モトメル


 静かな荒地。
 崖と荒んだ谷間しかないその場所を走る1台のエアカーがある。運転しているのは、食料の買い出しに出ていたヤジロベーだ。カリン様と違い彼は食事が必要だし、ただの空腹で無暗に仙豆を食べるわけにもいかず(味も含め)、こうして時折下界に降りるのだ。ほとんど人気のないこの一帯は、もちろん渋滞などなく、町への格好の直線空路だった。そんなエアカーの目の前に、ヒュンッと空間を切るような音と共に突然現れたのは、宇宙に二人しか居ない純血サイヤ人達である。

「あ?ご、悟空!」

 ヤジロベーは慌ててブレーキを掛ける。寸での所でエアカーは止ま・・・らず、派手な音を立てて悟空の背中に思い切り衝突してしまった。だがひしゃげたのはエアカーの方で、先ほどの音は車の先端が見事に潰れた時のものだ。

「っと、おぉヤジロベー。久し振りだなぁ」
「おめぇ何してるだがや!轢いちまったでねぇか!何とかと車は急には止まれねんだぞ!」
「いやわりぃわりぃ」

 はは、と見慣れた笑顔を浮かべながら頭を掻く悟空に、ヤジロベーはこれ以上の文句の無意味さを知った。幸いなことにエアカーはまだ浮いている。壊れてはいないようだ。

「おいカカロット!いい加減離しやがれ!」
「げぇ!ベジータも一緒でねぇか!」
「いやオラたち人があんま居ねぇとこ探してたんだけどよ」
「貴様がだろ!」

 どうやらベジータはいつもより多分にお怒りな様子だと見て取ったヤジロベーは、緊急回避すべきとの判断を下したようで。

「でな、気ぃ探ったらおめぇのがポツーンてしてたから、周りに誰もいねぇみてぇだったし、ちょうど良くてよ。サンキュな」
「おみゃぁは意味が分からんわ!じゃぁな!」

 ヤジロベーは猛スピードで(と言ってもダメージを食らったエアカーでは交通速度をやや超える程度しか出ないが)、慌ててその場を去っていった。

「カリン様によろしくなぁ!」

 呑気にも遠くなっていくヤジロベーにそう声を投げる悟空。だがそれは届かなかったか、エアカーはすぐ見えなくなった。それから辺りをゆっくりと見回す。

「にしても、何処だろなぁここ」
「俺様が知るか!」

 瞬間移動は誰かの気を目印にして移動場所を特定する。ヤジロベーの気を追ったのは、その周りに他の気が無かったからで、どんな場所なのかは到着した今、初めて目の当たりにしたわけだ。だがまぁ、悟空の右手にはしっかりとベジータの腕がある。浮いたままにそれを見れば、いっかな、と呟いた。

「何がだ!勝手に妙な事しやがって!」
「だってよぉ、おめぇすぐに気ぃ放つからよぉ」
「何処に連れてきやがった!」
「分かんね。まぁ地球のどっかだな」
「相変わらず考えなしか!この最下級戦士め!」

 離せと叫びながらベジータはようやく悟空の手を振りほどいた。

「こんな所で何を始める気だ。俺様と本気で闘う気にでもなったか」
「それも楽しいかもしんねぇな。ここなら好きなだけやれそうだし」
「望むところだ!」

 言うや否や、ベジータは一気に超化し、金色の髪を逆立てる。

「ま、待てってベジータ。オラおめぇに話してぇことあるんだ」
「また訳の分からんことを言う気だろ」
「おめぇが話聞かねぇからだろが」
「聞く理由などない!」
「オラが言いてぇんだよ」

 良い匂いがする、ムラムラする、どちらも悟空の感じたままを伝えたが、ベジータは怒るばかり。
 だが悟空は相談の甲斐あって、違う言葉を知ることが出来た。ムラムラに相当するらしい言葉。

「オラ、おめぇのことが好きみてぇだ」
「・・・は?」

 ベジータは思わず間の抜けた声を漏らし、フシュゥと超化が解けてしまう。

「だから、おめぇのことが好きなんだ」
「・・・」
「だからムラムラするんだ」
「っ・・・!」

 ベジータはボンッと赤くなり、慌てた様子で戦闘体勢に入る。

「ふざけるな!」
「ふざけてねぇよ」
「ハッ!俺が好きだと?あの地球人共やナメック野郎と同じようにか!貴様の甘さには本当に反吐が出る」

 ムラムラの意味が分かる辺り、そういった知識は並にあるようだが、やはりサイヤ人。感情、こと恋愛に関しての疎さは悟空にも負けないベジータである。そのためか、悟空の言う「好き」を、彼が数多の者に抱く友愛だと思い至ったようだった。
 だが悟空は静かに首を横に振る。

