サボタージュ宣言
5
 イライラしていた。何が悲しくて城戸が野洲と仲良く昼食をとっている様子を見守らねばならないのだ。ストレスも溜まる。「食堂の使い方が分からなくて」と城戸に適当なことを言った野洲は、堂々と俺の前から城戸をかっさらっていく。待てと引き留めたら「じゃあ東雲も来たらいい」と城戸が提案してこの様だ。野洲も城戸もベクトルこそ違えど注目を集めがちな生徒だ。衆人環視の状況の中犯行に及ぶほど野洲も馬鹿ではない。分かっている、分かってはいるが遅効性の毒を混ぜられるのではと思うし、少し目を離した隙に変な薬を注射されているのではと思う。職業病だろうか。衆人環視の中でも殺害方法をいくつか思いついてしまうがゆえに気が休まらなかった。認めよう、俺は野洲昭の城戸殺害を阻止したいと思っている。

「ねぇ野洲。城戸に引っ付きすぎなんじゃないかな。それじゃ城戸も食べにくいと思うよ」
「なんでそんなこと東雲副会長に言われなくちゃならないんだ!?」

 こっの猫かぶり野郎が。うっかり口に出そうになったがプロの意地で飲み込んだ。

「東雲は野洲に悪い噂が立つのではと心配しているんだ。それに、俺ももう少し離れてくれたほうが食べやすい」
「そっか!! じゃあしょうがないな!!!」

 ぱくり、オムライスを口に含んだ野洲が一瞬にやりと笑ったように見えた。

「てっきり東雲が城戸を好きだから嫌がってるのかと思っちゃったな!!!! 悪い、勘違いして!!!!!」

 こンのクソガキ。妙なことを大声で口走りやがって。ここで否定したところで、今後二人の間に入ろうとするたび変な憶測が飛び交うことになる。そうなってしまった以上俺は城戸を必要以上に守れない。となればここは、

「――そうだとしたら?」

 このバカげた憶測に自ら乗る。副会長になるだけの人望のある俺と、入学間もなくして多くの敵を作っている野洲とでは『肯定』の選択の方が俺にとって有利だ。まさかそう出るとは思わなかったのか、野洲の視線が不機嫌そうなものに変わる。

「まさかこんな形でバレるとは思わなかったけど。そうだよ、城戸が好き。去年俺が転びかけた時に手を差し伸べてくれたこと、覚えてる?」

 城戸与一はお人よしだ。泣き落としでもなんでもいいから押して押して押してしまえば、今後の生徒会活動で「俺がやりにくい思いをしないように」付き合ってくれるはずだ……多分。体のいい言い訳が欲しいと思っていた。これで付き合ってしまえるならその方が何かと楽だ。
 まさか俺が野洲の揶揄に乗るとは思わなかったのだろう。城戸がぎょっとした表情でこちらを見る。嘘は本当のことを半分混ぜるとバレにくいという。だからこれから城戸に話すのは俺が彼を気にかけるようになった発端についての話だ。

「家の都合上もっと警戒してもおかしくないのに、城戸は手を差し伸べた。そのことにびっくりして、興味を持った。本当にそれだけだったんだよ、最初はね」

 きっと俺の前にも何人も暗殺者を送られているであろう城戸は気付かれない程度に俺を警戒しながら手を差し伸べた。そのちぐはぐさにひどく惹かれた。理解ができなかったのだ。危ういと思いながら助ける城戸が。

「無意識に目で追ってた。生徒会で同じだって分かった時は驚いた。まさか自分が副会長になるとは思ってなかったから。ねぇ城戸。お試しでいいんだ。俺と付き合ってよ」

 城戸は困ったように眉を垂らし視線をうろつかせる。追い打ちとして城戸の手に指を絡ませる。暗殺者たるもの色仕掛けもなんのその。

「すぐにはッ、」

 顔を背けた城戸が声を張る。

「すぐにはそういう対象に見れない、し……好きになることもない、かもしれない。それでもいい、なら」
「………」
「東雲? ごめん、やっぱりそれじゃ俺にだけ都合がいい、」
「ありがとう!!」

 城戸の声を遮り、握った手を胸元に引き寄せる。お人よしだとは思っていたが押し切れるかは五分五分だった。少し嘘、六割五分は勝算があった。それでも賭けに負ける可能性は少なからずあったのだ。これを勝ちと言わずしてなんと言う。
ともあれ、これで野洲を引き離すだけの大義名分は得た訳だ。城戸に引っ付いていた野洲を見ると。不愉快そうに唇が歪んでいる。わざと煽るように微笑み、昼を食べ終わった城戸を攫う。俺たちの去った食堂では、表情を消した野洲が俯き不穏な決意を固めていたのだが――既に去った俺たちにそれを知る術はなかった。




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