ソウダン


 ここはパオズ山にある孫悟飯宅内。実家に隣接している、一回り大きい半球型の建物だ。その中にある書斎では、本日自宅にてレポート作成を行なっている院生学者がお一人。
 彼の妻であるビーデルは仕事に出たため、一人ひたすらにパソコンに向かっていたが、切りの良い所まで来ると作業を中断して、眼鏡を外しグッと背伸びをする。

「ん〜、やっぱたまには身体動かさないとな。またピッコロさんとこに・・・」

 言いながら、悟飯はやんわりと頬を緩めた。

「可愛かったなぁ。この間のピッコ」
「よぅ悟飯!」
「うわぁ!」

 妄想、いや思い出に浸っている所に突然声を掛けられて、悟飯はガタガタッと椅子から落ちかける。

「ん?どした?」
「お父さん!いきなりビックリするじゃないですか!」
「はは、わりぃわりぃ」

 瞬間移動で現れた己の父に、悟飯は深く息を吐いた。

「隣なんですから歩いて来ればいいのに」
「いやなんか癖でよ。つい」
「まったく」
「はは」
「それで、どうしたんですか?」

 悟飯は改めて父に向き直り、体勢を戻した。

「いや聞きてぇことがあってよ。おめぇ頭良いし」

 父の口から出るには珍しい言葉を聞き、悟飯は父に良く似た大きな目を瞬かせた。

「なんですか?」
「おめぇ、コイって分かるか?」
「は?」

 一瞬、頭の中に「鯉」と「恋」が浮かぶが、いやこの人に限って後者は無いだろうと「恋」を打ち消す。

「あー、魚の、鯉ですか?」

 悟天にでも何か聞かれたのだろうと、悟飯は外していた眼鏡を掛け直した。

「いや食えるコイじゃなくて食えねぇコイだよ」
「・・・えーっと」

 故意?濃い?なんだろう、と悟飯はあれこれ考えを巡らせる。

「ムラムラするコイだ」

 ガタガタッと再び悟飯は椅子から落ちかける。

「おわ。どうした悟飯」
「え?今、え?」
「おぉ、だから、ムラムラするコイ」

 悟飯の時間が数秒止まる。誰だ父に変なことを吹き込んだのはと様々な人物の顔が悟飯の頭の中を駆け抜けていった。

「悟飯?」
「ヤムチャさんですか!」
「へ?」
「いや亀仙人様か!?」
「は?」
「あぁブルマさんが抜けてた!」
「ご、悟飯?」
「いやいや待て待て孫悟飯もしかしたら全く未知の領域の話かもしれない例えばピッコロさんが僕への想いを悩んだ挙句に仕方が無いことだけど人選をミスってお父さんに相談しようと全てを打ち明けたが当然この人に分かるわけもなく何を思ったか僕自身に直接問い質しに来たという僕からしたら嬉しいイレギュラーである可能性を捨て切れるだろうか、否!捨て切れないっ!」

 心の声であるべき台詞を駄々漏れで捲し立ててダンッと強く足を踏み鳴らす鼻息荒い新人学者、孫悟飯。

「悟飯?おめぇ何言ってんだ?オラ早過ぎて聞き取れねぇよ」
「あ、あぁ、すいません」

 ハァハァと息を乱しながら額の汗を拭う。そんな息子にやや怯え気味の父。

「と、とりあえず居間でお茶でも」
「おぅ、わりぃな」
「いえ!全然!」
「そ、そうか」

 それから二人、書斎からリビングに移動し、悟飯は逸る気持ちを押さえながら茶を淹れた。
 それを出してから、ソファーに隣り合うように座る親子。

「で?お父さん」
「おぉ、あのな、最初クリリンに聞いたらな、コイだって言われたんだ」
「クリリンさんに言っちゃったんですか!困っちゃうなぁ!あはは!」
「ご、悟飯、おめぇでぇじょぶか?」
「はい!すこぶる元気です!」
「なら、いんだけどよ」

