あの夏の日を忘れない
15
 風紀室に行くと必死さの滲んだ顔の面々がいて。驚きながらも謝ると、牧田は泣く寸前のような顔で馬鹿と小さく罵り、二村は疲れた表情で眉を緩めた。呆れた様子ながらにほっと息を吐く神谷や他の面々を見ると、自分がいかに軽率だったか理解した。

 今日は遅いからお説教はまた明日、と微笑む橙には妙な気迫があって。思わずハイと固い返事を返す俺に、青は肩を揺らして笑う。ちくしょう、本当にどうしたっていうのだろう。掠れた笑い声が隣から聞こえるのがなんだか恥ずかしいなんて。

 不可解さを紛らわすために鼻から強めの息を吐くと、胸の中のモヤモヤは更に大きくなった。意味が分からない。

 自分を持て余し気味の俺の手を、目の前の牧田が柔く握る。

「? どうした」
「……なぁんでも」

 へら、と笑んだ牧田が自分と重なった。笑ってるのに笑ってない。……なるほどな。笑って誤魔化すたび周囲が顔を歪める訳だ。確かにこれは気分が悪い。

 何を言っても認めなさそうだと黙ったまま牧田の手を握り込む。

「帰る」
「え、赤? コイツどうすんだよ手なんか握って」
「途中まで一緒に帰るだけだろ」

 青はええ、と不満の声を上げながら隣へ寄る。ぐわりと音の聞こえそうな程体温が上がる。

「付いてくんな!」

 反射的に睨んで威嚇する。本当に駄目だ。少なくとも今は。
 
「はぁ?! なんで!」
「なんっ、うっせぇ! 来んな近寄んな!!」
「、え」
「……今は嫌だ」

 何かに気付いたような顔をした青から視線を外す。

「ちょっと……待って」

 俯き呟く。しん、と風紀室に静寂が落ちた。俺と青の言い合いを初めて見るからだろうか。殆ど俺の癇癪のようなものだけど。
 静寂を破ったのは、先程同様疲れた表情をした二村だった。

「コイツと帰るつってんだろ。それともなんだ、フーキ委員長様は一人で帰れねぇってか」

 ハッと嘲笑した二村の目は、荒い言葉と裏腹に凪いでいる。その色に呑まれたのか。青はああと頷き、口角を上げからりと笑う。

「じゃあ二村は俺と帰るか!」
「帰らねぇよ死んどけクソが」

 空気が元に戻る。ハハ、と目元を和らげる牧田はいつもより小さく見える。二村の拳が牧田の肩を叩く。痛った! と牧田が悲鳴を上げる。鼻を鳴らした二村は牧田をじっと見据える。

「諦めてんじゃねぇよだっせぇな」
「……菖ちゃんに言われたくないんだけどねぃ」
「諦めてねぇよ、諦めてねぇけど。俺が選ばれるよりお前が選ばれた方が嬉しいってだけだ」

 息を呑む音が聞こえた。は、と震える声で呟く牧田。

「ば……っかじゃねぇの」
「ほんとにな」

 心底楽しそうに笑った二村は、はぁと溜息を落とす。どこか満足げなそれは何かの終着地点を示しているように思えた。

「椎名、じゃあな」
「……、ああ。また明日」

 初めて俺の名前を呼んだ。優しげで、少し悲しそうで。それでいて満たされている。そんな初めて見る表情で別れを切り出すものだから。つい、反応が遅れた。おかしな顔をしていたのかもしれない。二村はフハリと吹き出す。

「おう、また明日。説教の時に」

 牧田と同じ部屋なのだから一緒に来ないかなんて。いつもなら口にしたような言葉はなぜだろう、言っちゃいけない気がした。

 





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