結ぶ事が出来ないくらいまで髪を切った。


女がそんな髪型をしていたら折檻でも受けたのかと思われそうだが、世間一般の常識から外れた場所に居る私たち「鴉」には当てはまらない推測だ。
髪型に拘りは無い。今までなんとなく伸ばしていただけで、洗うのが面倒なので切っただけだ。

私は目前で風に揺れる黄緑を眺めながらなそんな物思いに耽っていた。ブロンドと言うには妙に緑がかったその髪は、珍妙な事に長く伸ばして頭の右側で束ねてある。
「…なんです?」
「えっ!いや、なんか、やっぱり夜は冷えるなーなんて。はーははは」
視線に気付いたのか黄緑が不機嫌な視線を向けてきた。私のバカ丸出しな態度にため息をついて「任務中ですよ」と一言告げると視線を外へ戻してしまった。
あの柔らかそうな黄緑の尻尾を捕まえて全力でほお擦りしたい気持ちを懸命に抑えつつ、見張り番の任務中だった事を煩悩溢れる脳みそに思い出させる。
「どうぞ」
「…ふぁぇ?」
「寒いんじゃないんですか。着ないなら返して下さい」
彼の苛立った声のあと不意にふわりとしたぬくい物が体にかかった。
彼はいつもそうだった。目の前から消えろ!とでも言っているかのような不機嫌な態度なのに、とても優しくしてくれるのだ。なんだか調教でもされてる気分だが、それも悪くないと思えてしまう自分に若干引く。


このサイド・テール男は名前をトクサと言い、なんというか色々問題児だ。
私とトクサは術の相性が良く、パートナーとして任務に当たる事が多かった。しかし相性が良いのは術だけだったようで、私に対する彼の態度はいつも冷たいというか、私と居るときは何故か不機嫌なのだ。他の同僚達と接する時はいつもの笑顔でにこにことしているのに。
ここ最近は特に不機嫌で、私を視界に入れるたびに何か凄くイラッとしてる空気が伝わってくる。

元々彼は自分の感情に正直だった。気に入らない相手には場所を問わずに噛み付いて大抵喧嘩になる。この間も食堂で同僚に喧嘩を売って流血騒ぎになったばかりだ。
子供っぽいといえばそうなのだが、でも私は彼のそういうところが何故か好きだった。まるで御伽噺に登場する汚れを知らない王子様のような彼を、羨ましくすらあると思う。

恐らく私はトクサに恋心のようなものを(かなり激しく)抱いているんだろう。自分の恋心を否定する気は無いのだが、この気持ちを自分の胸の外に出した事はない。…と思う。好きだなんて伝えて、今までの中途半端な関係を保てなくなるのは嫌だった。



任務が終わった後、私は自室の固いベッドで小説雑誌片手に黄緑君への煩悩を膨らませていた。時計は午後10時を回っている。
揺れる黄緑の髪、短い毛がこぼれるうなじ、女性のようにしなやかな顔つき、顔とは対照的にたくましい体、いつも唇の下にあてがわれている右手の人差し指…。
自分でも相当バカだとは思うが、どうにも私は彼にゾッコンという奴らしい。

自分の恥ずかしい妄想に一人で手足をバタつかせているとドアをノックする音が聞こえてきた。私は赤くなった頬とその他色々を沈めながらドアを開ける。
「あら、トクサ」
そこに立っていたのは先ほどまで私の脳内を埋め尽くしていた彼だった。普段の鴉の装束ではなく私服のシャツとベストだ。
「何?まだ夜這いの時間帯じゃないわよ」
「違いますよ。渡す物があるだけです」
トクサは心底呆れたような顔で、懐から手のひら程の紙包みを取り出し私に向かって差し出した。頭上にハテナマークを浮かべてる私を見て彼が言葉をつむぐ。
「この間借りたハンカチ、血が染み付いて取れなかったので」
「食堂で喧嘩した時の?」
あの時の大喧嘩でトクサは盛大に顔を切った。偶然傍に居た私は手持ちのハンカチで傷を抑えてやったのだが、私自身ハンカチの事なんてトクサに言われるまですっかり忘れていた。
「まったく同じデザインのものは…見つからなかったのですが」
視線を泳がせるトクサの顔と紙包みを交互に見やってやっと事態を理解する。

「わざわざ新しいハンカチ買ってきてくれたの!?」
「…いけないですか」
私の素っ頓狂な声が癇に障ったのかなんなのか不明だが、不機嫌なトクサの表情がさらに曇っていく。
「い、いけないわけないじゃない!もうっ!ハンカチ1つくらい気にしなくて良かったのに」
私はなんだかひどく混乱してしまって、嬉しいのに、こんなに優しいトクサにありがとうの言葉1つも言えない。
「とりあえずさ!入って!ほら、部屋!」
彼を部屋に入れてどうするのか自分でもわかっていなかったが、このままおやすみなさいはしたくなくて、彼の袖口をひっぱった。
トクサは困惑した表情でしばし何か考えていたようだったが、悔しそうな顔で小さなため息を零すと私に引かれるままついてきた。