「ちげぇよベジータ。おめぇには違うんだ」
「・・・?」
「そういうんじゃねぇ」

 悟空の言葉に、ベジータは心なしか顔を歪めた。

「コイだ」
「・・・」
「コイなんだってよ。オラの、おめぇへの感情は」

 地球に来てからのベジータは、かなりの読書家だ。王家での生活の名残のせいか、トレーニングをしていないときは、カプセルコーポの豊富な蔵書を読み漁っている。
 そのためか、「コイ」を「恋」と変換することが可能であった。

「恋、だと?」
「あぁ」
「何を、馬鹿な」
「おめぇ、コイ分かるんだな」
「分かるからこそだ。馬鹿を言うな」
「ムラムラすんのは、そういうことだろ?」
「それはただの性欲だ!」
「ん?」

 また新しい言葉に悟空は首を傾げる。

「いいかカカロット、貴様は勘違いをしているんだ」
「勘違いじゃねぇよ」
「勘違いだ!」
「・・・」

 ベジータは何故か、今までに無いほど焦っていた。
 強敵に圧倒的な力の差を見せつけられた時とも、妻に揶揄るように言葉で遊ばれた時とも違う、今まで感じたことのない焦りだ。
 いや、一度だけ、良い匂いがすると言われ、酷く顔が近寄ったあの時。あの時もこれと似た焦りを感じたことを思い出す。

「なぁベジータ」

 呼ばれただけなのに強く動揺したベジータは、息を飲んだ。

「オラな、正直、コイとか分かんねぇ。好きって言葉は他の奴のこと考えても浮かぶ。でもな、なんか、おめぇに対しては・・・なんか、なんか違うんだ」
「・・・」
「上手く言えねぇんだけどな、オラ、他の好きな奴らが幸せになんの嬉しい。何処に居ても幸せになって欲しい。でも、おめぇが、オラの居ねぇとこで幸せになんの、やなんだ」
「何、を・・・」
「分かんねぇ。ごめんなベジータ。おめぇが、オラの知らねぇとこで知らねぇ奴と嬉しそうにしてたら、オラ、多分、怒っちまう」
「そんなの、俺の勝手だろう」
「かもしんねぇ。けど、そう思っちまうんだ。おめぇにだけ」
「カカロット」
「おめぇにだけだ」

 それが恋なのかどうかはベジータには分からない。だが、大変な事を言われたような気はした。

「・・・」
「ベジータ?」
「貴様は、一日で俺のことをどれだけ考える」
「へ?」
「いいから答えろ」

 悟空は思い出すように視線を動かし、それから二カッと笑った。

「飯食ってるとき以外はおめぇのこと考えてっかな」
「っ・・・」
「なんでだ?」

 ベジータは悟空の問いには答えず、浮いたままだった身体をゆっくりと下降させていった。
 悟空も共に降りていけば、ほぼ同時に地に足を着ける。

「ベジータ?」
「貴様はいつもそうだ」
「ん?」
「俺を簡単に動揺させやがる」
「そっかぁ?オラのが驚いちまうこと多いぞ。おめぇすぐ怒るし、怒鳴るし」
「黙れ」

 ベジータは、認めたくなかった。自分も悟空と同じことを思っていることを。
 悟空を殺すのは自分だと、常に思うそれは、悟空の側に死ぬまで居るのは自分だと、そういう欲望なのだと。
 今感じているこの焦りは、まさか喜びなのではないかと。
 全て、認めたくなかった。

「ベジータ」

 俯いたまま黙ってしまったベジータに、悟空は困ったように頬を掻く。伝えてみたら良いと言われて、自分なりに頑張って伝えてみたが、その結果がいまいち分からない。
 そもそも結果の予測が無いのだから、伝えただけで目的は達成してるのだが、あまりに反応が無いため、悟空としては次にどうしたら良いかが分からないのだ。
 だが、そこでようやく思い出す。伝えるどうの以前に、最初に感じた衝動を。

「ベジータ」

 再び呼ばれてベジータはようやく顔を上げたが、悟空の顔がすぐ目の前まで近付いていたことにそのとき気付き、一瞬たじろぐ。
 そして次の瞬間、唇が重なった。
 ベジータは目を見開く。乾いた感触が己の唇を一度吸い、離れた。温もりなどを感じる暇はなく、ベジータは固まったまま。
 それから悟空は、へへ、と悪びれもなく笑い、言った。

「やっぱオラ、おめぇと子作りしてぇ」

 真っ白。
 それはもう、真っ白だ。頭の中が。
 そういえば最終形態になったフリーザにこてんぱんに打ちのめされたときもこんな感じになった気がするなぁ、とまるで走馬灯のように過去を思い出すベジータ。

「オラもおめぇも男だけど出来っかなぁ」
「・・・」
「ん?そういえば赤ん坊を産めんのは女だけか。ん〜、やっぱ無理なんかなぁ」
「・・・」
「でもオラ、おめぇとあれしてぇな」
「ば・・・」
「ば?」
「バカタレがぁぁぁぁ!!!」

 その日、地球上から渓谷が一つ消えたのは誰も知らない。


悟空、目的果たせず!
てかヤジロベー、運が無かったか・・・

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