ツタエル

 深夜。カプセルコーポの庭に座する重力室にて、ベジータはトレーニングに勤しんでいた。眠れないのか、苛立った様子で。
 がむしゃらに拳や蹴りを繰り出しつつ、気弾を放つ。その軌道を曲げさせ己に向かわせると、当たる前に同程度の気弾を放って消滅させる。何十倍もの重力の中で動いているとは思えない程に素早い。
 だが、時折に彼の頭にちらつく、とある男の太陽のような笑顔。そのせいで集中力が途切れては、苛立つように気弾を放ち、己に当てた。それに耐え得る肉体は、だが、確実に傷を増やしていく。常識外れのサイヤの回復力はその跡を滅多に残させはしないのだが。

「くそっ・・・!」

 不意に動きを止めたベジータは舌打ちをしながら中央の制御盤に向かい、キーを叩く。シュゥンと空気の震える音が響いて、室内の負荷は外と同じレベルに戻った。
 そのまま制御機に背を預けると、ズルズルと座り込んでいく。荒い呼吸のままに肩を上下させ、汗も拭わず目を閉じた。俯くベジータの鼻先や顎先から、ポタリ、ポタリと、汗が伝い落ちる。

「・・・」

 寝ても覚めても、とはまさしくこの事か。ベジータは、悟空の事が頭から離れない己に苛立っていた。
 あの時のキスを思い出すと、無性に何かを壊したくなる。まるで病気だ。
 だがベジータは、この病気が先日からではなく、もうずっと前からなのだと分かっている。いや確かに先日の件で症状は悪化したようではあったが。
 だがこれまでは、自分に強引に言い聞かせる事が出来ていた。この不気味な胸の鼓動は、悟空の持つ戦闘センスに焦がれてしまっているだけなのだと。いつか戦闘力で彼を抜けば治まる欲望だと。
 だがやはりまた、悟空が全てをかき乱したのだ。見知らぬ渓谷での告白、そしてキス。あの時あの瞬間、少しでも喜んでしまっていた自分に、ベジータは心底嫌気がしたのだ。

「俺は・・・誇り高きサイヤの・・・王子なんだぞ」

 悟空は、自分の居ない所で幸せになるなと言った。ベジータは思う、ならばお前の居る所で幸せになれと言う事か、と。

「じゃあお前が・・・幸せにしてくれると?」

 呟いた瞬間、くそっ!と頭を抱えてしまった。

「大体っ・・・!あの野郎っ!」

 ベジータはゴンッと床を拳で叩く。もちろんメキッとそこはヘコんだ。
 そう、更なる問題はその先なのだ。告白、キス、それ以上の、お話。

「お、俺様と、こ、子作りだと!?ふふふふざけやがって!」

 ムキーッと髪を両手で掻き回しながら、トレーニング時以上に息を切らせるベジータ。端から見たらちょっと怖い。

「ほんっとにアホだ!あいつは!」

 先ほどヘコませた部分を再度殴る。ヘコみは最早、ヒビになった。割れた床に気付けば、だがベジータはフンッと鼻を鳴らし、立ち上がる。あんな馬鹿のことを考えていても仕方がない、と寝室に戻る事を決めたようだった。

「よぅベジータ」
「っっっ・・!!!」

 ところが外に出るより一歩早く背後から聞こえたのは、苛立ちの大本たる男の声。
 ビクゥッ!とまるで毛を逆立てたかのように全身を震わしたベジータは、ゆっくり振り返り、太陽のようなバカ笑顔を見た瞬間に食ってかかる。

「貴様は!何度言えば分かるんだ!」
「わりぃ。どうしてもおめぇに会いたくてよ」
「・・・」

 おめぇと修業したくてよ、なら何度も聞いた。だが今悟空は確かに、会いたくて、と言ったのだ。不意に言葉が詰まったベジータは、グッと歯を食いしばる。

「ベジータ?」
「こんな時間に、何の用だ」

 そう、悟空にしては珍しい時間だ。よく鍛えてよく食べてよく寝る、がモットーのような男なのだから。

「聞きてぇことがあってな」
「・・・なんだ」
「オラとセックスすんの嫌か?」
「セッ・・・!」

 まさしく単刀直入。裸刃で刺し込んでくる男、孫悟空。
 ベジータは口をアグアグさせて言葉が出ない。

「いやこないださ、子作りしてぇって言ったらおめぇ怒ったじゃねぇか」
「あ、当たり前だ!」
「でもオラはしてぇ。おめぇが嫌なら我慢するけど我慢出来るか分からねぇ」
「それは既に我慢出来んということだろうが!」
「あれ?そっか」
「貴様まさか!よ、夜這いか!?」
「よば、い?」
「良い度胸だ!返り討ちにしてくれる!」

 冷静な判断に欠け始めたベジータ。言葉のセレクトにまで支障を来たしている模様。

「よばいってなんだ。うめぇのか?」

 知らないワードが出ればまず食物として捕らえる悟空。ベジータは間の抜けた顔をすると、溜息をついた。

「貴様に変な期待をしたのが間違いだった」
「期待?」
「なっ!違う!期待だと!馬鹿も休み休み言え!」
「いや言ったのおめぇじゃねぇか」
「俺の馬鹿!」

 落ち着けベジータ。と誰しもが優しく言ってやるだろうほどの混乱状態。

「ベジータ」
「・・・っ!」

 男の声質が不意に変わった事に気付き、ベジータは我に返る。

「今は食いもんも、分かんねぇけどよばいとかも、どうでもいんだ」
「カ、カカロット」
「なぁ、ベジータ」

 悟空はベジータに一歩、歩み寄る。ベジータは同じ分、一歩、後ろへと引いた。悟空はまたもう一歩、前へ。ベジータもまた一歩、後ろへ。数回同じ動作を繰り返した所で、ベジータの背中がトンと壁に当たった。