 悟空は首を傾げながらも悟飯の淹れてくれた茶を飲んだ。

「でもオラ、そのコイが分かんなくてよ」
「そ、それは、あの、好きってことですよ」
「それは分かるんだけどな」
「愛してるってことです!」
「おぉ、愛してるか」
「そうです」
「ってことは・・・」
「つまりピッコロさんは僕のことを愛し」
「オラおめぇにもコイしてることになっぞ?」
「・・・はい?」
「ん?ピッコロ?なんでピッコロが出てくんだ?まぁ確かにオラ、ピッコロも好きだけどよ」

 沈黙。悟飯の時間が再び止まった。

「悟飯?」
「・・・」
「お〜い」
「すいません、お父さん、数秒待ってください」
「お、おぉ」

 悟飯、気持ちの整理開始。チッチッチッチッ・・・完了。

「あの、誰の恋の話ですか?」
「オラ」
「誰への?」
「ベジータ」

 悟飯、一瞬ショート。
 いやそれは悟空がベジータにどうのだからではなく、ピッコロと自分の話ではなかったからである。

「悟飯?おい悟飯」
「す、すいません。つい、妄想が」
「へ?」

 ずれた眼鏡を掛け直し、額に両手を当てて、フゥ〜とゆっくり息を吐く。
 悟空は息子のただならぬ様子に息を飲んだ。

「オラ、なんかいけねぇこと言ったか?」
「いえ、もう大丈夫です」
「そ、そっか」

 さよなら僕の一時の夢、と悟飯は遠い目をしつつ、気を取り直して、ゆっくりと茶の入ったカップを手に取った。

「えっと、なんでしたっけ。お父さんが、ベジータさんに、恋をしていると」
「って、クリリンが」
「あぁなるほどってえぇぇぇ!!」

 思わず茶を零してアッチアッチと慌てふためく期待の新鋭学者。

「おめぇ騒がしいなぁ」
「お父さんに言われたくないですよ」

 零した茶を拭いて再び気を取り直すと、悟飯はソファーの背もたれに背を預けた。

「ハァ、お父さんがベジータさんにかぁ・・・」
「ん?」
「いや、お母さんには悪いんですけど、なんだか今更な気もしちゃって」
「今更?」
「だってお父さんとベジータさん、もうずっと、何て言うか、お互いを好き過ぎてるっていうか・・・」
「そうなんか?」
「え?違うんですか」
「いやオラはでぇすきだけどよ」
「そうですよね」
「でもなんでチチにわりぃんだ」
「はい?」
「コイってわりぃことなんか」
「い、いえ、まさか」
「でもコイってのが好きってことなら、オラ、チチにもおめぇにもクリリンにもコイしてっぞ」
「・・・」

 悟飯は笑みのままにまた固まった。今日はよく固まる日だ。
 それからようやく動き出した悟飯はカップを静かに置いて、眼鏡を指先で押し上げる。もちろん笑顔のままで。

「お父さん」
「は、はい」

 何故か良い子の返事になる悟空。

「ムラムラする恋って言いましたよね」
「・・・」
「僕やクリリンさんにムラムラするんですか」
「・・・し、しねぇな」
「ですよね」
「チチには・・・うーん」
「そこは悩まなくて良いです」
「へ?」
「あ〜、ですからね・・・」

 悟飯は困ったように笑み、頬を掻く。

「お父さんが、僕やクリリンさんや、皆を好きなのは知ってます。でもそれは恋じゃないんです」
「ん?ん?」
「お父さんのベジータさんに対する好きって気持ちは、特別なやつなんです」
「・・・そう、なんかな」
「そうなんですよ。だってム、っ・・・ムラムラ、するんでしょう?」
「おぅ」

 素直過ぎる父に悟飯は咳払いを一つ。ピッコロにもこの素直さがあれば、と一瞬思ったが、想像したら大変に背筋に悪寒を感じたので頭を振ってそれを打ち消した。

「どした?」
「あ、いえ。あの、ですからね、ベジータさんに対しては皆とは違う、特別な気持ちを抱いてるという自覚からまずは」
「ん〜、なんか難しいなぁ」
「・・・」

 まったくこの人は、と悟飯は溜息を零した。

「それじゃあ、想像してみてください。お父さん」
「何をだ?」
「例えば、ベジータさんが他の誰かと抱き合ってるところとか」
「・・・」
「ブルマさんじゃないですよ?そうだな、お父さん並に強くて、本気のベジータさんと組み手だって出来る人です」