よく考えれば私の部屋には客人をもてなせるようなものは何も無く、遠慮するトクサに無理を言ってベッドに座らせた。当然私も彼の横に座る形になってしまい、鼓動が激しくなってしまう。我ながら自意識過剰だ。
でもせっかくの機会なのだから、この際言いたい事は言おうと思う。
「それで、なんです?」
「えーと、なんていうのかな。トクサって何か私と居る時不機嫌じゃない?」
「何かと思ったらそんな事ですか。別に不機嫌じゃないですよ」
不機嫌な態度で言われても説得力がない。
「それにいつも余裕が無いように見えて心配なのよ」
心配してくれなんて頼んでいません」
「頼まれてからする事じゃないでしょ」

私はかみ合わない会話をしながら、彼を部屋に連れ込んでしまったのを少し後悔した。でも彼に余裕が無いように見えるのは本当だ。
彼は世界を救う力が欲しいと、今の力では届かないと、たまにそう零す。何年も続けている毎日の訓練も全て、この戦争では大した役に立たない。結局私たちは幾らでも代わりの居る外野だ。
私もたまにそれを悔しく感じる事はあるが、トクサは四六時中それに囚われているように思う。自分の人生全てをこの戦争に捧げようとしている。では彼という人間はどうなるのか、なぜ彼が全てを捧げなければならないのか。

「そんなに苦しむ事ないじゃない。私達だって人間として生きていいのよ」
「…恋人作ったりさ」
したり顔で話す自分自身に嫌気が差す。トクサを慰めるフリをして結局私は自分の願望を叶えたいだけなのだ。
「粘膜の擦り合いに精を出す気は無いです」
「言い方がいやらしいわ」
私の提案を聞いたトクサの表情はさらに不機嫌になり、苛立った声色でそれを払いのける。
「私は独りでいい」
嘘だ、と思った。
彼が独りで生きていけるほど強くないと、なんとなくわかるのだ。だが彼の積み上げた壁は私の想像よりも強固なもので、人肌を寄せ付けまいと拒絶し続けている。

「トクサはそれでいいの?」
私はトクサに体を向けて問うた。そんなこと聞いても彼を苦しめるだけかもしれないけれど、私はトクサの本当の気持ちが知りたかった。本当の事を言って欲しかった。
「それでいいはずなんです」
不意にトクサが私の肩を抱く。体は向かい合っているのに彼の顔は私を見ようとしない。
「私は」
「ね、トクサ」
トクサが何かを言おうとした時、私は彼をベッドに倒して上に跨った。粗末なベッドに広がる黄緑色がとても綺麗だと思った。
驚く彼を尻目に私が上着を脱ぎ捨てるとむき出しの乳房が空気に晒される。こうなれば、もう当たって砕けてしまえばいいと思った。
「粘膜擦り合う?」
「っ!バカな冗談は止して下さい」
「好きなの、君の事」
私が愛すれば彼の心が楽になると思うのは高慢だろう。それでも自分勝手な私は彼の心を救うよりも、自分自身が愛されたいという願望を彼に言葉を投げつけた。
伸ばされた手を払いのけ続ける彼に手をとってもらえなくても、せめて手を伸ばし続ける事だけは許容して欲しいと思った。

私の告白を聞いたトクサの顔はどんどん悲惨な面持ちになっていく。
「その言葉は、聞きたくなかった」
「嫌なら嫌って言ってよ」
「嫌では無いから、私はこんなに困っているんです…」
「貴女は酷い」
彼の手が私の腰に伸びた。くすぐったさを感じたけれど、想い人が肌に触れてくれる心地よさに解けてしまいそうになる。
「…なにがよ」
「独りでいいはずなのに、貴女のものになってしまいたくなる」
なんて恥ずかしい事を言うのだこの男は。でもそれが彼の本心なのだとしたら私には喜ばしい事だ。
「貴女のせいで私は弱いままだ」
「そういうの言いがかりって言うのよ」
トクサが身を起こして私に口付ける。頭の後ろに回された彼の腕に導かれるまま、私は彼の上に身を落とした。

普段は言いたい事をすぐ口に出すくせに、こんな事になると本心を聞くのに大分手間がかかる。面倒な彼が少し可愛かった。



「あとこれだけ言わせて欲しいのですが」
「髪は長いほうがいい」

「…最近の苛つきはそれが原因?」




絵師さんなのに無茶振りしてかすめとってきたお話です。052さんのトクサの破壊力は本気驚異的!!私の腰が砕ける、はわはわ。本当にありがとうございます。

Werewolf
*052さんのPCサイトさまになります。夢サイトではなく成人向けや同性愛のイラストサイトさまになります。*




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