ロックオンは気分が良かった。手の中のグラスを傾けてウイスキーを煽る。氷がカランと爽快な音を立てた、それすら耳に心地よい。
数日間の休暇をもらって地上に降り、その最終日。適当に目に入ったバーに入って、たまたま隣り合った男と言葉を交わしたところ、これがなんとも気さくな男で。

互いに素性に触れたりはしなかった。ただこの日この時の酒を美味しく呑みたいだけ。ロックオンはすっかり上機嫌で、男と会話のやりとりを楽しんでいた。

「久しぶりにうまい酒だぁ」

相手もまた上機嫌だった。
男はロックオンのそれよりも多少度数の高い酒を口に含みながら、伸ばしっぱなしの無精髭が生えた顔を真っ赤にして笑った。ふと思い出したように鞄を漁ると、大きくも小さくもない箱を取り出してロックオンに渡してくる。

「これ兄ちゃんにやるよ。楽しませてくれた礼だぁ」
「なんだこれ?」
「あとで開けろ。うん、兄ちゃんなら良い。大事にしてくれ」

箱には何かが入っているようだったが、服や靴を買ったらついてくるようなそれは、特に高級そうな印象も受けない。
気前よく渡されて、じゃあ遠慮なく、と箱を受け取ったロックオンは、すっかり仲良しさん気分だった。たまにはこんなのも悪くない。

帰り際に男は、コートを羽織りながら冗談めかして言った。

「実は俺ァ追われてる身なんだ。その箱ン中が逃亡理由。下手したら捕まって海の藻屑よ。だからソレ、よろしく頼んだぜぇ」

本気にしろ冗談にしろ、なかなかに面白かったので、ロックオンも笑って返すことにした。

「実は俺も、下手したら宇宙の消しクズになっちまうような仕事してんだ。楽しかったぜおやっさん。お互い生きてたら、またな」





次の日の昼、ロックオンは宇宙へとあがった。数日ぶりの、もはや自分の家のようになってしまったプトレマイオスで、ハロの熱い抱擁という名の体当たりを腹に受ける。

「うぐっ」
「ロックオン、ロックオン!オカエリ、オカエリ!」
「わーったわーった、よしよし。いま帰ったぞー」

てっぺんを撫でてやると赤い目が点滅する。喜びを表現しているのだ。

ハロをあやしながら、通りかかりついでにスメラギの私室へ顔を出す。船に帰還したときはスメラギと顔を合わせ、一言挨拶をするのがクルーの暗黙のルールであった。

「あら、お帰りロックオン」

今日はシラフだった。ただしまさに今酒瓶の蓋を開けようと、コルク抜きを片手にしているところだった。

「ただいま。飲みすぎはよくないぜぇミス・スメラギ」

とか言いながら、お土産にと買ってきたのは酒のつまみである。出掛けた先で見つけたチーズが美味しかったのでつい他の人にも食べてもらいたくなったのだ。当然のごとく「一杯付き合いなさいよ」と決して一杯では済まない誘いを受ける。

「ゆっくり休めた?」
「ああ、おかげさんでな。バーですげー気のいい奴と会ってさ…」

そういえば、もらった箱の中身はなんだったろう。

昨夜は帰宅してすぐに寝てしまったので確認せず仕舞いだ。思い出したついでに開けてしまおう。
スメラギがお土産のチーズを上機嫌でつまんでいるのを確認して、鞄から問題の箱を取り出す。白くて長方形。耳元で揺らすとガサガサ音がした。

「なぁにそれ?」
「もらいモン」
「モライモン!ナニ?ナニ?」

ハロにせっつかれて苦笑しながら箱を開けて――固まった。
スメラギが何事かとロックオンの肩越しに箱を覗き込む。中身を確認した彼女は、それからゆっくりとロックオンを見上げ、もったいぶって言った。

「……あなた……こういうの趣味だったの?」
「誤解だ」

人形だった。それもやたらリアルな。

15センチほどだろうか。女の子で、くたりと投げ出した手足が実に巧妙に出来ている。ふわふわのウェーブがかかった髪が広がっていて、見るからに愛らしい人形。
あの男はなにを思ってこんなものを寄越した。好きそうに見えたのだろうか。やめろ違う誤解を招くだろうが。どうかロッリコン・ストラトスなんてあだ名がつきませんように。

「ねぇ、でもなんか、動いてない?これ…。柔らかいし、作り物にはとても…」

なんだか胸が上下しているように見えたスメラギが、ちょんと人形の頬に触れて、その弾力を確かめた。

「人形じゃ、ないわ」

体温があった。更に目の前で、15センチの身体は小さな寝返りを打った。人形は人形ではなくて、生きていた。

「マジか?」

ロックオンは驚きすぎて未だ蓋を開けた姿勢のまま、ひっそりと冷や汗を流した。やばい、さっき振った。





「責任持って飼いなさい」
「飼うってゆーな」
「言い換えるわ。世話しなさい」

一緒だった。
遡ること五分。これは一体どういうことだと慌てふためく二人の目の前で、小さな少女は目を覚ました。驚いたことに少女は大変黒目がち――というか白目部分がなかった。ビーズのような目をくりくりと動かして、ロックオンを見上げ、スメラギを見上げた。

「あなたは誰なの?」

何なの?とうっかり聞かなかった自分をスメラギは誉めた。
宇宙人、妖精、細胞改造された人間、あらゆる可能性を考えたがどれもピンとこない。本人に聞くのが一番早いだろう。

そして少女は応えた。「ぴゃあ」という鳴き声で。……予想外だった。

「意志疎通が出来ないんじゃどうしようもないわ。できる限り調べてみるから、それまで目を離さないで頂戴。貴方がもらってきたんだから当然の役割よね?」

五分間観察して出た答えは、「彼女は人間的意識、言葉を持っていない」ということだった。鳴くことでしか反応を示さないし、こちらの話を聞こうという素振りもない。戦術以外のことは深く考えない性格のスメラギによって、少女は「ペット」という枠に放り込まれた。

その少女はというと、ロックオンの手袋に興味津々で、彼の指を抱いて布を噛んで遊んでいる。

「地味に痛ぇ…」

好きにさせていればたまに中の指ごと噛まれてしまい、うめく。
スメラギの言い分は最もだったが、噛み痕と唾液の被害に遭っている指先を見て、思わずため息を零すのだった。


こうしてロックオンは小さな女の子を保護することとなった。


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