日はまた昇る
されど彼らに虹は降る
奥視点
ループを抜け出した峰のその後
「転生後二人がくっついたら」
***


 ミーンミーンと蝉が鳴く。夏の代名詞のような鳴き声に顔を顰める。この鳴き声を聞くと暑さが三割増しになる気がする。移動した日陰を追って座る位置を少し直す。それに合わせて背に抱き着いている峯田ももぞりもぞりと移動する。鬱陶しい。

「……邪魔なんだけど」
「知ってる」

 なんだってこの男はこんなにべたべたとひっついてくるのだ。しかもこんな真夏日に。暑苦しいったらない。

「なぁ、奥ぅ……」
「なんだよ」
「好き」

 峯田はいつものようにサラリと冗談を言う。こいつはすぐにそんなことを言う。性質の悪い男だ。よりによって自分を恋愛対象に見ている男に対してそのようなことを言わなくてもいいのに。第一、女生徒にモテているのだから戯言を抜かす相手はより取り見取りのはずなのだ。本当に、嫌な奴だ。

「そうかよ」

 あしらうのには労力を要した。日課になりつつあるとはいえ好きな相手からの睦言めいた言葉というのは心臓に悪い。やめろと言っているのにやめる気配がないのだからどうにも手に負えなかった。

「お前、分かってんのかよ。女子だったら勘違いするとこだぜ。あんまりホイホイそんなこと言うなよな」

 俺だったからよかったものの、とは言えなかった。勘違いしそうになっているのは俺だって同じことだ。

「言わなくて後悔したことがあるからさぁ」

 許してよ、と痛みを堪えるように笑う。峯田のこの表情に俺は弱かった。本当に、厄介で鬱陶しい。心底性質が悪い男だ。なんでこんな男を好きになってしまったんだか。

「暑い。水浴びしたい」

 峯田がそう言いだしたのはもうすぐ夏休みが始まろうとしている七月末のこと。彼は鞄からホースを取り出すとそそくさと屋上の水道に取り付け始める。準備がいい。

「お前、さてはずっと前から考えてたな」
「あったりぃ。あわよくばラッキースケベを狙ってたり」
「アホか」

 いつもの軽口に呆れる。男二人でやってラッキースケベも何もないだろうに。
 峯田は手加減せずに水道の蛇口をグルグルと回す。こいつ遊園地でコーヒーカップに乗ったら容赦なく回すタイプだ。一緒に乗った相手を絶対酔わせる。間違いない。

「おま、そんな回したら蛇口取れるからやめろ! そこの水道古いんだぞ!」
「だいじょーぶだいじょーぶ!! ほーれ!」

 冷たい水が降り注ぐ。汗が流れ気持ちがいいが、水の勢いが強すぎて少し痛い。

「ちょ、痛い痛いっ。水もう少し弱めろって」

 濡れた髪をかき上げ峯田に言う。峯田の顔を見るとのぼせたように真っ赤だった。

「峯、」
「う、うわぁぁぁぁぁぁ」

 峯田はホースを自分の頭の方へ向け更に水の勢いを強めていく。水の当たったところの肌が赤く染まる。かなり痛そうだ。

「峯田、やめ」
「滝行してんだよ! 煩悩祓ってんの!!」
「壊れちゃうからダメだって!」
「妖しいこと言うなよ!」
「言ってねーよ!!」
「蛇口取れるからやめろバカ、回すな!!」

 カラン

 金属が地面に落ちる音。その一瞬後に水が放射線状に噴き出してくる。水の勢いでポンプ部分にひびが入ったらしい。

 水は、キラキラと雨のように降り注ぐ。日光に反射して小さな虹が浮かんだ。

「……っは、」

 峯田が笑いだす。虹が彼の周りに浮かび、そして消えた。まるで彼のところだけ別の世界のような美しさに思わず見入る。

「……好きだ」

 無意識に言葉が出てきた。言うつもりのなかった言葉に硬直する。ぴたり、と峯田の笑いが止まった。先ほどまでの大笑いが嘘のように彼の瞳は凪いでいた。

「本当に?」
「……あぁ」

 彼の顔は思いがけず必死そうだった。逃げられない気迫のようなものを感じ、ごまかしの言葉を飲み込んで素直に認める。

 彼の口が何事かを紡いだ。声は聞こえなかった。

「好きなんだ、ずっとずっと前から」

 付き合ってくれるか。

 生真面目な表情をした峯田に動揺する。もしかして、今までのアレは冗談などではなかったのか。思った途端、羞恥に襲われる。どうしよう、峯田の顔がまともに見れない。

「よ、ろしくお願いします」

 声が掠れた。情けない。顔をそろりそろりと上げると相変わらず彼の周りには虹が降っていた。ミーンミーンと蝉が鳴く。顔が火照って止まない。今日も今日とて真夏日である。



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