あの夏の日を忘れない
13
 執務室に帰ってすぐに親衛隊のことを尋ねると、青は「んぁ?」という気の抜けた声と共に暫く首を傾げた。

 「ああ、そういえばそんなのいたっけな」

 パコーンという音とともに青の頭が小さく沈む。見ると牧田がクリップボードをぷらぷらと上下に振っている。青は牧田に恨めしげな目を向け、頭を擦った。

「な〜んで忘れてんのかねィ」
「いや、あれは親衛隊っていうかだな」

 もごもごと苦い顔で言い訳をした青だったが、俺と牧田の訝しげな表情に「よし」と小さく息を吐く。

「じゃあ、赤と俺で挨拶でも行こうか」
「俺は〜?」
「お前は何の立場で着いてくるんだよ」

 声なく肩を揺らす牧田に、青は口をへの字に曲げて背を叩く。でもその目が半笑いだから怒っているだけではなく笑うのを我慢しているだけだろう。

「じゃあ、挨拶行こうかな」
「分かった。そういうことなら……、連絡してみるか」

 言いつつ青はデスクの奥からメモを引っ張り出してくる。見るとメモには青の字で電話番号が記されていた。

「親衛隊長の番号、登録してないのか?」
「ああ、なんかちょっと」

 説明にもなっていない言葉に、珍しいこともあるものだと考える。存在を忘れかけていたことや言い訳混じりの苦い顔といい、この話題にまつわる青の反応はあまり見たことがないものばかりだ。こうなってくると親衛隊長がどんな人物か気になってしまう。
 青が親衛隊長に電話したところ、今すぐの顔合わせでも大丈夫だとのことだった。トントン拍子に事が進むあまり、腰が引けそうになる。が、こういったことは早い方がいいだろう。

 という訳で向かったのはとある校舎の一角。青がドアをノックするも、「うぃー」という雑な返事以外リアクションは返ってこない。もしかして先ほどの「うぃー」が入室の許可を意味していたりするのだろうか。
 青は表情をげんなりとしたものに変えると、「開けるぞ」と断りドアノブを回した。

「……あ、夏目いんちょ、うぃーす」
「しゃしゃしゃーす」
「っす−」

 入ると、適当な挨拶が俺たちを出迎える。この時点で想像していた親衛隊と全く違う。俺の中での親衛隊のイメージでは、ドアは隊長が開けて迎えてくれるし、なんなら手を引いて席まで誘導してくれるし、入った瞬間から「いらっしゃいませ椎名様!」の声が降ってくる。言うまでもなく横内先輩率いる親衛隊の話である。これがいいという訳ではないし、仰々しく接してほしいという訳でもないが、青の隊が他の隊と性格が異なりそうだというのはなんとなく分かった。

「高梨はいるか」
「たいちょーは便所」
「分かった。じゃあここで待ってる」

 べ、便所とか言うんだ……!
 何から何までカルチャーショックだ。横内先輩が「ちょっと失礼」と断り席を外す姿を思い出す。あまり意識したことはなかったが、そういえばこの学園で便所というワードはあまり聞いたことがなかったかもしれない。

 がちゃりとドアが開く。

「あ、夏目じゃん。よっすー」
「よっすーじゃねぇ」

 青は呆れた声を出しつつ、俺に向き直る。

「赤、こいつが隊長の高梨」
「ちょりりーす」

 茶髪に紫のメッシュ。そう長くもない髪の裾は無理矢理二つに縛られている。耳上にはバッテンのヘアピン。口元にはピアスが一つ。つり目がちの瞳はニヤニヤと緩められており、青の反応を楽しんでいるように見える。

「んでぇ? 夏目ちんはようやく椎名ぴょんと付き合えた訳だ。ウケんね」
「いやウケんが」

 間髪入れずに否定する。高梨は腹が引き攣るのではという程笑い転げると、ヒーヒー言いつつ立ち上がる。

「ああそだ、んっふふ、一応自己紹介。俺っちは高梨。こっちは副隊長の小出と坂本。フフ、俺らは夏目スンの非公式親衛隊で、なんつーの? フヒィ、別名夏目キュンの恋路を応援(笑)し隊的な組織でーす。よっしく!」
 
 笑い声混じりにおかしなワードが投下された。





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