ソノコロ2

 本日のカプセルコーポは、ある意味で平和だ。つまりある意味で、危険だ。重力室がようやく直ったというのに、ベジータは妙に上の空で。
 いや、ソファーに座って少し背を丸めて両膝に両肘を付いて組んでいるその両手の甲に顎を乗せて何処というでもなく前方を睨みながら眉間に皺を寄せている姿は、上の空なんて可愛いものではなく、怖い。なんか、怖い。
 昔ながらの刑事が難事件の推理をしている時のような、もしくはマフィアのボスが裏切り者の粛清を考え込んでいる時のような、はたまた名前を書いたら人を殺せるノートを手に入れちゃった時のような。
 まさかこれが恋に悩む乙女の顔だと、気付く者は居ないだろう。

「あれは、孫くんと何かあったわね」

 居た。
 さすがだブルマ。
 宇宙最強ツンデレの妻になるだけはある。

「何かって何、ママ」

 まだ青二才には分かるまいトランクス。廊下からこっそりとリビングを覗く母の背中から同じくこっそりとリビングの父を覗く息子。なんだこの親子、と突っ込みたい気持ちは押さえていただきたい!(誰に)

「何かってのは、何かよ」
「ん〜、分かんないや。ちょっと目付き悪くなってるけど、色っぽい感じしかしないなぁ」
「あらトランクス、分かる?」
「うんまぁね!」
「さすが私の息子ね!」

 混ぜるな危険、この親子。

「ちょっと憂いを帯びた視線がねぇ、いつもより甘ったるいっていうかぁ」
「気は怒ってる感じじゃないし、上がったり下がったりしてて、戸惑い?みたいな」
「やだそんなの分かるの、気って。いいわねぇ」
「まさか。上がり下がりくらいだよ。でもほら、俺のパパの事だし、あとは考えれば分かっちゃうっていうか」
「んもぅ!やっぱりさすが私の息子ね!」

 混ぜるな危険、サイヤと地球。

「あ、見て見てママ」
「ん?」
「パパ、クッション抱えちゃったよ」
「やだ可愛い。あぁん、顔グリグリ押しつけちゃってぇ」
「わ。キュッてなっちゃった」
「やぁん、ちっちゃくて・・・」
「「可愛い〜!」」

 メロリンキューと背後に書きたいほどにメロリンキューである。

「お前ら何をしている」
「「あ」」

 バレた。
 そりゃ二人でお尻振りながらキュンキュンしてればバレもする。

「あ、えっと、ベジータ元気ないなぁって、心配でね」
「そ、そうそう!パパが心配で」
「お前らに心配されるようなことは何もない」
「あ、あらそう。なら良いのよぉ」
「う、うん。悟空さんと何かあったんじゃないかってママ言うけど、何もないよね」
「ばっか!トランクス!しー!」
「え?」
「・・・カカロット、だと?」

 二人共逃げてぇ!と読者様に叫んでいただいても時既に遅し。
 ベジータの手に握られていたクッションの布地が、握力のみでブチブチッと千切れた。
 このリビングルームで最早何個目か分からない犠牲者(物)である。まるで血飛沫のように中身の綿が舞う。

「カ・・・カカロットなど・・・」
「べ、ベジータ、落ち着いて」
「パパ、あの、えと」
「カカロットなど知るかぁぁぁっ!」

 ベジータ炸裂。
 一気に超化すると同時に、ベジータの足下と天井がバコンッ!と派手な音を立てて円形にヘコんだ。

「ちょっ、トランクス!何とかして!」
「えっ!」
「ほら!金髪になって!ババッと!」
「えぇっ!」

 無茶振りママに慌てるトランクス。

「あの野郎は何も分かってない!カカロットのクソッタレめ!俺はっ・・・」

 次の瞬間、空気を裂くように唐突にベジータの背後に現れたのは、そう、元凶でもあるあの男。

「何してんだ、ベジータ」

 今にも気弾を放ちそうな勢いだったベジータの腰を後ろから片腕で捕らえ、逆の手で掲げられていた手首を掴む。

「カ、カカロット!」
「孫くん!」
「おじさん!」
「よっ」

 ヒーロー登場とはまさしくこの事か。一瞬の驚きの後、だがすぐに皆、悟空とベジータの体勢に気付く。

「は、離せ!」
「どうしたんだよベジータ」
「美味しいわね孫くん!」
「へ?」

 未だ超化のまま危険には変わりないベジータが、首だけで後ろを振り返って毛を逆立てんばかりに怒鳴る。

「何故貴様がここにいる!」
「いや、オラ悟飯と話してたんだけどよ、なんかおめぇの気がいきなり変な感じに膨れ上がったからさ、心配になって来てみたんだ。修業んときとは違う感じみてぇだったし」
「さすがだわ孫くん!いつもは殴りたいくらい鈍感なくせに今日に限ってはナイスよ!」
「そうか?へへ」
「褒められてないよ、おじさん」