「逃げんなよ」

 酷く優しい、だがいつもより少し低い声で、悟空はそう言いながら、ベジータの顔の左上に手を着いた。

「・・・俺様を誰だと思ってる。逃げるわけがあるか」
「そうだな、もう逃げられねぇ」

 どこか見慣れぬ眼差しをする悟空に、ベジータは小さく息を飲んだ。ゆっくりと、悟空の顔が降りて来る。途中から丁度逆光になったか影になってしまって、その表情はよく見えなくなった。だが間近までくれば視線がかち合う。
 強い輝きを放つその気配に見合ったギラつく表情をしているかと思われた悟空の瞳は、だが、予想外にも少し不安気で、初めて見る程に切なく、揺れていた。

「カカロッ・・・」

 唇が重なる。
 ベジータの声も、吐息も、触れるだけの(だが熱い)クチヅケに飲み込まれた。
 濡れた音を小さく響かせ、唇は離れていく。だがまだ吐息が互いの唇を掠める距離。

「・・・カカロット」

 まるで独り呟くときのように細い声が名を呼ぶ。悟空は眉尻を下げて、弱く笑んだ。

「わりぃ、ベジータ」
「何、がだ」

 悟空は答えないままにゆっくりと、ベジータの左肩に額を寄せていった。その甘い重みにベジータの背が震える。

「逃がせねぇ」
「・・・」
「逃がさねぇ」

 肩口から響く音は、本当にあの太陽にも見紛う程の男のものなのかと思うほどに低く、欲深かった。

「ベジータ・・・」
「逃げん」

 ピクリと揺れた跳ねる黒髪が、ベジータの頬を擽る。

「俺は、逃げん」
「・・・」
「貴様から逃げたりなど、するものか」
「好きだ」
「っ・・・」
「好きだ」

 ベジータはギリッと歯を噛み、悟空の髪を鷲掴んで引き上げた。

「いって!」
「誰にでも言うような台詞を俺に吐くな!」
「いてぇよベジータ!」

 ハッと我に返ればベジータは悟空の頭から手を離す。
 悟空は、お〜いちち、などと零しながら、壁に着いているのとは逆の手で己の後頭部を撫でた。

「貴様が悪い」
「でも好きだ」
「っ・・・貴様!」
「好きだ」
「カカロット!」
「止まらねぇんだ、わりぃ。好きだ」
「そんなっ、簡単にっ、クソッタレが・・・」
「好きだ」

 ベジータは顔をグシャリと歪めて俯く。

「好きだ」
「簡単に、言いやがって」
「あぁ、好きだ」
「ずっと言えなかった俺が、馬鹿みたいじゃねぇか」
「好きだ」
「俺だって、俺の方が、俺、は・・・」
「好きだ、ベジータ」
「この、クソッタレ」

 ふっと、悟空は笑った。

「あぁ、おめぇもな」

 笑みを含んだその甘く優しい声に、ベジータはたまらない気持ちになる。眼前の男も同じ気持ちなのかもしれないと思うとますますたまらなくなった。

「ベジータ」

 ベジータの一回り小さい身体が、悟空の腕の中に捕らえられた。ベジータは抵抗こそしないものの、赤くなっているかもしれない目尻や鼻頭を晒すのが悔しくて、俯いたままに悟空の胸に鼻先を埋めた。
 甘く、暖かい空気が室内に溢れる。ベジータは知らず額を悟空の胸に擦り寄せた。

「よし!んじゃやっか!」
「・・・ん?」
「セックス」

 見ずとも分かる、満面の笑み。邪心が無いからこそ性質が悪い。

「・・・」
「ベジータ?」

 悟空はなんとも純粋に、胸にくっついたままのベジータを覗き込む。

「・・・む」
「む?」
「ムードぐらい考えんかバカタレがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ギャリック砲炸裂!
 ・・・かと思いきや、気弾が放たれる前にその手首を悟空がガシッと捕らえた。

「なっ・・・!」

 ギャリック砲は宙に浮いたまま、今にも勢い良く飛び出しかねん輝きを放っている。

「ムードか・・・」
「カ、カカロット!離せ!」

 そういえば悟飯にそんなことを強く言われたなと、強く言われたにも関わらず今頃ようやく思い出す悟空。かつ同時に思い出したのは、ヤムチャがよくクリリンに指導だとか言って聞かせていた、あの頃は意味不明だった台詞たち。

「ベジータ」
「うるさい!」
「優しくする」
「っ・・・!」
「出来るだけ、優しくすっから」

 悟空はゆっくりとベジータに顔を寄せ、額を触れさせると、スリッと軽く擦り寄った。
 浮いたままだった気弾がグニュッと歪んで、溶けるように消える。

「カカロッ・・・」
「だから、お願いだ。ベジータん中に、入りてぇ」

 ベジータの顔が真っ赤になる。くそっ、と小さく悪態を着きながら額を離し、再び悟空の胸に鼻先をぶつけるようにして顔を埋めた。掴まれているのとは逆の手が悟空の背に回り、道着をギュッと握り締める。

「ベジータ?」
「好きに、しやがれ」

 見ればベジータは耳まで赤くて、悟空の中で愛しさと情欲が同時に、そしてこれまでに増して沸き上がってしまうのだった。


 さぁ、夜はこれから。


まだ成らず!(笑)

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