見た。ああと口が弧を描く。

『やっと来たか。待ちかねたぞ。皆さん紹介しよう。いま入り口にいる彼が、冒頭に紹介した新たな入会者だ』
「ど、どうも…?」

入会者?
お誘いを受けただけだったのに話が進んでいる。
ていうかマオさん、キャラが違う。

『先月入団したばかりの新人だが、仕事熱心で芯がある。私の推薦を以て、君を迎え入れよう。ようこそ、スカール様への変わらぬ愛を誓う会へ』

要はファンクラブだった。

手招きされて演説台へ。なんだか歓迎されていた。後から聞いたところ、近頃はごますり科学者ばかりで、僕が久々の映えある入会者だったそうだ。
スカール様は凄いと思うけど、あの人の為なら死ねる!ってほどでもなぁ。まだまだ自分が可愛い。いま言ったら袋叩きだから、言わないけど。

「あの、交流っていうのは…?」

今のままだと完全にマオさんの演説講演会である。
これから更になにかするのかと問うと、マオさんは「もちろんだ」と頷いて、

『メンバーが揃ったところで早速始めよう。来月度分、「スカール様へ3時のおやつを提供する日替わり当番」抽選会』

どこからともなく段ボールで作った抽選箱が現れる。

わっ、とここ一番の盛り上がりを見せる科学者たちに目眩がした。
それをどう勘違いしてか、マオさんは「安心しろ、君にももちろんチャンスはある」と、僕の名前を紙にでかでかと書いて抽選箱に放り込んだ。


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