 冷静に突っ込むトランクス。さすがカプセルコーポ期待の次期社長だ。

「と、とにかく離せカカロット!」
「んな怒るなって」

 悟空は抱いたままのベジータの腹を、まるで小さい頃の悟飯にしてやったように、ポンポンと撫でるように叩く。

「なっ・・・!」

 金色に逆立っていたベジータの髪が殊更にブワッと燃え上がる。さらに、何故か見ていたブルマ達の方がやや赤くなる始末。

「孫くん、ナチュラル過ぎてさすがの私もドキッとしちゃったわ」
「なんか恥ずかしいよ、おじさん」

 パパのリアルデレには弱いこの親子。

「んで?ブルマ、トランクス、おめぇらベジータになんかしたんか」
「何もしてないよ!俺らじゃなくて悟空さんがっ・・いっ!いててて!痛いよママ!」
「私の息子なら空気読めるわよねぇ」
「読める!読めるから許してママ!」

 ブルマの手が息子の背後から離れると、トランクスは涙目で尻を擦っている。

「カ、カカロット!いい加減に離しやがれ!」

 今度こそと振り返りながら叫んだベジータは、だが、あまりに間近な悟空の顔が、今更ながら意識されたかグッと俯いてしまった。

「ベジータ?」
「・・・い、いいから、は、離せ」

 父の、歯を噛み締めたあの表情が、ただの怒りだけではないことをトランクスは知っている。

「おじさん、パパ離してよ!」

 ムスッとしているトランクスの表情に、思わず父親二人は目を瞬き、それから顔を見合わせた。そして悟空はすまなそうに少し笑い、ベジータは舌打ちをしながら顔を逸らして、シュウッと静かに超化を解く。
 舞い散っていたクッションの綿が、ようやくユラユラと床に着地していった。

「もうでぇじょぅぶみてぇだな」
「鼻から貴様に心配などされる筋合いはない」
「そっか。んじゃオラ、まだ悟飯と話が途中だから行くわ」
「お、おい!」
「あ、ベジータ」

 悟空は既に額に指を当てていたが、瞬間踏み止どまり、ベジータに手を伸ばす。

「羽根、生えてっぞ」
「は?」

 ヒョイッとベジータの髪を掠めた悟空の指には、綿がひとひら。ハハッと笑って、悟空は、次のときには消えていた。

「カカロッ・・・あのクソッタレが!」
「パパ、大丈夫?」

 駆け寄ってきた息子にベジータは一瞥だけすると、すぐに踵を返した。

「最初から言ってるだろ。お前らが心配するようなことは何も無い」

 そのままリビングを出て行くかと思われたベジータは、だが足を止め、少しだけ声のボリュームを落として続けた。

「だから、いらん心配など、するな」

 はい、デレ来ました。あぁんと身悶える妻子は無意識に視覚から外す父。

「トレーニングに行く。じゃあな」
「パパ!俺も!」
「駄目だ。今日は一人でやれ」

 ベジータはそのまま、今度こそリビングを出て行った。
 その背を見送るトランクスが、キュッと服の裾を握っているのに気付いたブルマは、その淡い紫色の髪をポフリと撫でる。

「妬かないの」
「や、妬いてないよ」
「ベジータはちゃんと、私達を大事に想ってるわよ。宇宙で一番にね」
「ホントに?」
「当たり前じゃない」
「・・・悟天と遊んでくる」
「いってらっしゃい」

 トランクスが駆け出すと、すぐにその足音はリビングから遠のいていった。

「ホントよ。私達をとても大切に思ってる」

 ブルマは一人小さく呟く。

「愛しいとは、少し違うけどね」

 ブルマは苦笑を零しつつ、肩を竦めた。

「ま、本人が気付かなきゃ意味ないかぁ」

 だがすぐに、楽しそうにも見える表情へと変わると、研究室へ向かうのだった。


なんだろう、この親子。え?危険?

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