先の戦闘により襟首を強打した002は、精密検査により、摂食行動を調節する中枢神経の機能に異常をきたしていることが発覚した。所謂「満腹中枢」と呼ばれるその器官は、血糖値などの上昇などから過剰摂取を抑える仕事をしている。それが動いていない。

噛み砕いて言うと、食べても食べても満腹にならない状態なのである。

「なぁ腹減ったよォ」
「さっき食べたでしょお爺ちゃん。もう晩御飯まで食べられません!」
「っていってもよ、ほんと、ペコペコでよ…」

002は腹をさすってぶーぶー文句たれていた。
空腹を紛らわせようとしているのか、無意味にリビングをぐるぐる歩いて回っている。

「博士も夕方には帰ってくるから。それまで我慢だってば」
「なんでよりによってこんなときに、パーツが足りねぇんだよ!餓死しちまう!」

そう感じるのは002だけで、実際は食べすぎである。
昨夜はひとりで食欲のままに2合半を平らげてしまった。それでもちっとも腹が膨れないのだ。「ついに腹まで馬鹿になったか」とのたまったのは004だったか。

すぐに治療できれば良かったのだが、002が述べた通り、材料が足りなかった。発注ももどかしく、ギルモアは朝から3つ先の街まで買い物に出かけている。

「マオ、002が暴食せんように見張っておいてくれんか」

そうしてお目付け役がまわってきたのだが、相手は我慢弱いアメリカ人。そこらにある調味料にまで手を伸ばすのだから油断ならない。
その度に「めっ」と手を叩いてやる。しかし最初こそ「何すんだよ!」や「ケチ!」と反抗してきたものの、だんだん目尻をしょぼんと垂らしてすごすご去るという、なんとも庇護欲を刺激する反応をするようになってきた。そろそろおやつの一つでも与えてしまいそうだ。

「もう全部隠しちゃったから、駄目よ」

マオの心を読んだかのように現れたのは003で、能力を駆使して家中の菓子や果物を隠し終わったところだった。
003は、腹が減っているのに食べてはならない状況に、ダイエットを連想して同情したのである。目に付く場所に食べ物があるのが駄目なんだと経験上知っていた。

「あ〜!どうにかなんねぇかなぁこの腹ヘリ」
『どうにかならないことも、ないよ』

ふよふよ。
空飛ぶ籠に乗って表れたのは001だ。003の宝隠しを手伝っていた。

『君が今抱えているのは“食欲”。人間の三大欲求のひとつだよ。その名の通り、人の中で一番大きな部類の欲だから、そう簡単に抑えられるものじゃない』
「なんだよ、さっきと話が違うじゃねぇか」
『まぁ聞いてよ。残る二つはなにか知ってるかな?』

はぁい!と生徒よろしく手を挙げたのはマオである。

「睡眠欲と性欲です!」
『当たり。“食べること”と並んで強い欲だ。食欲を誤魔化すには、それ同等の欲を持って中和するしかない』
「わかったぜ!つまり…」

002は唐突にマオを担いで勝ち誇った笑みを浮かべた。

「エロいことして我慢しろってことだろ!」
「ぎゃああ!001助けてぇぇ!」
『えぇと、そっちじゃなくてね』
「ありがとよ001!じゃあ早速」
『ああもう』

寝室へ向けて走り出した002だったが、廊下へ出た途端に失速し潰れた。床と衝突し、ぎゃん、と鳴いたのはマオだ。
ぐったりと動かない体の下から這い出すと、002はぐぅぐぅといびきを立てて寝ていた。001がちょちょいと能力を使って眠らせたのである。

「お腹が空くなら寝ちゃいなさいってことよ、馬鹿!」

追いついた003が、その頭をスリッパではたく。ぱこんと何も詰まっていないような軽い音がした。

「ううう、003〜〜」
「はいはい、怖かったわね。ちょうどいいから002はこのまま寝かせときましょ」


『餌を与えないでください』という半日限定のルールは、『揺り起さないでください』という注意に取って換えられた。
002は夕方まで、廊下で放置された。


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