『たいしんかはんこはんちやはんていいかときいているか』

こんな怪文章が携帯の受信ボックスに届いたのは、日が沈みかけて薄暗くなろうとしている時分だった。
差出人を確認する。――おかん。

母親のことではない。母親のようなことを言い出すドイツ人を揶揄してそんな登録名にしている。バレたら怒られるので本人には秘密だ。

「たいしん、かはん、こ、は…ん、??」

思わず立ち止まって液晶画面を凝視する。散歩途中のおばさんが不思議そうな顔で通り過ぎて行った。

なんじゃこりゃ、と言い出したい気持ちを抑える。なぜならこちらには譲歩すべき理由があった。

「はじめてにしちゃ頑張ったほうだとは思う。うん」

おかんことアルベルト・ハインリヒ。
はじめてのE-mail送信であった。

「携帯なんて必要ない」と言い張る彼に「なにかあったときの連絡用としても必要だ」とショップに引きずって行ったのは自分だし、買った後も「電話すりゃ早いじゃないか」と渋い顔をする彼に「メールのほうが安くて経済的だ」と説き伏せたのは自分なのだ。

そうして丸め込んでやったアナログ男がうんうん唸りながら文章を打ち込む姿を想像したところ大変微笑ましかった。

「濁点…が打てないのかな」

そう予想して、濁点が入れられる文字は入れて読んでみる。

「だ、い、じ、ん、が、ば、ん、ご…。あっ、『大人が晩御飯』?」

どうやら本日の晩御飯についてが書かれているらしい。

「後半はえーっと、いいかと…聞いているが…かな。ちやはんってなに?」

しばらく考えても思い当らなかったのだが、前後の文は解読できたので「いいよ」と返信した。大人の作るご飯ならなんでも大好物だ。


ちょうど日が落ちたころに家に到着した。明かりが灯った玄関をくぐってリビングに顔をだす。
説明書と格闘していたアルベルトを見つけて、オッスと手をあげた。

「ちやはんってなに?」

彼はぐぅと唸って、真っ赤な顔で「チャーハンだ」と漏らした。


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