「いや無理でしょ」 率直な感想がそれだった。 無理です、こんな大荷物を抱えて階段登れとか。 私は駅のホームへと向かう階段前で呆然と立ち尽くした。 一眼レフカメラに三脚、バッグ。一週間用のキャリーケースには着替えとノートパソコンがパンパンに詰まっている。 多い。多すぎる。重い。でも仕事で使うのだからしょうがない。 海外に出向くジャーナリストみたいだと笑ったのは、今朝見送りをしてくれた母だった。 「無理でしょ…」 再度ぼやく。 ここまではキャリーケースの上にカメラも三脚も全部乗せて、ゴロゴロと引いてきたからこそ持って来れたのだ。 全部を抱えあげて階段を登るなんて無理。男性でも一苦労なのではなかろうか。 仕方ないので数回に分けて運ぼうか、とため息をついた時、横から伸びた腕が重たいキャリーをひょいと持ち上げた。 「良かったら運ぶよ」 「え」 栗色の髪をした若い男の人だった。 男性は人の良さそうな笑みを浮かべて、カメラも三脚も全部持ち上げてしまう。 「わっ!すみません、重いからいいですよ!」 「だったら尚更さ。僕は重くないから大丈夫」 確かに、空のダンボールでも抱えているみたいに軽々と持っている。細いのに怪力だった。 「……じゃあ、すみません、お願いします」 好意に甘えることにした。ホームに上がるとちょうど電車が滑り込んできた。丁寧に電車の中まで荷物を運んでくれた男性は、「どこまで?」と私に問い掛ける。 「T駅です」 「ああ、あそこならエレベーターがあるから平気だね。気をつけて」 じゃあ僕反対方向だから、と優しく言い残し、彼は電車を降りて行ってしまった。 直後扉が閉まり、礼を言う暇もなく発車する。 栗色の髪はホームと一緒に後ろに流れていった。 「それ、力持ちさんよ!」 一連の出来事があまりに印象的だったので、後日友人に報告したところ、そんな言葉が出た。 「なにそれ?」 「あそこらへんの駅とか商店街に時々いるのよ!私も前助けてもらったの。名前知らないから、そう呼んでる」 へぇ、と頷く。力持ちさん。言い得て妙だった。 「彼カッコイイよね。また重そうな荷物持ってうろうろしてたら助けてくれるかな?」 冗談めかして言う友人に笑いながら、私は次に彼を見掛けたらお礼を言おうと強く心に決めていた。 back |