 悟空は俄かに眉を寄せた。

「抱き合うベジータさんはいつもの不機嫌顔だけど、よく見たら照れてるだけだとお父さんには分かる」

 今度はあからさまに口をへの字に曲げる。

「それからゆっくりと二人は見詰め合い、やがて顔を寄せ・・・」
「わーっ!!」

 悟空は唐突に立ち上がり、ブンブンと頭を左右に振りながら叫び続ける。

「駄目だ!駄目だ!オラそんなん見てねぇ!」
「いやだから想像ですって」
「だってよぉ〜」
「じゃあ今度は同じ想像をクリリンさんでしてみてください。クリリンさんと知らない誰か」
「・・・」

 少しすると悟空は唐突に笑い出す。

「はい、次は僕」
「・・・」

 悟空は今度は何処かげんなり気味に頬を引きつらせた。

「おめぇオラに似てっから、なんか変な感じだ」
「じゃあ次は」
「ピッコロか?」

 空気にヒビが入る、が、それには気付かない悟空。

「ピッコロさんで想像したら僕、ベジータさんにキスしに行きますからね」
「駄目だ駄目だ!」
「ですよね」

 息子の満面の笑みに、悟空は渇いた笑いを零した。
 それから悟飯は「ほら特別でしょう?」と笑みを深め、お茶を一口。
 悟空は黙ったまま、視線を宙に向けた。そして、悟飯がそこは考えなくて良いと言ったが、なんとなくチチで先ほどの想像をしてみる。

「・・・」
「お父さん」

 悟空は珍しく眉尻を下げて「オラ、やだぞ」と呟いた。

「え?」
「オラ、チチが知らねぇ奴をオラみたいに見たら、嫌だ」
「お父さん・・・」
「でもな、悟飯」
「はい」
「おめぇの言った想像ってやつをチチでやると、オラ、すげぇ悲しいんだ。すげぇ寂しくなっちまう」
「・・・えぇ」
「でもベジータんときはオラ、そんなんより、怒りが沸いた」

 悟飯は眉を上げた。戦い以外で怒りを口にする父を見るのは、珍しいからだ。

「知ってる奴なら分かんねぇけど、オラが知らねぇ奴とベジータが、オラとみたいに最高に気持ち良い戦いしてたら」
「戦いだけですか?」
「・・・したことねぇけど、キスしてたら、オラ、なんかすげぇ怒るかもしんねぇ。なんでか分かんねぇけど、ベジータも、その相手も、倒しちまいてぇ」
「・・・」

 一瞬だが、悟空の気が高ぶった。それに気付いた悟飯は密かに眉を寄せた。
 父がベジータに向ける想いは、恋なんて甘いものではないのではないかと。
 恋だとしても、あまりに危険な匂いがした。初めての激情を持て余すような父の様子に言葉を失う息子。
 だが悟空がハタッと我に返ったように目を瞬かせ悟飯の方を見れば、その変わらず真直ぐな瞳に苦笑を漏らすのだった。

「・・・仕方ないですね」
「それクリリンにも言われたぞ」
「お父さんですからね」
「それもだ」
「言ってみるしか、ないんじゃないですか?」

 同じ事を言いながらも悟飯はクリリンとは多少心持ちが違う。
 何故なら悟飯は、母が、敢えて言うならばブルマも、気付いているのでは無いかと思うからだ。
 当然だが確認などした事はない。だが、悟空の事はチチが、ベジータの事はブルマが、誰よりも、本人よりも理解していると思えるからだ。

「お父さん」
「ん?」
「考えてばかり居るのは、お父さんらしくないですよ」
「やっぱそうだよな」

 言って、二人で笑った。悟空の思うようにすれば良いのだと悟飯は思う。そのせいで今までだって波乱を呼び込んだりもあったし、周りが苦労したりもあったが、だからこそ、そうすれば良いのだ。
 もう皆、慣れている。そして、それが嫌ではないというオマケつきだ。
 悟飯は改めて、自分の父が皆にとても愛されていることを思い、笑みを深めるのだった。


身体は鬼畜!頭脳は学者!その名もアルティメット悟飯!

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